終着点8
「ちぃっ……!!」
まるで新体操。それも走りながら。
無数に襲い来る光の雨の横殴りを、飛び跳ね、地を転がってなんとか躱し続ける。
「ぐうっ!!」
右足の太ももに痛み――というか火傷したような熱さ。
思わず空中でバランスを崩し、辛うじて受け身を取って転がる。そこで光が打ち止めになったのはただの幸運だった。
「くっ……」
刀を杖に立ち上がり、一瞬だけ光線が掠めた太ももに目をやる。
動きに支障がないのは奇跡と言ってよかった。
ほんの僅かに掠めただけなのだろうその場所は、服の裾を焼き溶かし、その下に露になった皮膚は、それが人間の皮膚だと言っても分からない炭化した線になっていた。
嫌な冷たさが脊髄を駆けあがっていく。火傷やミミズ腫れではなく炭化。一発でも直撃していればその時点で命などない。
――そしてその攻撃の中を何とか生き残った事を喜ぶことも、その恐るべき火力に怯えることも、発射した張本人は許さなかった。
「ッ!!!」
傷からすぐに目をやった奴は、力を出し尽くしたと思われる羽をたたむと、そこから出尽くしたはずの赤い粒子を再度纏い――そして消えた。
「!?」
いや、消えた訳ではない。第六感を信じて前に飛び込むと、私の首があった場所を鋭い風切り音が通過していく。
瞬間移動――恐らくは初遭遇時と同様の瞬間加速による背後への回り込みだ。
転がった勢いをそのまま立ち上がるのに活かして態勢を整える――そう考えて体を起こした瞬間には奴が目の前に迫っていた。正確には奴の膝が。
「がはっ!!」
体が浮き上がる。息が止まる。
激痛。いや、痛みなんてものじゃない。腹に穴が開いたような錯覚をさえ覚える、瞬間加速での衝突。
吹き飛ばされて地面をバウンドして転がり、ようやくその動きが納まった時には、奴のいた東屋の前まで来ていた。
「ぁぐ……げほっ!!」
立ち上がるほんの一瞬、ぼやけていた視界一杯に現れる奴。
再度の突進は蹴りではなく、体ごと投げつけるような突きだった。
「ぐうっ!!」
立ち上がるのが、奴を見つけるのが、反応するのが、もしあと一瞬でも遅ければきっとそれきりだっただろう。
だが幸い、私の体に穴は開いていなかった。
杖にしていた刀を地面から引き抜いてその役目を終えさせ、奴とすれ違うように倒れ込みながら、自由になった刀で奴の脇の下に横一線の斬撃を叩き込む。
賢者の石と一体化しているはずの奴の体。甲冑らしき装甲に守られている部分をよけて脇を斬ったのは間違いではなかった。
その証拠に両手に伝わってきたのは確かに切り裂いた手応え。
「どうだっ!」
倒れ込み、先程の教訓に従って――ダメージが残る体では可能な限り――すぐに立ち上がるが、その時には既に振り向いた奴がこちらに剣を構えていた。
脇の下には全く傷がない。
「ちっ――」
次の瞬間には飛び込んでくる奴のラットスロン。危うく切り結んでから、私の腕を掴もうとして左手を離した奴の隙を見逃さずに鍔競り合いを崩し、体ごと突っ込んで頭に肘を叩き込む。
「はぁっ!!」
同時に奴の足の甲を踏みつけて動きを封じ、それに感づいた瞬間に全身で奴を突き飛ばしつつ足の拘束を解く。
僅かに崩れる体勢。それを支えるために再度開く羽。既にクールダウンは完了しているのか、赤い血管のような線が無数に浮かび上がる。
「させるかよっ!!」
あれを何度も撃たせる訳にはいかない。
たたらを踏んだ一瞬を逃さず、奴の仮面の下=むき出しの喉を貫く。
「……」
反応はない。
いや、一瞬だけ動きが止まった。
そう、一瞬だけだ。
「クソッ!てめえッ!!」
すぐに貫いた刀を抜き、股間に膝を叩き込んでからその場に伏せるようにして倒れながら、ブラジリアン柔術の要領で奴の足に両足を絡みつかせる。
浮かびあがろうとした瞬間にかかった荷重。流石に無尽蔵のエネルギーを持つ相手を地面に引き倒すには至らないが、それでもバランスを崩させるぐらいは出来る。
結果、光の雨の射点はずれ、直射するその性質上私より遥か後ろに飛んでいく。
「ぐうっ!!」
振り払おうとする奴の動作に合わせて抵抗せずに離れてやる――勿論タダではないが。
「おらぁっ!!」
足を離して奴から剥がれ落ちるその瞬間、その動きに合わせて右手に持った刀を奴の股間に突っ込んで一気に引いた。
「……」
生身であれば絶望的な傷をつけているはずのその攻撃も、しかし手応えに反して奴に痛がる様子はない。
「成程な……」
無尽蔵のエネルギーなだけはある。一瞬見えた喉と股間の傷は、出血も何もなく、受傷した次の瞬間には塞がっていた。
どうにかなるものではない――ジェレミアが遺した言葉が脳の中で響く。
「確かに、どうしようもねえ」
目の前で実演されれば殺せない事は嫌でも認めざるを得ない。
「……なら、これは?」
久しぶりの感覚。
私の体内に生まれる大きな波。
広がりと比例して大きくなっていくそれが、指先つま先は無論刀の切っ先まで一部の隙無く広がっていく感覚。
「私メリーさん」
体に満ちる力。私本来の姿=禍々しい呪いそのもの。
「ッ!!」
浮遊した奴が急降下と共にラットスロンを振り下ろす。
だが、そこに私はいない。
瞬間移動がこいつの能力なら“後ろに回り込む”のは私の能力だ。
「今あなたの後ろに――」
だが紙一重。奴の羽が羽ばたいて振り向き、その動作による遠心力を加えた横薙ぎが私の首に迫ってくる。
「くっ!!」
本当に大したものだ。
この態勢=殺すと決めたターゲットの後ろに立った私からの攻撃を中断させたのは多分こいつが初めてだ。ましてやそれが反対に私の命を狙う反撃を伴うとなれば、今後恐らく現れる者などいるまい。
斬撃を刀身で受け止め、その下を潜り抜けるようにして再度奴の脇を斬るが、やはり結果は同じ。
そして無駄な抵抗を繰り返す猪口才な相手を仕留めんと振り返る――その瞬間を待って再度発動。
奴の動きを上回る程の速度で奴の背に回り込む。
「ッ!!」
だが同じ手が何度も通じる相手ではなかった。
奴は今度も回避した――ただしその方向は横ではなく縦にだが。
「ちぃっ!!」
バック宙のように一回転し、今度は逆に私の背後に回り込む。
「このっ――」
今度はこちらが回避に専念する側だ。
――だが、それでいい。
「おおおおっ!!」
奴の咆哮と共に放たれる斬撃を躱し続ける。
袈裟懸け。横薙ぎ。それからの正面。全てスピードこそあるものの読みやすい単純な攻撃だ。
もう少し、もう少し――。
「おおあっ!!」
突きを躱し、今度は後退する。当然奴は追ってくる――そうしてくれて助かった。
一気に間合を詰める奴。羽を使い、地上を滑るように移動しながら、大上段に剣を振り上げた。
――ここだ。
「ッ!!」
交錯は一瞬。勝敗もまた一瞬。
振りかぶった奴に対して私は突進した。
狙うは奴の顔面――の上にあるその指。剣を握っているまさにそこだった。
「おおっ!!」
奴に応えるように咆哮を上げて、常人であれば二度と手を使うあらゆる行為が不可能となるだろう範囲を切り裂くと、そのままの勢いで奴の体に体当たりをかます。
当然、指の傷など一瞬出直るだろう――これまでなら。いや、今回も治った。
だがそこまでだ。
剣は、ラットスロンは、賢者の石を起動させるのに必要な神器は、その一瞬のうちに主を奴の手から重力に鞍替えしている。
「あっ!!」
叫んだ奴がその事態の重大さを理解する。
――ただ、本当に理解しているのかは謎だ。つまり、自分が賢者の石を起動するキーになっていると理解しているのかは。
もしかしたら、敵の目の前で武器を落とす失態に気づいただけかもしれない。
――まあ、それも正解だ。その一瞬のうちに、私は奴の後ろに回り込めたのだから。
「――こんにちは」
奴の再生された直後の指がラットスロンを拾い上げるよりも私の能力は速い。
「――私メリーさん」
随分時間がかかってしまったが、これで終わり。
「今、あなたの後ろにいるの」
(つづく)




