冒険者たち7
やはり、それなりに名を上げていたか。
だが、周りもただ羨望や賞賛ばかりではなかったようだ。むしろ戸惑いや――包み隠さず言えば――少なからず嫉妬している者もいただろう。
大きな力を得たとて、そう簡単になびく者ばかりでもないという事か。
とはいえ、捨てる神あれば拾う神ありというものか。奴にも理解者――と言っていいのかは分からないが――が現れた、と。
まあ、それは置いておくとして、奴には感謝しなければならない。ガーゴイルの目を潰しておいてくれたことには――欲を言えばそのまま倒しておいてほしかったが。
「メリルさん……?」
屈みこんでいた私に背後からスイが声をかけた。
「あ、いや。大丈夫だ。ちょっと気になった物があっただけだよ」
適当にごまかしておく。
まあ、彼からすれば突然掲示板の前にふらふら移動したかと思ったら屈みこんだのである。訳の分からない話だろう。
幸い時間は一瞬だったという事は、周りの人間がほとんど気づいていないのと、スイの表情にもそこまで不審や心配がないことから分かる。
「新規登録は……」
「ああ、こっちです」
彼の後に続いて受付窓口へ。
接近する二人組に気づいたか、カウンターの中で近くにいた職員が一人窓口にやってきた。
「あの、すいません。新規登録をお願いします」
「ようこそアーミラ冒険者ギルドへ。何か身分を証明できるものはお持ちですか?」
そう返され、スイが懐から何かを取り出すのが彼の背中越しに見えた。
私の武器類携行許可証と同じぐらいの大きさだが、こちらはカードではなく薄い手帳のようなものだ。
持ち主は慣れた手つきでその一ページ目を開いてカウンターに提示する。
「これで……大丈夫ですか?」
一瞬だけ見えた中の文字――術官証明書。
ギルド職員はそれを受け取ると、慣れた手つきで朱肉のような小さなマットをスイの前に差し出す。
受けたスイもそれが何なのか察したのか、何も言わず指を一本その上に乗せると、差し出した証明書の上にその指を置いた。
恐らく指紋照合のような機能があるのだろう。数秒のうちに本人確認が行われ、職員が必要書類を準備し始める。大した技術だ。
――同時に不安になる。私の場合もあれをやるのだろうか?
「お次の方どうぞ」
その不安を感じた直後に呼ばれる。
まだどう切り抜けるのかなど考えていない。
「ようこそアーミラ冒険者ギルドへ。何か身分を証明できるものをお願いします」
やはり登録しないようにしよう。
スイが登録できれば、あとは私が彼を護衛なりなんなりの理由で雇えばいいだけのことだ――頭でそう判断する頃には、体はおずおずと例のカードを差し出していた。
「えっと……これで……」
「はい。少々お待ちください」
どうする?
どうやって切り抜ける?
――いや待て、神の用意したものだ。多分その辺もうまく切り抜けられるようにできているはずだ。
――とはいえ、全く何も準備しない訳にもいかない。何とかうまい方法を考えなければならない。
「では、こちらに指を」
「えっ、あ……」
もう覚悟を決めるしかない。
――腰間のものに一瞬目をやる。最悪の場合これが頼りだ。
指を朱肉に置く。それからカードの上へ。
「はい、結構です」
――あっさり突破。
偽造の神万歳。
「所定の手続きを経たものではないという点以外は本物」という言葉は伊達ではなかった。
あとは私がやることはない。カウンターの向こうで書類処理が終われば、晴れて冒険者となる。
――ふと目をカウンター横に移すと、コルクボードに新規登録のやり方が留められていた。
大きく分けてやり方は三つ。私やスイのように何らかの方法で身分を証明するか、誰か保証人をつけるか。
そして三つ目は供託金を積む方法。これに関しては一括払いでなくとも、ギルドが肩代わりして依頼の報酬から天引きで徴収する形もとれる。奴が冒険者になったのも恐らくこの方法だ。
「ふん……」
思わず息をつく。さっきまでの心配が馬鹿馬鹿しい。
安全な人物か審査する側が供託金を肩代わりできる。これはつまり、なろうと思えば誰でもなれるのだ。
――恐らくだが、供託金を肩代わりしてもらった冒険者は少しでも長く取り立てられるのだろう。利息とかなんとかで。
それで、生き残るために冒険者たちは――恐らくギルドと昵懇の――関係業者から物品を仕入れねばならず、そこで需要が生まれる。
ギルドの本音を言わせれば、全ての冒険者に供託金を課したいところだろう。大方保証人だの身分証だのは本音を隠すためのものだ。
治安維持の観点に目をつぶればよく出来たシステム――このシステムによって旅人の護衛や賞金首の捕縛・抹殺に冒険者の需要を生み出しているとすれば大した営業努力だ。
「本当ですか!?」
その推測は色めきだったスイの声に中断される。
振り向いた先には声の主と、それに詰め寄られる冒険者の男。
「まあ、俺も見たのは一か月ぐらい前に一度きりだが……」
男はスキンヘッドをつるつると撫でながら記憶を呼び覚ましている。
「どうした?」
「この方が、兄を見かけたと――」
興奮気味に答えるスイに、男の方も私の存在に気が付いたようだった。
「あんたもその男を追っているのか?俺が見たのは結構前なんだが……」
「なんでもいい。教えてください」
私の仕事に直接関係はないが、まあつれない態度を示す必要もないだろう。
「……一か月ぐらい前だ。俺はパーティーの連中と別の依頼で海沿いに南に行ったスレーベンの町まで行っていたんだがな、そこで知り合った商人がアーミラまでの護衛を依頼してきたんで、帰りのついでに引き受けたんだ」
頭の中に地図を思い浮かべる。
スレーベンは昨日の入り江の更に南にある町だ。
「で、その護衛を終えて、時間もちょうど昼下がりだったんでな。『豊穣の女神』で昼飯にしようと思って行ってみたんだが、ちょうど先客にいたのがこの男だよ」
スイの手の中にある人相書きを指しながら男が続ける。
『豊穣の女神』はついさっき奴の記憶の中で見た、三軒ある宿屋の一つだ。
「俺たちはテーブルに通されたんだが、その時こいつがカウンター席にいた。それで――ああ、そう」
その目がスイの杖に向いたのが私にもわかった。
「それと同じような杖を持っていたな。魔術杖だと思うが、そいつのは旗竿みたいになっていたな。旗そのものはなかったが……。で、それを随分大事そうに抱えていた」
魔術杖を旗竿にする?
スイのそれに似ているという事は、高等術官の支給品であると思われる。魔術については詳しくはないが、そんなことをしても機能は失われないものなのだろうか。
「旗竿……ですか」
尋ねたスイもそこに引っかかったようだ。
――だが、その理由は私とは違うようだった。
「それは……一体どんな?」
「どんな……そうだな……、どこにでもあるような旗だよ。持ち歩ける。ちょうどほら、騎士団なんかの旗持ちが持っているような」
日本でよく見るのぼりのようなものではなく、優勝旗や連隊旗のようなものだろう。
「それで、その時はそれほど気にしていなかったんだが、その後ちらりと見たらいつの間にかローブ姿の男と一緒にいてな、俺たちは扉のそばの席にいたんだが、誰もそいつが入ってきたことを知らなかった。多分あそこの大将も知らなかったんじゃないか?で、そいつがその旗の持ち主を連れ立って店を出たんだ。その時、その旗持ちとローブ姿の男のやり取りが耳に入った。『お前には資格があった』とか『ラチェに行け』とかなんとか、ローブの男が一方的に言っていて、旗持ちの方は唯々諾々って感じだな。ローブの奴が随分妙な雰囲気だったんで、俺も覚えていたんだがな」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に