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冒険者たち8

 「資格があった」と「ラチェに行け」ラチェというのはこの町から東に行ったところにある町の名前だ。

 資格は――分からない。

 スイの兄貴がそのローブの男から何かを認められていたようだが、それに関しては本人たちに聞くしかないだろう。


 と、ここまでは首を突っ込んだ話。


 「ありがとうございました」

 スイが男に頭を下げる。

 「ありがとうございました」

 私も一緒に。

 それと同時に、自分の用件も聞いておく。


 「ついで……という訳ではないのですが、この男のことも何かご存じですか?」

 「うん?ああ――」

 差し出した人相書きに目をやると、そう声を漏らしてから少し考え込むような表情を浮かべる。


 「――いや、この辺りで知られていることぐらいしか知らないな」

 「と、言うと?」

 「伝説の剣を引き抜いたとかなんとか……まあ、そんなところだ。ああ、そう言えば、こいつもラチェで一山当てたみたいだが」

 またラチェか。

 どうやら次の目的地は決まったようだ。


 「ラチェで一山……ですか?」

 「ああ。まあ詳しい話は分からないが……羨ましいもんだね。俺なんかは伝説の剣なんて幸運を手に入れた日には、それで一生の運を使い果たしちまうような気がするが、ついている奴ってのはその後も続くものらしい」

 結局、彼から聞けたのはそれで全てだった。

 丁重に礼を言って別れる。行き先はもう決まっていた。


 「あの……メリルさん」

 二人だけになって、スイがこちらを見上げて声をかけてきた。

 「分かっている」

 こいつの考えは、正確にはその葛藤は。

 「私もラチェに行く用事が出来たからね」


 兄を探してラチェに行きたいVS私に雇われる話が進んでいる。


 この生真面目な少年を惑わせるにはそれだけで十分だった。

 だから、私の目的地が同じと分かった時のその表情は、全くわかりやすくその心境を表していた。


 「とはいえ、だ。まずは『豊穣の女神』に行ってみよう」

 「『豊穣の女神』ですか?」

 頷いて答える。

 「今の話を信じるなら、店の人間も何か覚えている可能性が高い。何しろふらりと立ち寄った客の記憶にまでしっかりと残っているのだからね。冒険者を大勢見ている店の人間からすれば、もっと詳しく覚えている可能性はある」

 というのはスイ向きの理由。

 本当のところは、二階堂翔馬の行方が分かるかもしれない――正確に言えばその足跡が追えるかもしれない――という事だ。


 先程覗いた奴の記憶の舞台がまさに『豊穣の女神』だった。

 となれば、あそこで何らかの手掛かりを得ることもできるだろう。流石に、仲間が増えましためでたしめでたしで終わられては、ラチェに行ってもどこを探せばいいのか手掛かりがなさすぎる。


 「私自身の用もそっちにありそうだしね……あ、それとその前に」

 「何ですか?」

 近くに空いている席を見つけてそこへ誘う。

 幸い周囲はこの新入り二人に意識を向けてはいない。


 「昨日の話。ラチェまで君を雇いたい」

 本来なら書面にしたため、二部同じものを用意して両方に両者が記名捺印したうえで一部ずつ――とできれば間違いないのだろうが、生憎そんなものを用意する時間もない。


 「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 「では条件だが……」

 そう尋ねながらも、頭の中にはちゃんと相場が入っている。

 「ラチェまで500バノンでどうだ?」

 バノンはこの国の通貨単位だ。

 そして500という額がどういうものか、それは提示されたスイの表情が物語っている。


 「そ、そんなに……!?」

 「どう?」

 「い、いただけません!そんなに沢山……ッ」

 そうだ。明らかに相場より上。

 「だって……ラチェですよ!?」

 彼の目が壁に提示されたアーミラ周辺の地図に向く。自分の考えが正しいことを確かめるように。


 「精々一泊すれば着く距離です。それも雇うのは僕一人だけで――」

 「勿論、ただでこれだけ払う訳じゃない」

 ちゃんとそれなりに理由もある。

 「え?」

 「まず、ここから先は君が必要とするものがあれば全て、君の自弁となる。そのためのいわば支度金も含めての額だ。それと――」

 この辺りの冒険者の習慣として、経費自弁の場合はその支度金をある程度上乗せすることがある。当然手に入る額面は大きくなるが、それでうまくやりくりしなければならないし、赤字になっても自己責任となる。


 だが、今回本当に重要なのはここからだ。


 「私の当面の目的地はラチェで、君のそれも同じときている。だがもし現地で、或いはその道の途中でそれが別々になるかもしれない。……そうだな、例えば君は変わらずラチェに行かねばならず、私はラチェを目前にして引き返さなければならないことになったとしよう」

 やはり聡い少年だ。

 私が何を言いたいのか既に分かったようだ。


 「その時でもこちらの都合を優先してもらう。相場への上乗せ分はそれ込みだよ。いわば優先権の代金だ」

 「優先権……」

 「ああ。まあ、今のところラチェにはいく訳だし、仮に私の用がそこで済めば後は君が自由にすればいい。そうなれば君は上乗せ分を儲けにできる。どう?悪い話ではないと思うけど?」


 少しばかり心が痛まないでもない――自分でも意外だが。

 何しろ私の用がそこで済む可能性は限りなく低いのだから。


 「……わかりました」

 少年には少し社会勉強だと思って我慢してもらおう。

 「よし、それなら話は決まりだ。これからよろしくね。スイ」

 だからきっと、こう言って手を差し出した時の笑顔は少し硬かったのだと思う。


 「はっ、はい。よろしくお願いします」

 だが、多分少年は気付いていないだろう。

 ――生真面目で、多分人が良くて、そして年上の女に慣れていない。


 「さて、それじゃそろそろ登録も終わる頃だろう」

 それを切り上げの合図にして財布を取り出し、500バノンを現金で手渡す。

 「確かにお預かりしました」

 「とりあえず『豊穣の女神』へ。それから必要なものを揃えて出発だ」


 話を終え、少しして出来立てのギルド登録証をもらい受けた私たちは、先程の雇用契約を事後承認する形として報告した。

 ギルドを通さない依頼は禁止――仲介手数料を主な収入源とするギルドとしては当然の話だ。

 パーティーメンバーとして押し通すこともできなくはないが、そうなるとパーティーとしての活動実績を残さなければならないというこれまた面倒な仕事を抱えることになってしまう。

 おかげでいくらかギルドに収めることになったが、まあ必要経費と割り切ろう。


 ギルドを出た私たちはその足で『豊穣の女神』亭へ向かった。

 流石に宴にはまだ時間が早く、朝食時は終わっているため酒場は小康状態に入っていたが、何かを聞き出すにはむしろ丁度いい頃合いかもしれない。


 「……ほう」

 「どうかしました?」

 私の呟きを聞いていたのだろう。スイに後ろから声をかけられた。

 「すまないが、君は君の方の聞き込みを先に始めてくれ。私は私でやってみる」

 私は私で――つまり、足跡を追うという事。

 それをするための光を放つ足跡が、大きな看板が掲げられた扉の前に見えていた。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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