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ラチェ4

 身支度を終えて宿を出ると、往来は大きく分けて二つになっていた。


 まず片方:アーミラの方向に向かう者たち。川を渡れないために引き返していく者か、或いはこれから私たちが向かう場所を通過してでもアーミラに向かおうという者達。

 もう片方:つまり私たちと同じ考えの者たち。


 と言っても、ほとんどはアーミラに向かっている。

 まあ無理もない。この辺りのモンスターはそれほど強力なものではないとはいえ、危険のある脇道へそれるのにはそれなりに装備を整えたい――或いは迂回したい――と思うのが人の情というものだ。


 更に言えばこの道の向こうであるラチェは、そこまで訪ねていくような理由のある場所ではない。

 特に人口が多いわけでも、交通の要衝であるという訳でもない。

 産業がない訳ではないので商人の行き来はあるだろうが、そのためには護衛を雇ってくる必要があるだろう。

 ――その事を知らずにここにきてしまった者たちは引き返していくしかない。


 「さて、行こうか」

 「はい、お願いします」

 そうした大多数と別れ、私たちは川に向かって歩き出した。

 丸太の壁を越え、朝日に向かって歩いていく。

 道は昨日と同じで代わり映えがなく、同じような山肌と雑木林がどこまでも続いているが、もし真っすぐにラチェへ行くことが出来ればそんな景色すら興味深いものだっただろうと思うほどに、朝の山の空気というものは夕暮れ時のそれとは違うように思える。


 残念ながら私たちにそんなことを考える余裕はあまりないのだが。


 「ここか」

 「確かに橋がなくなっていますね」

 宿場を出てしばらく歩いていくと、不意に道が開けた。

 道の左右の木々は伐られてちょっとした広場になっていて、本来ならその先に橋があるのだろう崖は、その広場の奥側の一辺をカバーするロープによって近寄れないようになっている。

 

 そしてそのロープ沿いに下流に向かえば、件の危険な迂回路に入ることになる。


 「いよいよですね……」

 スイがそちらに目をやりながら声を漏らす。

 そこに感じた緊張は気のせいではないだろう。


 彼の目の先=川沿いに雑木林の中に伸びている道。そこと今私たちの立っているこの道との境となる丸太を組み合わせて作られた門。そして恐らく先程の宿場から駆り出されたのだろう門番が一人。


 「通るのかい?」

 目が合ったその門番がぶっきらぼうにそう投げかけてきた。

 「ええ」

 答えながら、冷やかしではないと証明するようにそちらに足早に向かう。後ろからスイがついてくるのが足音で分かる。


 「気を付けなよ。中じゃ俺たちも助けに行けないからな」

 そう言いながら門を開いてくれる男。その横には一本の斧が立てかけてあるが、それが戦闘用ではないという事はすぐに分かった。

 恐らくこの男、本来は樵かなにかだったのだろう。


 門をくぐるともう少し先にもう一つ同じ門。そこにかけられた看板――開けたら必ず閉めること。

 「ラチェに行くなら、向こう側にも同じような門がある。閉まっているだろうからノックして開けてもらってくれ」

 「どうも」

 返事に応じるように背後で門が閉じる。


 「大丈夫だよ」

 振り返ってそれを見送った時に目についた、硬い表情のスイに囁く。

 「中を進むときは私から離れるな」

 「はい……」

 「――まあ、昨日の夜程でなくてもいいが」

 ちょっとからかっておく――半分は彼のため、もう半分は私のため。


 「あれは……っ」

 なにかごにょごにょ言っている彼の背中をポンと叩く。

 「冗談だよ。さて行こう」

 二枚目の門を押し開けると、そこはもうさっきまで見下ろしていた雑木林の中だ。

 鬱蒼とした木々の中に、半分ぐらい土に埋まり、或いは雨風に削られたのだろう石畳の残骸が道を示すように奥へと続いている。

 どうやらここは旧街道らしい――門を出てすぐのところに放置された、コケだらけの看板から辛うじてそれを読み取る。


 「随分と木が多いというか……完全に森の中ですね」

 「そうだな」

 確かに、足元の石畳の残骸がなければ、森の中に放り出されてしまったと考えるだろう。


 だがおかげで、周囲から敵が突然飛び出してくる可能性は低くなった。


 というのは、余りにも鬱蒼としていて=木が多すぎて足元を塞いでいるが故にモンスターの類も待ち伏せを仕掛けられないような程という事だ。

 勿論獣や虫の類、或いはそれに近いモンスターはいるだろうが、それに対する注意を怠らなければそこまで危険ではない――はずだ。


 道の様子を確認して、その考えを更に補強した。

 当然ながら人通りは少ないが、確かに利用している者はいる。

 という事は、ここでも道を歩く人間にうかつに近づくのはモンスターにとってリスキーだということになる。こちらから森の中に入っていかなければ、そこまで恐々とすることもないだろう。


 少なくとも私がこちらに来た時にスイがやられていたように、追い回されて袋叩きという形にはなりにくいはずだ。


 「ま、油断は禁物だが」

 自分に言い聞かせて歩きはじめる。視覚と聴覚でその言葉を実践しながら。

 道幅はそれほど狭くはない。流石に元は街道だっただけあって、馬車でも通れそうな程の広さは確保されている。


 「ん……」

 「どうしました?」

 川に沿って下っていく道の途中、小さな二股の手前でふと見えたものに目を奪われる。


 道からわずかにそれた場所。

 在りし日にはこの街道の利用者がふらりと立ち寄ったのかもしれない場所に建つ――というか自然の一部として取り込まれている――見覚えのある女神像。


 「いや、懐かしいものを見つけたと――」

 そこで言葉を区切る。

 当然、不自然さに何が起きたか尋ねようとするスイ。

 彼のその開きかけた口をすっと右手を上げて遮る――音を立てるな。


 一瞬で沈黙。魔術杖を持ち直して辺りに目をやる少年。


 頭の上で鳥の声。それに応えるような風に揺れる木々。

 そしてそれに混じって確かに聞こえた何かが近づいて来る音と、明らかに人語ではない何かの声。


 「……」

 静かに鯉口を切り、そっと抜刀し、右肩に担ぐようにして携える。

 推測:声がした。鳴き声ではなく何らかのコミュニケーションを目的とした声が=近づいてくるのは人に近いタイプのモンスター。


 つまり――私たちと同じように道を使って移動している可能性が高い。


 「ッ!!」

 最初に気づいたのはスイだった。

 例の女神像の陰から、子供のような影が一つ躍りかかった。

 「くうっ!!」

 杖を構えるスイ。彼を背中に隠そうか――そう判断した次の瞬間にはもう一つの気配に気づいて小さな二股に振り向く。


 森の奥へ進んでいくように伸びているかつての街道の中央に一塊になったゴブリンが三体、キィキィ耳障りな声を上げながら突っ込んでくる。


 咄嗟の判断:こちらの方が女神像方面より速い。


 「ッ!」

 判断と同時に駆け出す。向かってくる奴らよりも速く。

 右肩に担ぐようにして持っていた刀を、足の動きに合わせて八相に変化させ、身長差から生まれるリーチの優位を最大限に生かしての突入。


 「はあっ!」

 スピードを乗せた右袈裟懸けが、正面の一匹の体を斜めに走り抜ける。

 「ギィッ!?」

 下まで切り下した刀を、体ごと右に向くのに合わせて左肩の前へ振り上げ、今度は左袈裟懸けに右の相手を斬り捨てる――死体になった正面の奴がひっくり返るのと同時の斬撃。


 「キィッ!!」

 「シャッ!」

 流石に三体目は、この好戦的な獲物に追いついた。

 振り上げたこん棒を私の頭目掛けて振り下ろさんとするが、ここでリーチと速さの優位を活かす。

 奴のこん棒の外、右に向いていた体を、左足を僅かに引きつつ方向転換。

 同時に振り下ろした一撃が奴の首を撥ね飛ばした。


 「ギイイッ!!」

 叫び声。吹き出す紫色の液体。

 奴の取り落したこん棒が地面につくのと同時に、首から上を失った胴体が崩れ落ちる。


 こちらは一丁上がりだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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