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終着点4☆

 「さあ、剣を捧げてくれ。柄を持って切っ先から賢者の石に入れていくれ」

 言われた通り、両手でラットスロンを握って、その切っ先を波紋が消えたばかりの賢者の石へと差し込んでいく。

 「……」

 ほとんど抵抗はない。目の前にあるはずの巨大な石は、しかし蜃気楼のように何の手応えもなく剣を飲み込んでいく。

 だが、飲み込まれたラットスロンの重さは全く感じない。それこそ、石の中に取り込まれて、石から伸びている柄を握っているかのように。

 手を離してもきっとそのまま入り込んでいくのだろうと思える程スムーズに飲み込まれたラットスロン。そのするすると沈んでいく勢いに任せて柄まで完全に沈みこませてから手を離す。


 「おおっ!!」

 後ろでジェレミアさんの声。

 「これが……」

 賢者の石か――彼の声に、俺もつられて声を上げる。

 目の前で起こっている変化は、間違いなくラットスロンがこの石に影響を与えたことを示していた。

 目もくらむような光。

 ラットスロンを飲み込んだ賢者の石は、それまでの淡い水色の光を一気に何倍も強くしたような閃光を辺りにまき散らしている。

 そしてその光の中でも一際強い幾筋かの光の線が、まるで血管のように石の表面に浮き出して石全体を覆っていた。


 「遂に……遂にやったぞ!ハッハハハ!!遂に完成した!!」

 ジェレミアさんの笑い声がその光に満ちた部屋に響く。

 完成。賢者の石の、神器の中の神器の完成。

 「これで……これでフレイとセレネを……」

 蘇らせられる。

 これで全てを元に戻せる。

 「これで二人を生き返らせることが――」


 振り返った俺のその言葉に、ジェレミアさんは答えた。

 「蘇らせる?死人を?いや、それは無理だ」

 最悪の形で。


 「えっ……」

 「確かに賢者の石の言い伝えにはその手のものもあったかもしれないな。だが、こいつはただの巨大なエネルギー源に他ならない。誤解を恐れずに言えば暖をとる焚火や水車を回す水流と同じ類のものだ」

 嘘だ。

 そんなの嘘だ。

 「成程、確かにそれらとはけた違いの力を持っている。これを研究に用いれば或いは遠い未来にはそれも可能になるのかもしれない。だが、これそのものにそんな能力はない。そういう言い伝えが伝わっていると言うだけでね」

 最初に話した時怪しげな噂と言っただろう――笑いを含んだ調子でそう告げたジェレミアさん。

 だがその声は、ひどく遠くから響いてくるように聞こえた。


 嘘だ。

 嘘だ。

 だってそれじゃあ、あの二人が助からない。あの二人を蘇らせることが出来ない。

 あの娘たちは、フレイとセレネはどちらも俺についてきてくれた。

 でも俺の判断のせいで二人とも死んだのだ。

 だからそれを蘇らせなきゃいけない。

 それが出来なければ俺は、俺は取り返しがつかない。

 そうなれば全部――。


 全部俺のせいだ。


 「……どうした?顔色が悪いぞ?」

 「俺は……俺は……」

 俺は何をしたのだろう。

 何をしてしまったのだろう。

 次の言葉が出ないまま、ただ口から息が声の形だけをとって吐き出される。

 「……君はひょっとして、賢者の石で死人を蘇らせられると思っていたのか?」

 最早わかり切っているだろうに、白々しい問いかけ。

 「そんなことある訳がない。確かにこれは素晴らしい存在だが、それほど都合のいいものならもっと世界中が必死になって探しているだろうさ」

 「――ッ!!」

 その声の響きは、反射的に俺に賢者の石の中に手を突っ込ませるだけの不愉快さがあった。


 「ほう、怒ったかな?」

 そしてそれを見透かした声。

 「だが私に怒って何になる?あの娘たちはどちらも還ってこないぞ」

 「どうしてそれを――」

 「分かるさ。私とて魔術師だ。使い魔ぐらいは出せるのだよ」

 手に触れるラットスロンの手応え。

 反射的に引き抜いたそれには賢者の石と同様の光が纏わりついていた。

 「ラットスロン……弱き者のための剣……か」

 そう言って、改めて自分に向けられた刃を見る老人。

 「やはり君に相応しい剣だ」

 「なんだと……?」

 ひらりと奴の両手がこちらに向けられる。

 その口元は僅かに微笑を湛えている。

 「考えてみたまえ。そもそも君はどうして彼女たちを蘇らせたいのだね?」

 「そんなの決まっている!俺はあの二人を連れてここに来た!二人は俺を信じてついてきた。それで……」

 それで――そこから先を口に出すのはどうしても抵抗があった。

 彼女たちの死が確定したと分かった今では、どうしてもそれを口にできなかった。


 「それで……?どうした?『そのまま死なれたら自分の責任になってしまう。自分のせいで二人が死んだという事になってしまうのが嫌だ』か?」

 「!!?」

 すぐには反論できなかった。

 勿論本当はそうではない――いや、本当にそうではないのか?そうではないと思いたいだけか?

 残念だが、ついさっきの自分の頭の中を読み取られているかのようなこいつの発言を堂々と否定することは出来なかった。


 「ハハハ、図星だ。まあ恥じるべきことではないよ。君はラットスロンの、弱き者のための剣の主なのだからね」

 「……なに?」

 もう一度現れた俺とラットスロンについての言葉に、再度俺は尋ね返す。

 「だってそうだろう?君は伝説の聖剣ラットスロンの主。神器を操ることが出来るただ一つの能力を持った選ばれし人間。特別な才能を持った者なのだからね」

 何が言いたいのかさっぱり分からない。

 だが、それを口に出すのはどうしてか憚られた。


 「君は特別な存在だ。決して落ちこぼれではない。他の冒険者――君をパーティーから解雇したような無能連中とは訳が違う。そんな君に、自らの責任で取り返しのつかない事態が起きたなどという事は決してあってはならない」

 うずく。

 心臓を串刺しにされるような錯覚。

 「だって君は英雄だ。無能な連中から評価されなかっただけで、本当は素晴らしい力を持っていて、それが活かされれば何物にも劣ることはない存在。それが君だ――だからこそ、その“事実”に反するものなど、それが人であれ物であれ事柄であれ、あってはならない」

 たとえ自ら招いた事態であっても――そう付け加えられる。

 事実という部分を強調する様に言うと、大げさな身振りで言い切る。


 「ちっ、違う!!俺はそんな――」

 「認めたまえ。君は英雄に、完全無欠の選ばれし英雄になりたかった。より正確に言えば君の考える完全無欠の存在に」

 奴の口が裂けていく。

 その目がしっかりと俺を捉えている。

 「だが現実はそうはいかなかった。あの姉妹を手に入れたまでは良かったが、見返してやろうと思っていたかつての仲間は君の手の届かない程の手柄を立てていた。そしてその上で決して驕らず、君の功績を認め、讃えてもいた。きっと君は感じたはずだ。強烈な劣等感を。自分の思う通りの醜態をさらして落ちぶれてくれない相手への苛立ちを。そしてそれを埋めるために君はデンケ族への協力を買って出た。だがそれだけでは収まらなかった。君は彼らを直接上回ろうとした。彼らが向かったこのロストールで、彼らより先に賢者の石を見つけるために。そしてそれは、実力に見合わない危険な行為だった――どこかで君自身気付いていたかもしれないがね」


 まるで見てきたようなこの男の物言いに、俺はただ黙って聞いている以外に出来ることはなかった。


 「そして危険は牙をむいた。君自身ではなく、君についてきたあの姉妹は命を落とした。だが肝心なのは彼女らの死そのものではない。本当に肝心なのは、その死によって君、即ち選ばれし最強の存在という、君の理想像が穢されたことだ。このままでは理想の自分、こうありたいと願う自分になれないから、君は彼女たちを蘇らせたかった。結局、彼女たちはトロフィーみたいなものだった訳だ。君という最高の英雄を飾り立てるために必要なトロフィー」

 口が乾いていた。

 妙に寒く、そして熱っぽかった。


 「……違う」

 「ほう?」

 「俺はそんな……そんなつもりじゃ……」

 その否定は、自分でも分かるぐらいに弱々しかった。

 「そうかな?」

 問いかけ――だが、答えは既に決まっている。

 純粋な疑問ではなく、その形を借りただけのいたぶり。


 「私が各地に用意した情報網に君がかかった時、私は直感したよ。君は劣等感の塊だ、とね。そしてそのくせ、自己顕示欲と英雄願望だけは人一倍強い。虚栄心と名誉欲に捉えられながらそれを実現する努力もせず、かといって現状を受け入れることも折り合いをつけることもできず、いつまでも夢の自分でいなければ気が済まない。そしてそのために周囲が自分の意にそぐわなければならない――」

 もう一度奴の眼が注がれる――今や細かく震えるだけとなったラットスロンへ。


 「弱き者のための剣。君にぴったりじゃないか。承認欲求の奴隷に堕ちた心弱き者よ」


 ラットスロンの切っ先がゆっくりと、途中からは自然な速さで床に向いた。

 俺の両手からは力が完全に抜けていた。

 「率直に言うと、君は神になりたかったのだ。他者を超越し、しかし人の王のような責めを負わず、ただ超然と存在し常に肯定され無条件に崇め奉られる類の神に――喜びたまえ。その願いはすぐに叶えられるぞ」

 「!?」

 不意にラットスロンが意思に逆らって持ち上がった。

 大きく振りかぶるように俺を越えて、背後の石へと吸い込まれていく――俺も一緒に。

 「がっ!!あっ……!!」

 「さあ、もう一度剣を捧げたまえ。だが剣だけではダメだ。心臓を埋め込んだとて、頭がなければ肉体は用をなさぬ」

 全身が賢者の石に取り込まれていく――のだろう。石に触れた部分からは急速に感覚が失われていく。


 「ああ、そうだ。君にかつてこの地には賢者の石より凄いものがあると言ったことがあったかな?せっかく協力してくれたのだ。それは君にプレゼントしよう」

 「ぁ……ぉ……」

 石は急速に全身を覆った。

 最早視界も塞がれ、眼があったという感覚すらなくなっていく中、闇の中に自分の意識が溶けていく。


 「きっと君が本当に欲しかったものだ。存分に楽しみたまえ」

 その言葉を最後に五感の全てが消え、俺の意識は闇に溶けて――そして消えた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に


なお☆のストーリーは今回で最後となります

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