冒険者たち10☆
邪魔をするな――無言のまま目でそう告げる男。
「この二人は仲間だったんだろ?」
だった。わざと過去形にして尋ねる。
そこに奴も引っかかった。或いは二人が俺とパーティーを組んだという部分を覚えていたのだろうか。
「『だった』ではない。今でも同じ兄弟団のメンバーだ」
「いいや違うな。本当に仲間なら剣で脅したりしないはずだ」
奴の眼光が鋭くなる。
負けずに睨み返す――ビビるな。俺にだって剣はある。
「……成程、一理あるな」
男はそう言って腰間のものから手を離すと、努めて平静に、ほとんど感情を感じないまでに平坦な調子でそう言った。
「どうだ二人とも、今私と共に戻れば、団長には今回の件を不問とするよう私から口添えしてやることもできるぞ。悪い話ではないだろう?」
「あなたに伝えてほしいのは、私たちはもう戻るつもりはないという事だけよ」
懐柔しようとしたようだが、あっさりと失敗に終わった。
――だが、それで諦めたわけではないようだ。
「お前たちがこの町に来て何をしたのか知っているぞ。勿論、昨日何があったのかも、な」
男の口元がわずかにほころぶ――余裕を見せるための笑顔。
「誰がかは分からないし、探し出すつもりもないが、お前たちの正体を知った者が昨日のメンバーの中にいたのだろうな。そうでないならただの駆け出し冒険者の姉妹をわざわざ人を集めて助け出そうなんて気は起こさないだろう」
遠回しな言い方だがこういう事だ。兄弟団の名前があったからお前たちは今こうしていられる。
そしてそれは二人も理解している――その表情から察するに痛い程に。
「いや、違うな」
だが俺はそうは思わない。
「二人の正体なんて俺は知らなかったよ」
実際、俺はあの時この二人が何者なのかも、はぐれたのがこの二人だったことさえ知らなかったのだ。
「けど、それでも助けた」
「ショーマさん……」
背後からフレイの声=安堵のそれ。
その表情を見ることはできないが、目の前の相手の苦虫を噛みつぶしたようなそれとは正反対のものだろう。
その相手に、更に苦い顔をしてもらう。
「これでわかっただろう?俺は二人の過去とか正体とかは関係なく、ただパーティーの仲間として一緒にいたいと思っているだけだ。邪魔をしないでくれよ」
「邪魔をするな……だと?」
その一言がこの男の逆鱗に触れたことはすぐに分かった。
一度は被った冷静の仮面ははぎ取られ、再び手が剣に伸びている。
「それはこちらのセリフだ。この話はそもそも君と二人が出会う以前からの問題なのだよ。君がどこの人間か知らないが、身内の話に他人が口を出さないでもらおうか」
「身内?それを抜け出したいと言っている奴を無理矢理そう呼んで追いかけまわしているだけだろう?」
だが今の俺はそれで黙るつもりはない。
ビビるな。押し通せ。今のお前はこれまでとは違う。
「過去がどうだったかなんて関係ない。俺の仲間に手を出すな」
「仲間……か」
男の顔が歪む。怒りなのか、嘲りなのか、或いは喜びなのか。
「そこまで言うのなら仕方がない。白黒はっきりさせようじゃないか。君だって腰に提げているのは飾りではあるまい?」
つまり決闘という事だ。
この世界では当事者同士がそれで納得した場合に限り、それを紛争解決の手段とする古い慣習がまだ生きている。
「本気か?」
「ああ。お互いに退けないのだ。こうするしかないだろう」
こうするしかない。その言葉に表情があっていない。
生意気な邪魔者を叩き潰してやる――俺がこの表情に台詞を当てるのならそうするだろう。
「俺にはそんなつもりないんだけどな……」
言葉というより、表情の方へのリアクションだった。
「だが、お互いに退くことが出来ないならば、仕方があるまい。ここで君に敗れれば私も潔く退こうさ」
そんなことは起こりえないが――奴の表情はそう宣言している。
「だっ、ダメですよショーマさん!」
それを慌てて止めに入ったのはフレイだった。
そのただならぬ声に思わず振り向くと、深刻そうな表情を大きく横に振っていた。
「その男は危険です!いくら何でも……」
「安心しろ。殺したりはしないさ」
その言葉を聞いていたのだろう、男はあざ笑うようにそう言った。
同時に俺もフレイに尋ねる。
「こいつ、そんな強いの?」
「この男は『白い刃のゲイル』と呼ばれていて、兄弟団では最も腕の立つ剣士です」
白い刃――その通り名が示す通り、引き抜いた剣に反射した光がキラキラと輝いている。
「また強力なスキルを持ち、一流の冒険者でもあります。……恐ろしい男です」
まさしく俺と正反対の評価だ。
――普通なら、事を荒立てるべき相手ではない。
そう、普通なら。
「……」
もう一度目を落とす。
ラットスロンの柄がわずかに日の光を反射している。
それからフレイとセレネに。
不安げな四つの瞳が、俺と奴を代わる代わる見ている。
「よし、やろう」
「「ショーマさん!?」」
「いい度胸だ」
音もたてず、ラットスロンを引き抜く。
無理矢理連れていかれる新しい仲間。弱き者のための剣の持ち主として、どう動くべきは未だに分からない。
ただそれでも、二人が連れていかれるのを黙ってみているのは正しいことではないはずだ。
それに何より、せっかく一緒になってくれた二人を奪われるのはごめんだ。
「大丈夫だよ」
不安げな二人にそう答える。
――それから奴に振り返って続ける。努めて不敵に見えるように口元を歪ませて。
「殺しはしないさ」
効果は十分。奴の薄っすら浮かべた笑顔に攻撃性が宿る。
「これはこれは、伝説のラットスロンに選ばれし者が一手稽古をつけてくださるとは!」
「御託はいいよ。さっさと始めよう」
俺が言い終わる前に、奴の気配がかわる。
剣に関しては素人である俺ですらも分かるほどの殺気。丸腰ならこの時点で負けを認めて逃げ出す程の凄まじいそれに、俺は奴と同じように中段に構えて正対する。
奴が旅装の上から身に着けた、年季の入った鉄の胸甲が、不気味な輝きを持って俺を迎えている。
「……後悔するなよ」
聞こえるか聞こえないかというぐらいの小さな呟き。
その直後に奴が動く――その予感がした。
「ッ!!」
そう。予感だ。
その次の瞬間には袈裟懸けに振り下ろされていた奴の剣をすんでの所で飛び下がって躱せたのは、完全に剣の能力によるものだった。
速い。この前のガーゴイルすら目じゃないほどのスピードだ。
「ちぃっ!!」
更に止まらない。
振り下ろしが躱されたと分かった瞬間には既に間合いを詰めてきて、こちらがそれに気づいた時には鳩尾に突きが迫ってきていた。
「くうっ!!」
紙一重で鍔元で受け止めて、再度飛び下がって距離をとる。
「ほう……」
幸いにも奴の間合いから脱することが出来た。
再び中段にとって正対する。
「今のを躱すか……流石に、ずぶの素人ではないようだ」
褒められてはいるのだが、それでも奴の殺気は一向に弱まらない。
そういっている間にもじりじりと間合いを詰めてきている。
「……ッ」
――またやられる。
それは火を見るよりも明らかだ。
だが、だからどうすればいいのかまでは分からない。
一歩、また一歩と奴が近づいてくる。
その度に半歩下がり、また半歩下がる――大きく一歩動けば、その隙に飛び込んできそうな思いにとらわれる。
「どうした?逃げていては勝てないぞ?」
わざとおどけた奴の声。勝利を確信したような薄ら笑い。
じりじりと距離が詰まってくる。
互いの切っ先があと少しで触れる。
――来る。
「ッ!?」
それが第六感というものだろうか――或いはこれも剣の力だろうか。
奴が飛び込んでくる瞬間、そのビジョンが静止画で頭の中に明滅した――その瞬間に何をすればいいのかも一緒に。
カッと互いの剣が音を立てる。
切り結び、そのまま鍔競り合いへ。
どう受ければいいのか、どう押せばいいのか、どれを押し返し、どれに反応してはならないのか――そういった情報が一切のラグなく頭に流れ込んできて、特に意識することもなく体がその通りの動作を行う。
奴が動く、俺が応じる。
奴が誘う。俺が崩す。
奴が崩す。俺が躱す。
「くっ!」
退いたのは奴だった。
先程とは対照的に奴の方が飛び下がる。
そしてこれもまた先程までとは対照的に、奴の顔から薄ら笑いが消えている。
鍔競り合いに持ち込み、そこから技を出すことも、崩したり、掴んで投げたりすることもできず、あまつさえ競り負けそうになった――なんとなくわかる。あのまま続けていれば競り勝ったのは俺だ。
「成程……」
そんな事あってはならない――そんな思いが透けて見える奴の声。
「流石は神器に選ばれし者……」
目が物語っている――殺しはしないなどと言っている場合ではない。
そして口がそれを裏付けた。
「なら、本気で行かせてもらおうか」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に