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ラチェ6

 「ここまでくれば……」

 しばらく道沿いに走った後、振り向いてみるとどうやら巻いたようだった。

 「腕を見せてください」

 それを確認するや否やのスイの言葉、聞きながら自分で見えるようにすでに動いている。

 その時に初めて気づいたが、先程刺された部分が徐々に腫れあがり、刺された部分を中心に赤黒いあざのようなものが広がってきていた。

 若干の痛み――というか熱さが、その認識と同時に襲ってくる。


 その赤黒の中心=刺された穴の周りを、スイが絞り出すように強くつねる。

 「うっ……!」

 その意外なほどの力と、それによる痛みに思わず声を上げると、それと同時に傷口から黄色い膿のようなものがとろりと流れ出した。

 「これは……」

 「毒液です。出来るだけ絞り出します」

 淡々と言いながら、更に力を入れて締め上げる。

 やや粘度のある黄色いそれが、どうやってあの一瞬で流れ込んだのかというぐらいとろとろと流れ出す。


 やがてそこに血が混じり、血の占める割合が上がっていって、ほとんど毒液が見えなくなるまで絞りつくすと、そこで初めてスイが私の腕から手を離した。

 心なしか腫れが小さくなっているように思える。


 「ちょっと滲みますよ」

 再び、言うや否や。

 鞄から取り出した水筒の水で傷口を洗い流すと、それを布でふき取ってから、質量で傷を塞ぐように軟膏を塗りたくり、別の布切れで湿布を作り包帯で縛り付ける。

 一瞬の出来事。それに綺麗な処置。


 「これでよし……。今日一日はそのままにしておいてください」

 「すまない。ありがとう」

 余りにも一瞬の処置に、自分の体のことなのにぽかんとしながらその様子を見ていた私は、随分と間抜けな声を出してしまった。

 先程の遭遇からここまでの手際は、まるで今までと別人だった。


 「凄いな……君」

 そしてその別人状態は、治療の完了と同時に終わったようだ。

 私が漏らした正直な感想が聞こえたのか、恥ずかし気に少し視線を落とすスイ――しかし、これまでからかった時のようなそれではなく、確かに誇らしさがあるように思えた。


 「ファスは山の多い国なので……こういう毒虫対策は古くから伝わっています。最近はあまり聞かなくなりましたが……」

 「この薬も君が?」

 処置済みの腕を改めて眺めながら訪ねる。

 綺麗に巻かれた包帯を顔に近づけると、ほのかに軟膏のはっかのような匂いがした。

 「え、ええ……。バンディットワスプは仲間の毒液の臭いに誘われる習性がありますから、毒液を吸い出してすぐに傷を塞ぐ薬が効果的です。あ、あとこれも念のため」

 そういって今度はビー玉ぐらいの緑色の玉を一つ差し出してくる。

 「解毒剤です。今は大丈夫でも放っておくと時間をおいて高熱が出ます。その前にこれを飲んでください」


 受け取って、言われた通りに口に放り込む。

 「これも君が?」

 「ええ。魔術薬の研究の一環で。効果は実験済みなので安心してください」

 大したものだ。本当に。

 「やっぱり凄いな、君は」

 正直に、彼の顔を正面から見ながら続ける。

 「君と組むことが出来てよかったよ。ありがとう」

 大げさと思われるかもしれないが、これまでの対応を見ていればそれが嘘ではないということは誰にだってわかる。


 「そ、そんな!僕にはこれくらいしか……。戦闘は出来ませんし……、回復魔術も苦手で……」

 「敵を倒すだけが戦闘ではないさ。それに、さっきの目くらましといい、傷を受けた私をここまで連れて逃げてきてくれた事といい、今回の治療といい、私一人ではできなかったからね」

 事実だった。どれ一つとして誇張のない事実。

 それはきっと彼だって分かっている。


 だからこそ、真っ赤になっているのだ。


 そしてその恥ずかしさを紛らわせるために体が反応したのか、風に吹かれる木々や川を流れる水の音、鳥のさえずりに混じって、すぐ目の前の腹が音を立てた。


 「あっ……!」

 そういえば昨日の夜は保存食の残りだけで、今朝も碌にものを口にしていない。

 ――順調にいけば到着は昼時には少し早いぐらいだろうか。


 「ついたら昼飯にしようか」

 そういうと、彼はまた耳まで赤く染まりながら小さく頷き、それから二人で向かい合って笑った。


 それからまた私たちは歩き出す。

 幸いこちら側は一本道で道に迷うことはない。

 それにモンスターにもあれ以降遭遇せず、すぐに反対側の門が見え始めた。


 「おっ」

 そして私たちがそれに差し掛かるより前に、向こうから門が開かれる。

 入ってきたのは斧や農具類を持った樵が二人と、それらを護衛するために雇われたと思われる冒 険者風の一団。

 その一団の一人がこちらに気づいて手を上げる。


 「やあ、どうも」

 「「どうも」」

 山で人に出会った時ではないが、こういう時はお互いに挨拶することが多い。

 単純なコミュニケーション以外の理由は大きく分けて2つ。

 山と異なる理由=ここに人間の集団がいるという事を周囲のモンスターに知らせて、近寄らせないため。

 山と同じ理由=この先の道に対する情報交換と互いの安否確認。――そして、後でどちらかが行方不明になった際に他の人間に目撃情報を伝えることが出来るという事。


 そして今回は山と同じ情報交換が必要となった。

 ――もっとも、向こうも知っているからこそのメンバー構成なのだろうが。


 「この先の石橋の所にバンディットワスプが」

 その一言と、それを言った私の手に巻かれた包帯を見て一団と樵達がお互いに顔を見合わせ、それからそれぞれの装備に目をやる。

 恐らくはそれぞれこんなことを考えていただろう。


 樵達:こいつらを連れてきて正解。

 冒険者たち:虫対策をしてきて正解。


 「ありがとう。ここを出ればすぐラチェだよ。お気をつけて」

 「わかった。お気をつけて」

 お互いに言葉を交わして門をくぐる。

 「お?」

 入り口と同じ二重構造のそれの先=本来なら橋を渡ってすぐのところに光る足跡を見つけて、思わず声を上げる。

 その向きは川からラチェ方向へ動いている。恐らく奴らは橋を渡れたのだろう。


 さて、どんな用件でここにきて一山当てたのか、それを見せてもらうことにする。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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