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終着点7

 扉を越え、階段を上る。

 長い階段は一人分程の幅しかない。

 その先の扉を出れば、もうそこには奴がいるだろう。

 一度だけ後ろを振り返る。

 下に見える扉の向こうでは、スイが待っている。


 「必ず戻る」

 そう言って、私は彼をおいていこうとした。

 「……嫌です」

 彼はそう言って、青い顔のまま食い下がった。

 まあ予想通り――そして、予想していたよりも嬉しい。

 「さっきも言っただろう。この先にいるのは君を守りながら戦うのは難しい相手だ」

 「でもっ、でも……それでも……」

 守られる必要なんかない――そう言えるほどの腕っぷしではないという事は彼自身が一番よく分かっている。

 そして、そういう血なまぐさい争いごとを平然とできるようなタイプではないという事は、彼自身と同じぐらい私にも分かった――その青白い顔で。


 だが、それで簡単に引き下がれる彼でもないのだ。


 「悔しいか?」

 「……」

 「一緒に行かれないのが悔しいのか?」

 「……」

 返答はない――その態度が何より明確な肯定。

 「それでいい」

 俯いていた彼の顔が弾かれたように私に向けられた。

 「下手に勇敢さをアピールするような馬鹿は長生きできない。君は戦えない事、私についてこられないことを悔しがりながら、でも自分が戦う事は出来ないと知っている。それでいい」

 ついてこられない事――もっと正確に言えば、私だけを危険に晒すことをだろう。

 私の言葉に、彼がかすれた声で答えたのは、それから少しだけ空白を挟んでからだった。


 「……僕は」

 それから更に少しの間。

 「僕は……僕はメリルさんを……一人では……」

 言葉として聞き取れた部分はかなり少なかった。

 だが、その意図するところはその態度と空気とでしっかりと伝わった。

 「……そうだよな。男の子だものな。女の私一人に戦わせるのは嫌だよな」

 少しだけの躊躇。しかし、それを越えるのに時間はいらなかった。


 私はそっと、彼を抱きしめた。


 「それが悔しいのなら、今自分に出来る最善を尽くせ。私の勝率を少しでも上げてくれ」

 抱きしめた瞬間に彼の受けた衝撃が、びくりという身震いになって腕の中から伝播してくる。

 「君が待っている。それが一番私には大事なことだ」

 それがこの場を切り抜けるための方便だったのか、或いは本心から出たものなのか、それは私にもよくわからなかった。

 一つだけ明らかなことは、私はそれで一人で奴と戦うことが出来るようになったという事だ。


 「変わったな、私も」

 再び階段をのぼりながら呟く。

 ただの呪い。殺すためのシステム。それが今ではこのざまだ。もしかしたら体に引っ張られているのかもしれない。

 「よしっ!!」

 パチン、と両方の頬を叩く。

 乾いた音とひりつく痛みが私自身を引き締める。

 体が引っ張ったとしても、それはさっきの扉をくぐるまで。

 目の前の扉を開けたら、その先はもうメリルではない。

 小さく深呼吸。


 扉の向こうには広い空き地が広がっていた。

 いままでいた屋敷の裏庭なのだろうか。元々は草木が生い茂っていたかもしれない広い空間は今では土をむき出しにした荒涼たる世界に変わり、左右を高い岩壁に、奥はロストール市街地を一望できる崖になっていた。

 かつてはその市街の光景を楽しんだのだろう裏庭の面影を残しているのは、その崖に突き出すように残された石造りの小さな西洋風東屋が一つ。

 八角形のその中に、奴が座り込んでいた。


 「よう」

 刀を抜きながら足を進め、奴に声をかける。

 ぴくりと動く奴の首。見えているのかいないのか、立ち上がって東屋を出ると、鏡写しのように私に剣を向けた。

 「久しぶり。ああ、例のやつやっておこうか」

 こんなキャラだと知ったら随分驚くだろうが、奴にリアクションはない。

 まあいい。小さく咳ばらいを一つ。

 それから奴に刀を突き付ける。


 「私メリーさん。今あなたの目の前にいるの」




※   ※   ※




 「なんだって!?お前らがあのアルラウネを!?」

 「嘘だろ!?上級モンスターをたった三人でだと!!?」

 冒険者ギルドのロビーがざわめく。

 「えへへ~まあね!」

 照れ隠しのように胸を張りながら、しかしそれだけではなくしっかりと自信を持ってセレネが答える。

 それを見て笑いながらしかし、俺とフレイも同じような心持だった――流石に態度には示さなかったが。

 ラチェの森でアルラウネを討伐した俺たちがアーミラの冒険者ギルドに戻ると、一体どこで知ったのか、既に先輩冒険者たちの間には俺たちの戦いの詳細が噂程度には広まっていた。

 その真偽を確かめるために、戻ってきた張本人たちを取り囲んだのが、俺たちがこの建物に入ってすぐに起きた出来事だった。


 「凄え……」

 「流石はラットスロンの主って訳か……」

 「あっ、いえ……そんな」

 驚きと羨望とが混じった視線を向けられ、思わずたじろぐ。

 参ったな。こんなに注目されるはずじゃなかったのだが。

 「俺は確かにラットスロンを持っています。けど……、今回アルラウネを討伐できたのは、二人がいてくれたからですよ」

 俺が姉妹を見やると、それが意外だったのか、二人とも顔を赤くしていた――フレイは俯きながらはにかみ、セレネは視線を逸らしながら照れ笑い。


 「俺はただ運がよかっただけで――」

 そこで後ろから声がした。

 「ショーマ!!」

 反射的に振り返る。

 ついこの前、俺をパーティーから追放した男が、そこに立っていた。


 「アベル?」

 久しぶりに出会ったかつてのパーティーリーダーの名を呼ぶと、彼は一気に俺の懐に飛び込んでくる。

 「おめでとうショーマ!君はきっとやる奴だと信じていたよ!!」

 白々しいことこの上ない。

 本当にそう思うなら、どうしてパーティーから追い出したりしたのだろう。

 ちらりと彼の後ろ=かつてのパーティーメンバーに目をやる――お前らのリーダー何とかしてくれ。

 だが彼らはリーダーの方針に従うことに決めたようだ。

 同じように白々しい笑顔を浮かべて、にやにやとこちらを見ている。


 「どうだろうショーマ、もう一度俺たちの所に戻ってこないか?」

 「「「え?」」」

 俺と姉妹とが同時に声を上げた。

 こいつ、本気で言っているのか?

 戻ってこい――戻るもなにも、俺を切り捨てたのはこいつらだ。

 「君がラットスロンを手に入れて、本当の実力を発揮できるようになった今の君と俺たちが組めばもっともっと上を狙える。そうだろう?」

 その提案にどよめいたのは周囲のやじ馬たちだった。

 「おいマジかよ」

 「あのアベル達と組むのか」

 辺りのざわめき。その内容はアベル達と俺が再度パーティーを結成することを前提に話が進んでいるようだった。

 「確かにショーマとアベル達が組めば……」

 「ドラゴンすら夢じゃねえぜ」

 その周囲の反応に手ごたえを感じたのか、アベルは更に俺にダメ押し。

 「以前の事を忘れた訳じゃないさ。あの時は申し訳なかったと思っている。でも、俺たちはもう一度やり直せるはずだ。だろう?」


 ちらりと彼から姉妹へ目をやると不安そうな四つの視線と目が合った。


 「パーティー再結成ねぇ……」

 「ああ!是非君が――」

 「お断りだね」

 その一言はざわめきの中でもしっかりと響いた。

 「……え?」

 ぽかんとしたアベル。何故自分が断られたのか――全く想像がついていないようだ。

 「最初に俺をお払い箱にしたのはそっちだろう?それを今更、俺の能力が使えそうだからもう一度組もうなんて、虫がいいにもほどがあるって物さ」

 分からないようなのでしっかりと教えてやった。

 だが、まだポカンとした馬鹿面は変わらない――後ろの二人も同様に。

 なら補足説明だ。


 「「ショーマ……ッ」」

 俺の返答がどういう意味だったのか、それを突き付けられた当人たちよりも理解が早かった姉妹が俺の顔を見ていた。その表情に安堵が浮かびあがっている。

 「見てくれ。俺にもパーティーがある。俺にとってはこの二人こそが本当の仲間ってものだ。はっきり言ってやるよアベル――」

 そこで奴がびくりと身震いした。

 「――戻ってこいだ?今更遅い!」

 はっきりと言い切ってやる。

 一瞬、水を打ったようにしんと静まり返ったギルドのロビーは、すぐに息を吹き返した。


 「ハ……ハハハッ!!こいつは凄いぜ!!」

 「ああ!全く大した奴だよお前は!!」

 やじ馬たちの中から聞こえるそれが誰を指しているのかは、流石に俺でも分かった。

 すごすごと引き上げていくアベル達。その背中を見送る俺の腰に衝撃が走った。

 「おうっ!?」

 「ショーマ!!」

 「こっ、こらセレネ!もう……」

 抱き着いてきたセレネと、それを咎めながらも同じぐらい喜びを隠していないフレイ。

 俺たちは顔を見合わせ、そして笑った。


 「私メリーさん。今あなたの前にいるの」

 その声は唐突に響いた。

 ハッとしてギルドの外に目をやる。

 アベル達が去ったギルドの前の通りに女が一人。こちらに刀を向けて立っている。

 「ショーマッ!?」

 「あ、あれは……」

 姉妹の顔から喜びが消え、変わって現れたのは恐怖。

 「くっ!!」

 二人を背後に隠す。ラットスロンを引き抜く。

 こいつが誰だかは分からない。だが、なんとなく直感する。こいつは危険だ。ここでやるしかない。




※   ※   ※




 「下がっていろ……フレイ、セレネ……」

 白い仮面の下から漏れる声は、間違いなく映像と記憶の中の二階堂翔馬のそれ。

 「何ほざいていやがる」

 答えながら映像の中のジェレミアの言葉を思い出す。大方、奴が本当に欲していたものとは、自分の望んだ通りの結末に至った世界だろう。

 己のやらかした事などすべて忘れて、ただ理想の世界の幻影を見続ける――ある意味では幸せな姿。


 「だが――」

 お前の幸せと、私の仕事。残念ながら関係ない。


 「「ッ!!」」

 同時に踏み込む。互いの刃が乾いた音を立てる。

 鍔競り合いに持ち込むそのほんの一瞬前に奴が飛び下がった。

 「くうっ!!」

 同時に私も飛び退いて一気に走る。

 飛び下がったのと同時に、奴の羽は例の光の雨のチャージを始めていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に


明日で最終回となります

また明日は2話連続投稿を予定しております。

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