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再会7

 足跡から顔を上げる。

 いや、そうはならないだろう――普通の状況ならそう言っているだろうという思いを抱えて。

 気持はわかる。自分のしでかしを認めたくないというのは何もおかしくない。そのしでかしについてまだ挽回できると信じようとするのは。

 だが、例えば車で事故を起こしたとして、へこんだ部分が元通りに直ったところで事故があったという事実をなくすことはできない。

 人もそれと同じだ。


 嫌な予感:当たり前の事を当たり前と認識できなくなっている状況での判断は信頼できない。


 それは現実的な判断ではなく、現実的な判断と呼び方を変えただけの願望に他ならない。

 そして願望が現実的判断に取って代わった時、大抵より悪い方向に進むことになる。先程の感想と同様、それは判断ミスだ。負けが込んだ時ほど、人は奇跡を信じたがるものだ。


 「結局、器ではないな」

 奴は秘封破りという貴重なスキルを持っていた。

 そのスキルを活かして伝説の剣ラットスロンを使いこなした。

 だがその事と、パーティーを率いる能力とは別だ。優秀な兵士が常に優秀な指揮官とは限らない。


 「……この下に行こう」

 まあ、彼らがあの後どうなったのかは分からない――なんとなく想像はつくが。

 だが、実際に確認しない訳にはいかない。恐らく谷の反対側にある塔から谷の上に登ったのだろうが。

 「あっ、待ってください!」

 「どうした?」

 スイの呼びかけに、すり減った階段に足を駆けながら振り返る。

 彼はいつの間にか、自身の杖にラチェの森で使っていた捜索用の装備を取り付けていた。

 「何かあったのか?」

 それを認めて尋ねると、彼は小さく頷いた。

 頭に浮かぶ単語=待ち伏せ。


 「兄の魔力の反応があります」

 「待ち伏せされている……という事か?」

 だが、意外にも首は横に振られていた。

 「いえ、そこは分かりません。ただ、ここを訪ねていたのは事実のようです。……恐らくこの下にも」

 そう言って杖を進行方向=暗闇に伸びている階段の奥へとむける。

 「……行けるか?」

 「……はい。行きます」

 やり取りはそれで終わりだ。

 どの道私も降りる。彼だって兄がいればみっけものというところだ。


 「よし、足元気をつけろよ。それと……」

 自分で前半部分を実践しながら、刀の鯉口を切る――後半部分に関係する部分。

 「……私から離れるな」

 奴を追いかけて、奴の気持まで追体験しました、などというのは御免だ。

 階段の先は映像と変わらない。嫌な臭いを含んだ冷たい風が吹く谷底。その冷たい風にも流されず、谷底に降り積もるように溜まっている乳白色の靄。

 泥と毒の水と、沢山の死体。


 「これは……」

 「冒険者に、何らかの病人だろうかね……。なんでこうしているのかは知らないが」

 先程見た通りの光景が広がっていた。

 中には連中が倒した魔物も複数混じっていたが、どういう訳かあの魔物から配下に選ばれなかった個体もいたようだ。

 「お互いに殺しあったのでしょうか……?」

 「そのようだね」

 あいつらも奇妙に思っていたかもしれないが、やはり誰でもこの光景に抱く認識は同じらしい。

 即ち、どうして殺しあった?という事だ。


 「まあ、今考えても仕方ないさ」

 「それは……そうですね」

 大事なのはこの先に何がいるのか、そして、今倒れている連中は起き上がって動き出さないかという事だ。

 その二つを意識して、その意識のままに前方と周囲に目を凝らしながら進んでいく。

 連中と同様に毒を避けて、乾いた地面を求めるように。


 「ッ!!メリルさん!待って!」

 その声に満ちている緊張感が私を強力に引き留めた。

 「……反応が強まっています」

 その意味するところを推測する。

 「近くにいるのか?」

 今度は縦に首が振られた。

 音を立てずに抜刀する。もう一度辺りに目を凝らす。

 頭上を一羽の鳥が飛び去っていく。その羽音が嫌に大きく耳障りに響くように感じる。


 「一つ教えてやろう」

 「「!!?」」

 唐突に響いた声に、私たちは靄の向こうに見えたシルエットに注目した。

 回数は少ないが、聞いたことのある声だ。

 ――そして隣の少年からすれば、私などとは比にならない程によく聞いた声だろう。それこそ何の比喩でも大げさな表現でもなく、親の声よりという奴かもしれない。

 「ここの死体共が何で殺しあったのか」

 「現地ガイドのご登場という訳かな」

 刀を右肩に担ぎながら一歩前へ。スイを背中に隠す。

 「知らなかったな。ここも観光地だったのか」

 茶化しても乗っては来ない=隙は見せない。


 「元々この辺りはロストール時代には収容所だったのさ。帝国に対して反抗的な集団を飼い殺しにしておくための、な」

 シルエットの声が響く。

 「谷底に落とされた連中はしかしある時反乱を企てた。元々そういう連中の吹き溜まりだった訳だから、当然と言えば当然だがな」

 声は淡々と、しかしはっきりと聞き取れる声で続く。

 「だがすぐに鎮圧された。帝国の上層部は彼らの処遇について散々議論を交わし、ついにこれまで通りの飼い殺しを維持することを決定した。と言ってもただの飼い殺しではない。反乱への罰と見せしめを兼ねて、捕虜たちで人体実験を行い、その死体をこの谷底の居住地に放り込んだ。実験動物として扱われ、死体から疫病が蔓延し、反逆を起こすという気持すら起こらないようにな……何が言いたいか分かるか?スイ」


 影は突然こちらに振ってきた。私を超えて、その背後にいる弟に。

 だが、答えさせるつもりのない問いであることは明確だ。

 その事は奴自身理解していたのだろう。すぐに正解が明示される。


 「置かれた環境がひどければ人は腐る。どれほどひどい状況にあっても、それに抗う気持ちが失われれば、その時点でそのひどい環境の一部になる。どうだ?今のお前と術官院と、似たようなものだとは思わないか?」

 「……分かりません」

 「意固地になるなよ。本当は分かっているはずだ。……どうだ?俺と一緒に来ないか?」

 笑い交じりに懐柔を提示してきた。

 ついさっき殺してやると言っていた相手とは思えない豹変ぶりだ。


 「お前だって嫌だろう?保身ばかりのジジイ共に役立たずと軽んじられ、その研究の内容すら判断されずに落ちこぼれの烙印を押されるのは。こっちに来い。そうすれば――」

 「嘘を吐くならもっと上手くつくものですよ」

 スイの声:珍しく怒気を孕んだそれ。

 「僕も術官院は嫌いです。いえ、術官院を絶対の基準にしている人たちは皆嫌いです。でもそれでも僕は――」

 そこで彼の言葉は途切れた。

 いや、途切れさせた。


 私がタックルして吹き飛ばすことによって。


 「大丈夫か?」

 「は、はい……」

 上手く受け身を取って転がったスイ。意外にも受け身は上手く、ころりと転がった勢いをそのまま生かしてすぐに立ち上がった。

 「……演技派なことで」

 私も同様に受け身を取りながらもう一度奴のシルエットの方に目を向ける。

 シルエットはそれまでと変わらず立ち尽くしている。奴と私の位置の間=今までスイが立っていた辺りを銛のようなものが貫通して、地面に深々と突き刺さっていた。

 あと少し後ろからの気配への反応が遅れていれば、私はスイ諸共串刺しにされていただろう。


 「あ、あれは……!?」

 そしてスイの声。

 銛のようなものを発射した尻尾の個体が後ろの死体の山の上で発射姿勢を維持している。

だが、スイの――そして声につられた私の――注意を引いたのはそちらではない。

 「成程、用心棒には恵まれたか」

 言葉では褒めながらも、全くその気がないことがしっかりと伝わってくる声。

 その声の主は、その射手の横に立っている、正面にいたのとまったく同じシルエットだった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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