ラチェ8
現実に戻る。
ここまでは順調だ――まあ一山当てたと言われているという事からも、まだこの辺では順調なのは分かっていたが。
あの決闘で奴は新しい仲間を守り切ったようだ。
その上、周囲にただ者ではないと認識されているらしい。少なくとも私の知る限り日本にいる間は何かで褒められているところを見たことがなかった奴だが、こちらに来てあの剣を手に入れてからはそうでもないらしい。
――今のところ順風満帆。今のところ言うことなし。
故に分からない。
何故音信不通になったのか。
唐突な思い付き――悲劇的な理由ではない?
「メリルさん?」
「いや、なんでもない」
思考を打ち切る。どの道ここまででは分からないのだ。幸い今見た部分で今後どこに行くかの方針も決まった。
「大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫。さて、もうすぐラチェの町に着くぞ」
あの記憶から道が変わっていなければ、この目の前の緩い坂を登り切った先がラチェの町だ。
「着いたらまず宿を決めよう。ここで何があるか分からないからね」
「そうですね。そういえば、メリルさんの方は何をするか決まっているんですか?」
スイの問いに首を縦に振る。
「ラチェに『笑う山猫』という宿屋がある。まずはそこにいって、可能ならそこで部屋をとる。それから聞き込みだ」
ラチェに他の宿屋があるかは不明だが、出来る限り奴の行動をトレースしたい。
その方が足跡に出会う可能性も高いだろうし、それ以外の手掛かりが見つかる可能性もある。
――恐らく昨日の木賃宿が奴の泊まったのとは別の宿だったのだろう。それを考えると何か大事な事態を見逃してしまう恐れがあるのは避けたい。
「その宿に何か?」
「いや、分からない」
答えながら、それでは答えにならないという事を自覚してすぐ振り返る。
「相手がそこに泊まったという事だけは分かっているからそこを調べたいのさ。何もなかったとしても、何もなかったという事は分かる」
「成程……そういえば、あの探している人というのは誰なんです?」
「誰?そうだな――」
一瞬逡巡する。私の殺すべき相手――そう正直に答えていいものか。
或いは奴の持っている剣の管理人だった女神から追いかけるように言われてこの世界に来たからと?
「――仕事だ」
ぎりぎりの妥協案。正確ではないが、しかし嘘でもない。
「仕事上の理由でな、探し出さなきゃならない」
それから何か言おうとした奴の唇にそっと人差し指を当てる――柄ではないと承知しつつ。
「それ以上は秘密」
効果があったのかは分からないが、それ以上の追及はされなかった。
――頬を赤らめている彼の様子からして恐らく効果はあったのだろう。この顔は使える。
そんなこんなをしながら町の入り口に設けられた関所を通過する。
衛兵に見せるのはギルドの身分証。こちらは安心して見せられるのが何よりの利点だ。
奴の記憶を辿るようにラチェのギルドの前を通過して、大通りを進むと、ついさっき奴を通してみた看板が目についた。
「よし、ここだな」
『笑う山猫』亭。現在も営業中。
あとは部屋があることを祈るだけ――まあ、橋が使えないことで町は閑散としている。満室を気にする必要はないだろう。
「いらっしゃい!」
「二人です。部屋ありますか?」
「ベッド、ハンモックどちらでも空いております」
フロント担当の男――恐らく店主が対応する。
基本的にベッド部屋はベッド部屋で、ハンモック部屋はハンモック部屋で一塊になっていることが多い。どちらも使えるなら、奴の使った部屋に近いベッドを選ぶ方が好都合だろう――奴同様、今日は布団で寝たいというのもあるが。
「君はどうする?」
「僕はハンモックにします」
振り返って確認するとそう返ってきた。
「いいのか?」
「ええ。僕、ハンモックにも慣れていますし」
若い子は元気だな――この体も精々20代前半~半ばぐらいだという事は置いておくとして。
「じゃあ、ハンモック一人とベッド一人で。会計別々で」
先に部屋代を払ってから部屋を案内される。
建物は通りに対して直角になるように広がっており、一階がハンモック部屋、二階がベッド部屋となっている。
「それじゃ、荷物を置いたら食堂で」
「はい。わかりました」
階段で分かれてそれぞれの場所へ。
一人用の部屋を案内され、部屋の中を確認する。
ベッド部屋とはいえ一人部屋は質素なものだ。狭い小さなテーブルが一つとセットの椅子が一脚。外套などもかけられる大型のハンガーが一つと、この部屋が階下より多少割高な理由であるベッドが一つ。
広さとしては本当に手荷物を置いて寝起きするだけの空間だ。
その部屋に荷を下ろし、貴重品だけ持って外へ。
下に降りる前に連中の泊まった三人部屋を探すが、生憎清掃中の看板がかけられて扉が閉められていた。
「まあ、ここは後でいいか」
中から音はしないが、とりあえず下に降りよう。
恐らくだが、連中はあの後森に向かっている。それならそちらに向かってもいいだろう。
それにもし何かあったのなら、一階の食堂でも奴らの使っていたテーブル席に何かあるかもしれない。
「あっ、こっちです」
下に降りると先に来ていたスイと目が合った。
ツキ=奴らの使っていたのとすぐ近くのテーブル席に通されている。
「ああ、今行く」
やはり橋の崩落が効いているのか他に客はいない。
席の間を縫って彼のもとへ。途中で奴らの使っていた席の隣を通る――足跡の表示はない。
そこで腹が小さくなった――今回は私のだ。
「……」
幸い、スイには聞こえていないようなので平静を装って彼の対面に着席。
「お待たせ」
「いえ、僕も今来たところです」
私が座るのを見計らったのか、女将が注文を取りに来たので、とりあえず今日のおすすめと、早く出せそうなものを注文。
対面の彼もそれに倣う。
「これからどうします?」
女将が厨房に入っていくのを見送りながらスイ。
「そうだな、町の奥にある森に行ってみる」
「わかりました。腕の方は大丈夫ですか」
言われて初めて思い出す。
処置されていたことさえ意識から消えているほど違和感がない。
「ああ、大丈夫だよ。君の薬が良く効いている」
「いえっ、そんな……っ。大事無いようで良かったです」
そんなやり取りから少しして女将が一皿目を持ってきた。
「はいエビ虫2人前お待ちどうさま」
エビ虫。そう、虫だ。
見た目は人の親指ぐらいある芋虫を、焼き鳥のように串にさして焼いたもの。
それが串一本につき3匹、一人当たり2本の串が皿に盛られてやってきた。
早く出るものを、ということで特に内容を確認せずに『山の幸の串焼き』なる料理を注文した結果がこれだ。
この体に記憶があるということは、この辺りでは普通に食べるものなのだろう。
「え、えっと……これは……」
だが、スイにはそうではなかったようだ。
ちらり、と私の方を見る。
これは?勿論何なのかは分かっているだろう。魚や肉や野菜ではないという事は。
だが、どこかでその認識を否定してほしかったのだろう。
「知らないか?エビ虫だよ。海老みたいな味がする」
だが、それをごまかすことはできない。串を打たれ、皿の上で湯気を立てて香ばしい匂いを漂わせているそれは、紛れもなくそれ以外に見えないのだ。
「そう……ですよね……」
「ファスでは虫は食べないのか?」
聞きながら、この国でも虫を食べるのはそれを内陸部、それも畜産が行えなえない山林での動物性たんぱく質の方法であるという事は伏せておく。
「まあ……ない訳ではないですが……ここまでしっかり形があるのは……」
まあ、ショックがでかいのは分かる。
私だって知らないでこれが出てきたら同じリアクションをする。
――だが、この少年は立派だ。
「……イタダキマス」
出された料理を前に覚悟を決めるのに数秒。
或いは空腹のなせる業か。
「頭は食えないから口の中で外すかあらかじめちぎっておくといい」
言いながら自分でやって見せる。
名前の通り、口に含むと塩焼きにした海老だ――見た目にさえ目をつぶれば。
「……美味しい」
どうやら彼もその見た目という壁を突破したようだった。
それから運ばれてきた今日のおすすめ=芋と塩漬け肉のオムレツ――のような料理は特に気にする部分はなかったのは幸いというべきか。
「あの、人を探しているのですが――」
腹が落ち着いたところで、空いた皿を下げに来た女将にスイが尋ねる。
先程自分の目で見ていたが――そして今後も恐らく見ることになるが――私も聞いてみよう。そう思って羊皮紙を取り出した矢先、スイの声で懐から顔を上げた。
「本当ですか!?」
「どうした?」
思わず席から立ち上がりかけた彼を座ったまま見上げると、興奮した様子でこちらを見返してくる。
「兄が、兄と思わしき人がここに来た、と」
それが彼の聞き間違いではないという事は、女将がすぐに証明した。
「この絵の人、そういえば見たわねぇ。一か月か……もうちょっと最近だったかしら。ここに来るのは陶器の買い付けに来る商人のお客さんが多いからフードをかぶった見慣れないお客さんと一緒にいたこの人はよく覚えているわよ。二人で何か話し込んでいたわね。注文を取りに来た時しか聞こえなかったけど、二人で森に入るとかなんとか……。あんなところで何をするつもりか分からないけど」
どうやらこの少年と私とは、同じような道を行く奇妙な縁があるようだ。
(つづく)
昨日PCに不調により投稿できませんでした。申し訳ありません
続きは明日に。
明日はもう少し早い時間に投稿する予定です。




