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エピローグ

 「遂に、討ち果たしたのですね」

 随分と久しぶりに聞いた気がする声が、血振りをした私の耳に飛び込んできた。

 「ええ……」

 討ち果たされた者を見下ろす。

 二階堂翔馬。

 もう幸せな夢は見ない。

 もう二度と起き上がらない。

 もう二度と、せっかく恵まれたその能力を発揮することはない男は、元の肉体に戻って転がっていた。


 もしもあの世というものがあるのなら、あの二人に会えただろうか?或いはあの三人にも――?

 「いや……ないな」

 おなじところに行かれるとは思えない。


 そこで思考を打ち切って、主を失った伝説の剣に目をやる。

 奴の前に転がっているそれは、変わり果てた主とは対照的に初めて岩から抜かれたその瞬間から何も変わってはいなかった。

 「賢者の石……別の神器の一部になっていたことで、その存在が感じられなかったのですね」

 声がようやく納得したといった様子でそう呟く。


 「なあ、女神様」

 「なんでしょう?」

 「……次に誰かの手に託す時は、人間性もしっかり見ておいた方がいい。その方がお互いのためだ」

 私も余計な骨折りをしないで済む。彼女も余計に気を揉まないで済む。

 そして、器以上の力を与えられたが故に人生を狂わせる者もまた、いなくて済むのだから。


 「……そうですね。その方がよさそうです」

 それきり、私たちは少し黙った。

 それが黙祷の時間だったのかは、多分永遠に分からないだろう。


 「とにかく、お疲れさまでした。あなたのご協力には感謝してもしきれません」

 「あー……、その事ですがね。この後私は元の世界に帰して頂けるのでしょう?」

 「ええ。無論です」

 柄にもないとは思う。

 だが、せっかく人の体、人の情というものを手に入れたのだ。すこしそれを味わってみるのも悪くないだろう。

 「――明日の朝まで、待ってもらえませんか」




 「メリルさん!!」

 戦いを終えた私を出迎えたのは、スイと彼の涙だった。

 「終わったよ。全部」

 それきり、私たちに言葉は不要だった。

 終わった。そう終わったのだ。

 後に残るは幕引きだけ。


 来た道を引き返す。その道すがらアマキを回収する。

 「君の兄、大丈夫かねぇ」

 「どうなるかは分かりません。でも……とにかく連れて帰ります」

 折角生きていたのだから――そう言って兄に肩を貸したスイ。

 その後ろ姿は、一体どちらが兄なのか分からない程に立派に見えた。


 ラチェの森に戻った頃には、既に日はとっぷり暮れていて、何とか入り口の門まで戻るのも一苦労だった。

 門のすぐ向こうで待っていてくれたライゴ親子がいなければ、そこで幾分かみじめな気分にもなっていたかもしれない。

 彼らに連れられて、彼らの世話になっているという知人の元に案内され、一夜の宿を借りる。


 久しぶりに心休まる夜。私にとっては人間としての最後の夜。

 月を眺めながらやがて疲れが噴き出して急速に重くなる瞼に任せて目を閉じた。




 「本当に行ってしまうのですか?」

 翌朝早く、まだ日の出の前に宿を発った私をスイは見送りに来てくれた。

 他の者には昨日のうちに別れの挨拶を済ませておいた――というか、スイにも済ませていたのだが、律儀というかなんというか、この少年は私が起きだすのに合わせて身支度をして、こうして森に降りる坂と町の門に通じている大通りとの交差点まで追ってきたのだった。


 「ああ。すまない。次の仕事があるからね」

 それきり沈黙。

 二人の間を風が駆け抜ける。

 「……また、会えますか?」

 沈黙を破ったのはスイだった。

 尋ねながらしかし、その実情が祈りであることは何となくわかった――故に申し訳ない。


 「多分、無理だろうね。それに……会うべきじゃない」

 「えっ……」

 「私は君とは違う世界の存在だ。本来出会うべきではない類の人間だよ」

 事実だ。その本当の意味が正しく伝わっているかどうかは分からないが。

 薄っすらと私の背後=森の向こうの山脈の更に向こうの空が明るくなってきているのが周囲の様子で分かった。

 「そう……ですか」

 「ああ。……ごめんな」

 朝日が徐々に強くなってくる。

 約束の時間はもうすぐだ。


 「それなら、最後に言わせてください。本当に、ありがとうございました!!」

 そう言って深々と頭を下げたスイ。

 再びこちらを見たその目が光っていたのは、果たして朝日のためだけだったのか。


 「こちらこそ……あっ、そうだ」

 私は彼ほど素直にはなれなかった。

 しかし同時に自分の体を利用する方法を知っていた。

 「っ!!?」

 少年の唇は柔らかかった。

 「本当にありがとう」

 照れ隠しと、それによって言うことが出来た言葉。

 それを待っていたように、光が私を包み込んだ。




※   ※   ※




 あの日の事は今でも思い出す。

 少年の日、異国の地での冒険の記憶は、もうすぐ十年たつという今でも、その冒険の締めくくりが最も強烈に記憶されている。


 メリルさん=少年だった私を助け、ともに旅をしてくれた謎多き女性剣士。


 私の恩人。ファーストキスの相手。

 そして私の初恋の人は、その最後の口づけの直後に突然強くなった朝日に思わず閉じた目をもう一度開いた時には、もういなくなっていたのだ。


 まるでそんな人、初めからどこにもいなかったかのように。


 それから私は兄を連れてファスへと帰った。

 家族や術官院とは随分と揉めることになったが、それについては割愛する。

 結論だけ言えば、私は今でも魔術薬学の研究を続けている。

 あの頃より世間は術官院に対して厳しい目を向けるようになってきている。兄の指摘していた点は、彼の悔し紛れではあったものの事実でもあったからだ。

 非術官院系の若手研究者――さしずめ今の私の立場はそんなところだ。

 その立場になってすぐの頃は随分驚かれたものだ。多くのファスの魔術師と異なる経歴の私の生み出したものは冒険者向け――というか、実際に現場で使用したものばかりだったから。


 「流石は元冒険者」

 経歴を知っている者からはそんな風に言われることもあった。

 ――だが彼らにも言わなかったことが一つある。

 それが何なのか、明らかにするにはまだ少し恥ずかしい。


 未だにその人が好きだなどとは、特に。


(おわり)

私メリーさん、『異世界で冒険者を始めたら何の能力もないお荷物としてパーティーを追放された俺だけど、実は激レアスキル"秘封破り"が使えるので最強です』の主人公を探しているの


これにて完結でございます!


二本のストーリーを同時並行で進める。書き始めてからその無謀さを痛感することなった本作ですが、もしお楽しみ頂けたのなら幸いです。


それでは、最後までご覧いただき誠にありがとうございました!

また次の機会があれば、その時も見守って頂ければ幸いです。


それでは、ありがとうございました!

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