それぞれの取り分7
「……ッ!!」
もしそのまま立っていたら――彼の喉が小さく動いたのが分かった。
「怪我はないか?」
「あ……はい……」
相当動転しているようだ。まあ無理もない。あと少し遅れれば死んでいた――その事実を自分で目にしてしまったのだ。
「すいません……助かりました」
そこで初めて彼から手を離す。どうやら罠は今の一撃で終わりらしい。
降り注いだ閃光によって床板が焦げているが、その後試しに転がっていた小石を投げてみたが反応はなかった。
「……恐らく、もう反応しないはずです。魔力が感じられません」
「そうか」
応じてから考える。
もしそれが正確ならば、随分スイの兄は弟の知らない姿に変わっているという事になる。
「トラップを感知する魔術を使っていなかったか?」
「使ってはいたのですが……兄のトラップがかなりしっかり主張していたのでつい……すいません」
「いや、別に責めている訳じゃないさ」
まだ驚きから完全に立ち直ってはいない少年をそうフォローしつつ、彼の言葉を頭の中で反芻して気づく。
「兄のトラップと言ったな?」
「ええ。床にあるものは兄の手によるものですが、天井に仕掛けられていたものは恐らく別人のものです」
咄嗟に思いつく顔が一つ。
「……あのジェレミアという老人でしょうか」
「恐らくな」
考えていることは同じだ。
そして恐らく、あの老人はアマキよりもこうした罠の張り方に詳しい。
今天井に仕掛けられていた罠は容易に見破れるアマキのそれを餌にして確実に相手を仕留めるための罠だ。
もしかしたらだが、ここまでに設置されていた見える罠も、この罠で確実に仕留めるために仕組まれていたものかもしれない。
威力はあるものの容易に発見でき、かつ容易に解除できる罠を繰り返し見せて、相手に条件反射的に動くよう仕組んだ上でそこを突く本命の罠を張る。
罠そのものを餌にした罠。危うく引っかかる所だった。
「ただの魔術師かと思ったが……」
どうやら油断できない相手のようだ。
「さて、今は目の前のことに集中しよう。この目の前の扉を出れば、崖を背にした形ですり鉢状の地形の底に出る。待ち伏せをするには最高のポイントだ」
頭の中にはさっき見た映像が再放送されている。
マンティコアの襲撃時、ゲイルが採った対策は遠距離攻撃手段を有する者から斜面の上へと避難させることだった。
ここのようなすり鉢状の地形では、上に陣取った方が圧倒的に優位となる。
あの時、恐らくゲイルはそれを考えて少しでもマンティコアに被られる者を減らそうとしていたのだろう。
「という訳で、こっちだ」
「えっ?」
驚くスイを尻目に私は塔を上へと登ることにする。
「トラップは張られていないか?」
「え、あ、はい」
呆気にとられた様子でついてくるスイ。
塔は先程までと同様にらせん状に上へと伸びる階段で登ることが出来た。そして不思議なことに、こちらにはトラップの類が一切存在しなかった。
「……こっちに来ることは想定していなかったのでしょうか?」
「かもしれないな……さて」
塔の頂上。螺旋階段を上り切った先にあったのは、何の変哲もない屋上だった。
何か特別なものが置いてあったり、特別な部屋がある訳でもない。ただ人が立ち入れるようになった屋根の上。
一応落下防止のつもりだろうか、一段高くなった外縁部に身を隠して、そこから眼下に広がる広場に目をやる。
まるで劇場のような、そのすり鉢の底と、それを見下ろす180度の斜面。
その斜面の向こう、林の中を抜ける道が一本見えている。恐らく映像の中で二階堂翔馬が向かったのはあちらだろう。その向こうにもう一つ小高い山と、そこに見える何らかの建物――まあ今はいい。
「あっ!」
「どうした!」
隣で同じように伏せながら下を見ていたスイが声を上げ、それから発見されるリスクも忘れたように指をさした。
「あれを!何かいます!」
言われてその指の先を見る。
すり鉢の底を満たしている一面の緑=見覚えのある煙。
「やはり……」
待ち伏せ――だが、誰がかかったのだろう?
目を凝らす。どうやらガスの発生源は四か所あるようだ。
恐らくはあの戦闘で死亡した者達から生み出した魔物だろう。自身の命を奪った攻撃を手に入れて異形化するという性質からして、あのガスで殺された者達があのガスを手に入れたとしても何も不思議ではない。
「……なんだあれは」
だが、問題はそこではないという事にすぐに気が付いた――ガスの発生源が消えていくことで。そして辺り一面緑の中を、まるで油が水の上に泡になって浮かぶように点が一つ泳いでいることで。
その泡は高速で動いている。
毒の発生源である異形たちに対し、次々に肉薄してはそれらに二度目の死を与えていく。
「あれは……?スイ。あそこで暴れている奴に見覚えは?」
「いえ、あんなものは……あっ!!」
突然、彼は叫んで立ちあがると、何かに弾き飛ばされたように階段を駆け下りていく。
「どうした!?」
転がるように駆けていく彼の背中を慌てて追いながら尋ねる。帰ってきた答えは、それを発するのももどかしいというような緊迫したものだった。
「兄です!兄があれに追われています!!」
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
今日も短め




