冒険者たち9☆
追放されてから初めてパーティーを結成した翌日の朝。
馬小屋に毛が生えたようなギルド併設の簡易宿泊所で目を覚ました俺は、記録的な速さで朝の身支度を終えた。
「よし、行くか」
こちらに来てから、いやもしかしたら生まれてから一番張り切っての起床だったかもしれない。
いつもと変わらない朝。
他の利用者たちの中には既に起きだして隣のギルドに向かった者たちもいる。
いつもなら俺もその中に混じり、一人で受けられそうな依頼を探すところだが、今日はそうではない。
パーティーの仲間を待つ。随分久しぶりな気がするこの何でもない待ち合わせが、今の俺には特別な事のように思えた。
そうだ。今の俺には仲間がいる。
昨日の夜、フレイとセレネは俺の申し出を受け入れてくれた。
二人がどこから来たのか、何者なのか、それはまだ知らない。だが、今はそれでも構わない。
俺はもう一人ではない。
これからは彼女たちと一緒にやっていくのだ。
「……」
その思いでロビーの片隅に腰を下ろす。
ギルドのロビーは冒険者たちにとっては仕事を探す場所であると同時に、交流と情報交換の場でもある。
故に依頼を受けずともここに顔を出す冒険者は多く、多種多様な連中が集まっている。
そしてその多くはパーティーを結成して行動している。
――俺もあの中の一部だ。
アベル達のパーティーを放り出された俺にも、またあそこの中の一組に、近くて遠い世界だったあの中に入ることが出来るようになった。
賑やかで、活気に満ちていて――そんな世界に、俺は彼女たちと入ることが出来る。
どういう依頼を受けようか。どこへ行って何をしようか。
まだ一歩もこのギルドを出る前から、空想は無限に広がっていく。
だが――。
「……来ないな」
外から鐘が響くのがかすかに聞こえてから、もうしばらく経つ。
町の外に繋がる門が開くのを告げるその鐘が今日の待ち合わせの時間だった。確かに昨日の夜別れ際にそう伝えた。
「……」
その日の目的に向かってギルドを発つ連中が何組も現れ、新たに依頼が掲示板に張り出され、それに何組ものパーティーが集まる。
「……たしか『豊穣の女神』だったな」
二人が泊まっている宿を思い出し、すっかり尻で温まった椅子から立ち上がる。
何かあったのかも知れない。ギルドの外に出た俺は、自然と足を速めていた。
ギルドから『豊穣の女神』までは少し歩く。
――その間頭に湧き上がってくる考えを振り払う。
そんなことはない。第一そんなことをするメリットがない。
湧き上がってくる不安に頭の中で反駁しながら、それがアクセルになっているように自然と足が速くなっていく。目的地に着いた頃には――そしてその前の道に人だかりができているのに気づいた頃には――ほとんど駆け足に近いものになっていた。
「なんだ……?」
何かをかこっている人だかり――急速に広がっていく不安。
「ちょっと……ちょっとすいません」
その間をかき分けるように奥へ進んでいくと、中心から声が聞こえてくる。
ピンとくる――声の主はフレイだ。
だが、昨日聞いたような、俺と話している時のようなものではない。
「フレイ……?」
怒っているような、怯えているような声。
「あっ、ショーマさん!」
人だかりから中心へ飛び出した俺に最初に気づいたのは声を上げているフレイの隣にいたセレネだった。
妹の声に姉もはっとした様子でこちらを振り返る。
助かった――二人の表情にそんな感情を読み取ったのは、恐らく気のせいではない。
「えっと……」
「君は?」
そしてその二人と向かい合っていた人物が、まだ状況を理解できない俺に問いかけてきた。
その人物――第一印象はどこか気取った奴。
すらりと背が高く、金髪碧眼で整った方に入るだろう顔立ち。歳は恐らく俺よりいくつか上。
だがその目は間違いなく乱入者=俺を歓迎してはいなかった。部外者は口出しするな――品定めするような眼がそう訴えているように思えたのも、恐らく気のせいではないだろう。
「彼は昨日私たちを助けてくださった方よ」
俺が自己紹介する前にフレイがその男に応える――決定的な証拠を突き付けてやるとでも言わんばかりに。
「ほう……」
男の俺を見る目が僅かに柔らかいものになった。
そしてそれを見てかは分からないが、姉の言葉に加勢するようにセレネが付け加える。
「ショーマさんは私たちを助けてくれたし、一緒にパーティーを組んでくれるって言ったよ!」
「そうよ。だからもう私たちに関わらないで!帰って父さん……団長にもそう伝えて」
姉妹が畳みかけるが、男の方は全く動じない。
父さん?団長?何の話だ?
「そういう訳にもいかないな。君だって分かっているだろうフレイ。団長は何も君たちに自由を与えたくない訳じゃない。ただしっかりと話をしてから――」
「嘘だね!」
きっぱりとそう斬り捨てたのはセレネだった。
そしてそれはフレイも同意のようだった。
「あの人がそう言えって言ったの?話し合う気なんかさらさらないくせに」
憎々しげにそう言うフレイに、男の方は大げさな動作でため息を一つ吐く――わがままお嬢様には困ったものだとでも言いたげに。
「とにかく、私と共に戻るんだ。これは君たちと団長の、親子の話だけではない。分かるだろう?お前たちはまだ『荒鷲の兄弟団』の一員なんだ。勝手な振舞いは他のメンバーの士気にかかわる」
荒鷲の兄弟団――初めて聞く名前だ。恐らくフレイとセレネ、恐らくこの男もそのメンバーなのだろう。
「兄弟団のメンバー……」
「マジかよ。そんな――」
だがこれは俺がまだ知らない情報だっただけのようだ。
周囲のやじ馬は今聞こえた名前をひそひそと囁きあっている。
「荒鷲の兄弟団って……」
それに煽られるように呟いた俺の言葉に反応したのは、その名を出した男自身だった。
「我々荒鷲の兄弟団はこの国中で活動している冒険者の一団だ。ショーマ君……だったか、二人を助けていただいた事には非常に感謝する。しかし兄弟団のメンバーは外部の者とパーティーを組むことを禁止されている。申し訳ないが――」
「待ってよ!私たちはもう兄弟団じゃない!」
「そうだよ!ちゃんとそのための試練だってクリアしたじゃない!」
姉妹が抗議の声を上げる。
「それは試練を超えれば話し合いの席を設けるという意味だと、団長は言っていただろう。何もあれだけで許した訳ではない」
「そんなこと一言も言ってない!」
再び白熱し始めるフレイと男。
意味の分かっていない俺を味方に引き込んだ方が得策――そういう判断をしたのかどうかは分からないが、こちらに振り向いたのはセレネだった。
「私たち、荒鷲の兄弟団のメンバーだったの。けど団長は私たちをずっと兄弟団の中においておこうとしたし、兄弟団のメンバーと私もお姉ちゃんも結婚させようともした」
「クルツ……正妻の子供が病死するまでは、私たちもお母さんも放置していたくせにね」
妹の言葉にフレイが言葉を加える。
「言葉を慎め。外部の人間に――」
「あら?ショーマさんは私たちのパーティーの仲間よ?仲間に話をして何が悪いの?」
フレイの言葉に何かを言おうとした男だったが、彼女は俺に向けて更に言葉を続けることでそれを封じた。
「だから私たちは何度も兄弟団を抜けたいと話をしていたのです。それで父は私たちに試練を課し、それを突破すれば自由にしていいと……しかし私たち姉妹がそれを成し遂げた途端に反故にしようと――」
「だからそれは――」
「うるさい!嘘つき!!」
反論をセレネが怒鳴りつけて封じる。
「だから私たちは父のもとを離れて二人でこの町まで来たのです。普通の団員が兄弟団を脱退する時の条件を満たして」
「それを認めるのは団長と相談役だ。……いい加減にしろよ」
反論を差しはさんだ男の声に明らかにいら立ちが見え始める。
だがそれ以上にいら立っている――というか興奮しているのはセレネだった。
「そっちこそいい加減にしてよ!私たちは道具じゃないんだから!!いっつもいっつも自分勝手なのはそっちでしょ!!」
その言葉に男がわずかに舌打ちをしたのは、きっと俺の聞き間違いではない。
「付き合いきれん。いいから来い」
言うが早いが、男の手が腰のものに伸びた。
「俺も手荒な真似はしたくない」
その瞬間、姉妹が敗れたことを直感する。
――そしてその瞬間、俺の目は自分の腰に提げているラットスロンに向かっていた。
ラットスロン――弱き者のための剣。
状況:新しくできた仲間が無理矢理連れ戻されそうになっている。
だが俺には詳しい話は分からない。
だから、本当なら首を突っ込むべきではないのだろう。
剣の柄が再び目に入る。
それから男の姿――自分の剣に手をかけて二人を脅している。
それなら――?
「……何のつもりだ」
男の目が俺に向く。
野次馬がどよめく。
「……よく分かんねえけどさ」
姉妹を背中に隠すように男の前に立つ。
「そういうの、良くないと思うよ」
(つづく)
今日はここまで
明日はもっと早い時間に投稿します