再会3☆
ボロボロの鎧の隙間から、異形の肉体が姿をのぞかせる。
その異形の戦士の右腕は、彼がまだそうなる前にその命を奪った原因と同じ形に変わっている。
腕と一体化した――というよりも腕の一部が変化した末にそうなった斧は、見た目の通り腕の延長上にあるように、全く重量を感じさせずに振り上げられている。
「来るぞっ!!」
フレイに叫びながら自分も身構え、カチャカチャと金属同士の音を立てながら、自分のされた事を見ず知らずの侵入者に返してやろうと突っこんでくる戦士と相対する。
「雷よ、その光破邪の刃となり、我に迫りし敵を討て!」
フレイの詠唱がその突進を迎え撃ち、光の中に潜り込んだそいつが再度姿を現した時には、既に劣化して引っかかっているだけになっていた鎧は、もうそれすらできずにバラバラの残骸となって辺りに転がっていた。
「ギギギ……」
その中身=斧腕の魔物はしかし、まだ二度目の命を手放す気はない。
「はああっ!!」
なら容赦はしない。
電撃によって一度止まった足を見逃さずにこちらから懐に飛び込む。
直後に放たれる脳天を割る一撃。速い部類に入るだろうが、予備動作が大きい。回避はそこまで難しくない。
躱し際に奴の腹を真一文字に裂き、そのまま後方に回り込んで首を引き切る。ギャッという音を上げて崩れ落ちる斧の魔物。
彼が元々何者だったのかは知らないが、間違いなく一度目よりも遥かに短かっただろう二度目の生を終えた彼の中から例の蛍がふわりと浮かぶと、そのまま他の爪や牙の個体と同様にガスとなって消えていった。
「カカカ!」
この靄の中でどこから見えていたのか、恐らくあの貴族だろう笑い声が響き、それを予告としたように数秒と経たずに蛍の大群が飛んできた。
「まずいな」
その蛍がそこら中に転がる死体に止まり、そして入り込んでいく――何が起きるのかなど一々確認するまでもない。
「ショーマ!」
「ああ!分かっている」
フレイと一瞬だけ目配せ。それから予想通りの姿となった死体の大群=現斧や槍や剣や杖に体の一部を変化させた魔物の大群に視線を戻す。
「奴を討つぞ!」
だが俺が目を向けたのは、その無数の殻の頭の向こうにぼんやりと見えたシルエットだった。
ほぼ確実な仮説:この辺りに出現する殻頭の連中はあの貴族のような恰好をした魔物が生み出している。
仮説その2:奴を倒さない限り、この辺りの死体全てと戦わなければならない。
いや、死体全てではない。もし奴が死体を“繰り返し再利用”可能なら理論上無限の兵力を持っていることになる。
「光よ、邪悪を払う聖なる閃光よ――」
それを防ぐには大元=奴を叩くより他にない。
そしてそのために何が必要か――俺の思考がそこにたどり着くより前に、それが出来るこの場で唯一の存在はその手段を行使していた。
「――その力を我らに貸し与え、我と我が盟友とを守る力とならん――」
動き始める魔物の大群。だがその足は遅く、その動きに統制はない。
「――その力は即ち清浄の刃なり。その刃即ち我らに迫る者を払う破邪の剣なり!」
詠唱完了までに、それを阻止しようとした者はゼロだった。
ようやく動き出し、ようやく敵が誰だか理解した時点で、既に奴らを待っているのは無数に降り注ぐ光の雨だけ。
先程よりも更に早く、二度目の生を閉じる無数の死体たち。
崩れ落ちるそれらの隙間を縫って一気に奴へと駆け寄っていく。
「カカカカッ!」
余裕か、或いはそう見せているだけか――或いはそうやって俺を誘い込もうという腹か、奴は再び笑い、更に靄の奥へと逃げていく。
「待て!!」
俺は奴を追った。仮に罠だろうと構わない。奴を討たなければこの後のセレネ捜索も不可能となる。そうなれば勿論のことだが、そうならなくとも奴が魔物を生み出し続ければセレネにも危険が及ぶ。
「待ってショーマ!」
フレイも俺の後に続く。
毒をよけ、可能な限り乾いた土の上を走って追いかける俺たち。
その進路を知っているのだろう、奴は地の利を生かすことを考えたようだ。
「カカカ!」
笑い声と湧き上がる蛍。
奴は谷の奥へと逃げながら、俺たちが近づかないことを利用して自身の足元付近の死体を次々に作り替えていく。
「くっ!!」
立ち上がったのは包帯を巻かれた2人。どちらも恐らくしてくる攻撃は決まっている。
奴の生み出した魔物たちは、恐らく自分の命を奪った攻撃を自身の攻撃手段として利用する性質があるのだろう。斧で腹を抉られていた者は腕が斧になり、マンティコアの爪や牙や尻尾の針で殺された者達は爪や牙や尻尾を持つように。
「おおおっ!!」
叫びながら包帯の2人の方へ突っ込む。
予想通り毒水を吐いてくるが距離は短い。鳶避けて斬りつければ、他の連中よりも随分脆いものだ。
恐らく元はけが人か重病人だったのだろうその包帯どもを切り捨てて更に谷の奥へと向かうと、どうやらこの先がこの谷底の中で一番深い部分。谷底の谷底とも言うべき部分なのだという事を見渡せる場所にたどり着いた。
小さな丘のように小高い盛土。その俺たちが登ってきたのとは反対の麓は崖のようになっており、その向こうには集落か何かがあったのだろう廃墟が、何かの理由で時間が止まったことで崩壊から逃れているようなひどい状態で残っていた。
そしてその廃墟の主は、あの貴族のような魔物らしい。
崩れかけた――或いは既に七割がたなくなっているみすぼらしい建物に囲まれた場所に一つの影が立ち、そこから例の笑い声が聞こえてくる。
そしてその声に呼応する様に周囲の建物やその残骸から現れてくる異形たち。流石に奴の拠点だけあって既に全員加工済みだ。
「……くっ、仕方がない」
その様を見て、隣でフレイが奥歯を噛み締めていた。
「光よ、邪悪を払う聖なる閃光よ――」
「あっ、待ってくれ!」
咄嗟に詠唱を止めたのは、俺の頭の中に一瞬走った閃きだった。
「魔力はもう少ないですが、補給する薬は――」
「そうじゃない。さっきと違ってここには建物があるし、全体の状況も分からない。セレネがどこかにいるかもしれない」
「……了解です」
気が付いてよかった。全部焼き払った後で気づいたのではもう遅いのだ。
「では――」
「仕方ない。時間はかかるけど――ッ!」
言いかけた言葉を咄嗟の反応と、それによって振られた剣が飛んできた針との間でたてた耳障りな音に遮られた。どうやら同士討ちや毒による死体以外にも、マンティコアの犠牲者も混ざっているようだ。
一気に崖を駆け下りる。目指すは集落の中。一番手前の建物の残骸まで一気に突入し、針の二発目が発射される前に遮蔽物として隠れさせてもらう。
だが、そう簡単にはさせてくれなかった。
「ギギ!!」
「あっ!」
声を上げたのは一瞬だった。
隠れた建物から爪の個体が飛び出してくるのはもっと短い時間のうちに起きていた。
そしてその飛び出した相手は、飛び込んできた俺の目の前爪を振り上げている。
「くっ!!」
剣を振り上げる。だが出来て防御だけだ。回避や反撃に転じる空間的余裕はない。
「雷よ、その光破邪の刃となり、我に迫りし敵を討て!」
振り上げられた巨大な爪。それを目印にして寸分の狂いなく、雷が貫いていく。
「ギガガガ!?」
肘から先が吹き飛んだ痛みより、突然の事への驚きの方が強い――意味は分からなくともイントネーションでなんとなく理解できる奴らの感情。
「はあっ!!」
その瞬間に生まれた隙を逃す手はない。
奴を突き飛ばすようにして距離を取り、そのまま股間から首に向かって一直線に斬り上げた。
「ギギャ!!」
奴が妙なステップを踏み、そのまま尻もちをつくようにして後ろに倒れていく。
その立役者にして俺を救ってくれた恩人は、その時になって俺のすぐ横に滑り込んできた。
「すまない。助かったよ」
フレイは小さく頷いて、それから遮蔽物越しに近づいてくる敵の大群を一瞥する。
「これだけの数を相手にするつもりですか?」
流石だ。
もう俺の考えに気づいている。
「そうするしかなさそうだね」
苦笑交じりにそう言うと、彼女の方は笑わずに小さくため息を一つ吐いた。
「仕方ありませんね……セレネのためです」
それが、2対大量の開戦の合図となった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




