終着点2☆
その一撃が深々と己の中に突き刺さっていく。
「あ……」
声が出ない。
口の中が乾ききってしまったようになっていて、舌がまったく動かない。
「ああ、そう言えばそうだな」
ガディスがアベルの言葉に同調する。
六つの眼が俺を見ている。
――やめろ。
それを俺の口から言わせないでくれ。
俺にその事を“お前たちに”言わせないでくれ。
「あ、あ……いや……」
それをしてしまえば、その事実を口に出してしまえば、俺は最後の一線を失ってしまう。
こいつらに俺に何が起きたのか――いや、俺が何を引き起こしたのかを知られてしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
――だが、だからと言って何か適当な理由が思いつくものでもない。
「あの二人、お前のパーティーメンバーだろ?」
「え、いや……うん。そう……」
しどろもどろ。自分が何を言っているのかさえ良く分からない答え。
辛うじて何があったのかを口にすることだけはしていない。それだけが確かに分かる事だった。
「……なあ、まさか」
連中が互いの顔を見合わせる。
――やめろ。やめてくれ。
見合わせていたお互いの表情から、もう一度俺に集中する六つの眼。
彼らがどんな表情を見ていたのかは分からない。
だが、彼らが自分たちの頭の中にある考えが現実とそう違っていないと理解したという事は、俺からも分かった。
「その……すまない」
最初にそう言ったのはアベルだった。
「お前、もう戻った方がいい」
それからそう続け、あとの二人もそれに同意する。
「いや……駄目だ」
ようやく声を絞り出す。
情けない程に震えてかすれた、ひどい声。
「俺は……俺は賢者の石が必要なんだ。それさえあれば――」
「馬鹿をいうな。自分の状況は分かっているだろ」
その声から何とか立ち直りかけた矢先に、アベルの反対意見がそれを遮る。
「退け。ショーマ。お前一人じゃこの先無理だ」
この先無理。その一言がぐさりと突き刺さる。
「いっ、いや!そんな――」
そんなことはない――そう言いかけた言葉はガディスが静止するような仕草と共に抑えに入った。
「落ち着けショーマ。今のお前は冷静じゃない」
「ショーマ。気持ちはわかるけど、そのままのあなたを進ませる訳にはいかないわ」
シリルがそれに続く。
その薬指に一瞬見えた指輪が妙に目を引く。
「だけど……だけど俺は……」
俺は進まなくちゃいけない。
俺はお前たちより先に賢者の石を手に入れなくちゃいけない。
そうしなければ俺はセレネとフレイを蘇らせることが出来ない。あの二人の死を死として確定させなければならない。俺についてきたことで死んだとしなければならない。
「だけど俺は賢者の石が――」
「良く聞けよショーマ」
アベルの声は不思議とよく通った。
「お前が会ったかどうかは知らないが、俺たちには後から合流する予定だった別の集団がいた。装備もそろった、練度も折り紙付きの連中だ。それがモンスターの襲撃を受けて撤退せざるを得ない程の損害を受けた。俺たちも一度退くつもりだ。……こういう事は言いたくないが」
そこで一旦言葉を途切れさせるアベル。
覚悟して聞け――無言の一拍がそう警告している。
「ここまでたどり着くまでに二人失ったお前では、ここに長居するのは危険だ」
それは明確な宣言だった。
そして恐らく、それが一番自然な、間違いのない判断だった。
「帰ろう。ショーマ」
アベルがダメ押しを続ける。
「お前にできることは、せめてお前は無事に帰ることだよ」
ポン、と肩に彼の手が触れる。
――そこにはめられていた指輪=シリルのそれと同じもの。
「……」
肩から手が離れる。
アベルが二人に何かを言い、それから俺の横を通り過ぎる。
振り返った俺の眼に映ったのは、三人の横顔と、それからすぐに背中だった。
すぐ目の前にある背中。しかし絶対的に追いつけない背中。
――どうしてだ。
どうして俺がこんな目に遭う?
どうして俺だけこんな扱いなんだ?
俺を解雇した連中。俺を追放した連中が、どうして?
俺はこいつらのパーティーから追い出された。そしてその後秘封破りのスキルに覚醒した。
俺の元々持っていた、超が付くほど希少なスキル。
それによって俺はラットスロンの力を引き出した。そして俺のその力に、こいつらは一緒にいる間遂に気づかなかった。
そんな奴らがどうして、奴らより優れたスキルを持った俺より成功している?
どうして仲間を失った俺の前で、誰一人欠けることなく冒険を続けている?
どうして一人ぼっちになった俺の前でアベルとシリルは同じ指輪を着けている?
俺を追放した連中が。
俺の力を見抜けなかったような連中が。
どうして俺より上手くいく?どうして俺に説教を垂れる?どうして俺が追い付けない?
――こうなったのはお前たちの責任でもあるのに。
そうだ。こいつらが俺を追放しなければ。俺をこいつらが解雇しなければ。
俺だって解雇されなければこいつらと同じパーティーにいたはずだ。
こんな事にはなっていなかったはずだ。
俺のせいじゃない。
俺は悪くない。
俺はこいつらに勝ちたかっただけだ。こいつらを見返してやりたかっただけだ。
今回ロストールに踏み込んだのだってそうだ。こいつらより先に賢者の石を手に入れて、こいつらに力を示してやる必要があったからだ。
こいつらが俺を解雇しなければ、俺だってこんな事をする必要はなかったのだ。
つまりそもそもこいつらが俺を追放したのが悪い。
こいつらが、こいつらこそが全ての元凶だ。
「……ッ」
そっと左手が腰に伸びる。最早慣れたラットスロンの鍔の感触が親指の腹に伝わってくる。
幸いなことに革製の鞘からは音が立たなかった。
三人組の一番後ろにはシリルの背中が見える。
――お前たちさえいなければ。
剣を担ぐように構え、足を前に。
既に数歩分まで開いていた距離を一気に詰めていく。
「……ッ!?」
真後ろまで迫った時に振り返ったシリルの表情は、驚いていたのか、恐怖していたのか――。
「ショーマ!?何をする!!」
「てめえ狂ったか!!」
二人が飛び上がって振り返りながら、それぞれの武器に手をかける。
――お前たち風情が。俺の能力を見抜けなかったくせに。
お前たちのせいだ。
お前たちのせいだ。
お前たちのせいだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
血振り一閃。
まだ新鮮な血しぶきが、持ち主たちの上に落ちていく。
「……どうだ」
荒い呼吸を整えて、最初に口から漏れたのはそれだった。
「どうだ、どうだ、どうだ!」
口角が上がっていく。口が裂けるように。
「ざまあ見やがれ!!ざまあ見やがれ!!」
詰り、唾を吐きかけ、それから笑った。
爽快だった。
痛快だった。
俺はやった。
俺はやったのだ。遂にやったのだ。俺を苦しめ続けた、俺の価値に気づかなかった、俺が苦しんでいることにも気づかなかった糞共を、ついに成敗してやった。
そうだ。そうに決まっている。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




