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冒険者たち11☆

 その言葉に応えるように、風が奴に向かって吹き始める。

 「風……?」

 背中を追い越していく冷たいそよ風。突然のタイミングだ。


 ――いや、タイミングだけではない。

 辺りの様子からも分かる。背後からの追い風は、何故か奴の後ろで向かい風になっているし、周囲の建物に立てられた人寄せの旗や民家の洗濯物もみんな異なる方向に揺れている。

 そしてその中心は奴だ。


 直感:人為的な風。


 魔術以外でそんなことが可能なもの――思い当たるのは一つだけ。

 「いけない!奴のスキル!!」

 背後でフレイの声――俺の直感と同時の答え合わせ。


 そしてその直後、奴が目の前に現れた。


 「ぐうっ!!」

 その得物の鍔元まで突き刺すような突きとなって。

 「ほう……」

 直感が肉体に直結しての受け。

 しかし受けきれず吹き飛ばされる――流石に先程とは速さが違う。

 体勢が崩れ、それを許しておく相手でもない。


 「ちぃっ!!」

 咄嗟に重力に委ねた。

 尻もちをつくように転び、そのまま後ろに転がる――その直前まで頭があった場所を刃が通り抜けていく。

 転がり、その勢いを活かして立ち上がろう――そう体を持ち上げた瞬間、奴を見失う。


 「ッ!」

 背後で息をのむ音――フレイかセレネか。

 同時に、いや厳密に言えばそれより僅かに――彼女らの目が捉え、神経が情報伝達を行う時間分――速く、後方に気配。


 全く剣の力は大したものだ。立ち上がろうとする動作を中断して前に転がる。

 再び奴の剣の鋭い音。先程と同様に頭のあった場所を、介錯する様に駆け抜けていく。


 「……スキルか」

 何とか窮地を脱し、立ち上がって正対しながら漏らしたその言葉は、再び台風の目になった奴にも届いていたようだった。

 「人間相手に使うのは初めてだよ……感謝してくれたまえ」

 「殺さないって言わなかったっけ?」

 「ああ、殺しはしないさ」

 薄っすらと余裕が戻ってきた声。この世界には様々な回復魔術も、それを代用できる薬やアイテムが存在する。


 先程のフレイの言葉が蘇る――こいつは強力なスキルを持つ一流の冒険者。

 「それが風のスキル……」

 実物を見るのは初めてだが、話には聞いたことがあった。

 優れた使い手は飛来する飛び道具の軌道を捻じ曲げて防御したり、自分自身を魔力を帯びた強烈な突風で包むことで今のように人間離れした高速移動を可能とするという。

 単純に風そのものを攻撃手段として使うこともできるそうだが、それをしなかったのはただ単にギャラリーを巻き込む可能性があるからだろう。

 風を操れる状況であれば今のような一対一でも集団戦闘でも有効なスキルだ。


 「確かにな……感謝するよ」

 虚勢ではない。

 ――もしかしたら口にも剣の力が宿ったのかもしれないが。


 「今のでスピードも動きも分かったからな」

 風が強くなり――そして止む。

 「舐めるなッ!!」

 奴が飛び込んでくる――光になったのかとさえ思うような突風となって。


 だが、見える。


 奴は強い。最初の一撃、こちらに事前情報のない状態=最も効果的な攻撃を出来る状態が即ち最も仕留めやすい状況であることは分かっているはずだ。


 となれば、そこで最大の一撃をたたき込みに来る。

 俺はそれを躱した。

 そして、その動きが見えていた。


 ならば、もう脅威ではない。


 「おっと!」

 奴の斬撃に合わせて切り結ぶことで、それを証明して見せた。

 「おおっ!!?」

 野次馬のどよめき。

 奴の追撃が、再びラットスロンと音を立てる。


 「ちっ」

 次の瞬間、奴が舌打ちと共に地面を大きく踏みしめた。

 「!!」

 土くれが宙を舞う――俺の顔面めがけて。

 風のスキルで作り出した目つぶし。それに気づいた瞬間には奴の蹴りが腹にめり込んでいた。


 「ぐうっ!」

 「シィッ!!」

 蹴り――痛みよりも衝撃の方が強い。

 その衝撃で崩れたところに煌めく刃が迫る。


 鈍い音。自分でもどうやったのかは分からない。頭に閃光が走るのと同時に体が動いていた。

 右手と左手の間――地面と水平に掲げた柄で受け止める。

 自分がその動作をしたのに気づいた時には、体は既に次の動きに移っている――頭の中に浮かぶ明確なビジョン通りに。


 「はああっ!!」

 「うお!?」

 独楽のように回転しながら水面蹴り――足が速いならその足を殺せ。

 流石は一流の剣士だ。転びはしない。


 だが、一瞬でも崩れたのは事実。

 「はあっ!!」

 立ち上がる勢いそのまま股間から切り上げ、躱されたと判断すると同時に瞬時に軌道を変え裏刃で切り下す。


 奴=たたらを踏みながら回避。風のチャージには間に合わない。


 「おおっ!!」

 「くうっ!」

 純粋な剣技に戻る――互いに袈裟懸けで切り結ぶと、じりじりと正中線を巡って競り合う。

 「ッ!」

 再び一日の長。奴が一瞬でこちらを崩しにかかる――ラットスロンを俺の右側に払落しにかかった。


 「ッ!!」

 こちらも再び剣の力を引き出す。

 あえてその動きに逆らわず切っ先を下げ、同時に体を左に逃がす――必然、剣が地面に向き、想定以上のスピードで対象に逃げられた奴の剣は間抜けに正中線から外れる。


 「しまっ――」

 その声が漏れた=奴が気付いたのと同時に、俺は剣を振り下ろす。

 釣り針をキャスティングするような動きで、右肩上から一撃。


 「あっ!!」

 奴が声を上げる。

 自身の置かれた状況。それによって生じる危険――正確な予想だが、少しだけ遅かった。

 「……ッ!」

 野次馬たちが、フレイが、セレネが、そして奴自身が同時に息をのむ。

 中心から外れてしまった剣を引き戻そうとした奴の右腕。その僅か数センチ上にラットスロンの刃が静止した。


 剣道で言えば籠手あり。ただし文字通りの寸止め。

 一瞬の静寂。奴の剣が地面に落ちて音を立てる――ついで奴自身の両ひざが。


 「ま、参った……」

 静かな宣言。一拍静寂。

 直後に歓声が爆発。


 「「ショーマさん!!」」

 「おわっ!?」

 駆け寄ってきたフレイとセレネ。

 身の軽いのはセレネの方か――躊躇なく抱き着いてくるのを受け止めた。

 ふわりと、かすかに甘いような香りが鼻腔をくすぐる。


 「凄い!凄いよ!ゲイルに勝っちゃうなんて!!」

 彼女の先程までとは別の理由で興奮した声が歓声に負けずに響く。

 「こ、こらセレネ……もう……」

 後ろからフレイがたしなめようとするが、彼女も同じような心境であることはその表情を見れば明らかだった。


 「ありがとう!ありがとうショーマさん!!」

 「本当に、本当にありがとうございました!」

 妹を呼び戻した姉と抱擁を解いた妹が昨日と同じかそれ以上に深々と頭を下げる。

 「いや、そんな……」

 流石に恥ずかしくなって視線を逸らす。

 「俺はただ……二人と離れたくなかったっていうか……無理やり連れていくのに納得がいかなかったっていうか……」


 剣を納め、それをきっかけにして仕切りなおす。

 「と、とにかく!これで二人とも大丈夫なの?」

 「はい!本当にありがとうございました!」

 「ショーマさんのおかげで、私たち自由になれました!」

 じわじわと勝利の興奮が沸き上がってきてはいるが、そんな大したことをした訳ではない。そう、二人を連れていかれなかったという事に比べれば。


 「そんな大したことじゃないよ」

 「ご謙遜を。ショーマさんがいなければ、私たちどうなっていたか……」

 「ああ、その……」

 頭の後ろに手をやりながら口を開く。

 二人が小首をかしげて言葉を待っている。


 「ショーマさん、て『さん』はつけなくていいよ。呼び捨てで」

 今言う事ではないのかもしれないが、他にくすぐったさをごまかす方法もない。

 それに、呼び捨てで呼ばれる方が慣れているのは事実だ。


 「え、でも……」

 「そうしてくれ。そっちの方が慣れているし」

 困惑気味の姉妹。

 「気にしないでよ。その……俺たち仲間なんだからさ」

 くすぐったさをごまかそうとして、余計にくすぐったい事を言った気がする。


 だが幸いに、すぐに反応が返ってきた。


 「分かった。本当にありがとう!ショーマ!」

 セレネが声を弾ませる。

 そして妹のその姿に、姉の方も――少し頬を赤らめながら――そうすることにしてくれたようだった。

 「私からも改めて申し上げます。本当に深く感謝いたします。ショーマ」

 俺たちは互いに見つめあい、そして少し恥ずかしくなって笑いあった。


 先程とは違う、敵意のない爽やかな風がそんな俺たちの間を静かに吹き抜けていった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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