再会2☆
「なんだ……ここは……」
この異常な光景は、セレネを探すという本来の目的から一時的に意識を逸らさせるほどには際立っていた。
死体たちの姿は千差万別だ。鎧をまとった戦士や杖を持った魔術師。既に白骨化した者、その骨すら朽ちつつある者、まだ干からびる途中の者。
思わず目をそむけたくなる光景だが、何かの力が働いたように不思議とそれらを冷静に観察している己もいる。
そしてその部分がこれらの、死体という点に並ぶもう一つの共通点を見つけ出した。
その発見がただの勘違いではないという事を確認するために改めて一瞥。多種多様、人種の――というより死体のるつぼ。中には折り重なって倒れていたり、泥の中に沈んでいるようなものもあって全ては見えなかったが、それでも目につく部分の多くは俺の発見が正しかったことを示していた。
「こいつら……殺しあったのか」
目の前の泥の中に大の字になって倒れている白骨のあばらの間には、恐らくこの人物がここでこうする様になってからずっと一緒にあるのだろう、ボロボロに錆びつき、朽ちた剣が一振り、泥の中に切っ先を下にして、この人物の墓標のように突き立てられていた。
その向こうでは鎧を着た二人の戦士が、それぞれ斧と槍とをお互いの頭と腹に叩き込んだことが分かる状態で転がっている。
「ここで一体何が……」
遂にフレイからセレネ以外の言葉を引き出すぐらいには、この光景は異常だった――いや、光景だけではない。
「それにこの臭い……」
「ああ。臭いな……」
先程までの泥臭さと腐敗臭をより強くしたような臭いが辺りに立ち込めている。
「一体何がこんな……」
口にしながらなんとなく見当がついている。足元と周囲に無数に転がる連中の中には、恐らくまだ白骨にもミイラにもなっていないものがあるのだろう。
そうした者がこういう臭いを放つのかは不明だが、なんとなく臭いものと言えばそれを連想する。
――だが、その見当はすぐに外れた。それまでで一番強い臭いが近くの泥水から立ち昇っているのを知ったことで。
「なんだこの水……」
「あっ、待って」
顔を背けながらしかし、辺りを警戒しようとすると近づかざるを得ない俺に、フレイが思い出したように声をかけた。
「この水、多分毒です」
「毒?」
袖で鼻を抑えながらフレイが頷く。
彼女の眼は俺たちの周りにある死体の向こうを向いており、その視線の先には互いに相手を殺そうとして、互いにそれを達成してしまった連中に混じり、全身をボロボロの包帯に包まれた死体や魔術杖ではない杖にしがみつくような形の死体もいくつか転がっている。
明らかに戦闘員ではないと分かるそれらは、皆水のから逃げるように頭をそれとは反対に向けて転がっていた。
「恐らく、何か有害なものが含まれています。あまり近づかない方が――」
言葉は途中で遮られた。その有害なものから逃れるようにして倒れていた包帯の人物の立てた音で。
そう。音だ。間違いなく死んでいるはずのそれが立てたのだ。
「「……ッ!」」
身構える俺たちの前で包帯の内側が蠢き、やがてそれを押しのけ、或いは引きちぎって中身が飛び出してきた。毒の水と同じ色に変色した体を起き上がらせながら。
「なんだ!?」
起き上がったそいつは、まさにこれまで戦ってきた爪や牙や尻尾の個体と同じだった。違う点があるとすれば爪も牙も尻尾も持っていないという点だろうか。
その奇妙な個体はしかし、肌の色以外の部分はそうした武器を持った連中と共通のようで、頭を殻に覆われ、頼りない足取りでこちらに近づいてくる。
「生存者……って訳じゃなさそうだな」
答えの代わりにジャバジャバと足元で音を立てながら距離を詰める。その危なっかしく思える足取りといいこちらに突き出したボロボロの両腕といい、見た目は完全にゾンビのそれだ。
「ちっ!」
ならやることは決まっている。
俺は剣を構えて奴に殺到する。何も呑気に奴がこちらに来るのを待ってやる必要もない。
――だが、その時奴の腹が蠢いたのを見て反射的に動きを止めた。
そしてその判断は正しかった。大きく波打った奴の腹は、その振動をそのまま駆け上がらせ、やがて殻に覆われた顔面に達すると、その中央=人間で言えば鼻や口がある辺りが開かれて、足元の水を勢いよく吐き出してきた。
「うおっ!?」
ポンプで吐き出したように勢いよく飛び出す毒水。
思わず飛び退くと、それまでいた足元に毒水が広がり、何かが焼けるようなしゅうしゅうという音を立てる。
「雷よ、その光破邪の刃となり、我に迫りし敵を討て!」
その一瞬で動きが止まった俺のすぐ横を詠唱と共に閃光が駆け抜けて、毒水を吐き出したこのゾンビを打ち据えた。
閃光が敵を巻き込み、速やかに二度目の死を迎えさせる。
どうやら爪や牙の個体よりも耐久力は低いようだ。
「すまない。助かった」
倒れ伏す黒焦げの相手からフレイに振り返ると、彼女は既にこちらではなく谷の奥へと目を向けていた。
「いえ。それよりはやくセレネを」
「あ、ああ……、ん?おい!あれ!!」
彼女の様子が先程までと同様に戻ってきたところで、俺はもう一つの存在がこちらを見ているのを見つけた。
ボロボロの衣服と肉体こそ周囲の他の連中と同じだが、事なるところもいくつかある。
まず、その目は赤く光り、カラカラと音を立てて体を動かしていること。
そして次に、その音を立てる体を覆っているのはここにいる魔術師や戦士たちの骸とは異なり、肉体と同様に朽ち果ててはいるが、ゆったりとした構造に複雑な刺繍の施されたこの世界の貴族が用いる衣装を着ていた。
死者の貴族――そう呼ぶのが適切かどうかは分からないが、そういう姿をしたこの魔物は、右手に持った小柄なその身長ほどありそうな杖を振りかざすと、その杖の先端から怪しい光を放つ発光体が、蛍のように飛び立った。
「なんだ?あいつ」
質問への答えはない。そして代わりにその蛍は奴のすぐ近くの遺体に止まると、その鎧の隙間に入り込んだ。
「あっ、待ちなさい!!」
フレイが叫ぶ。しかし相手はただカラカラと音を立てて笑い、滑るようにして靄の向こうに消えていく。
その代わりと言うべきか、彼女と貴族との間に立ちふさがったのは、今しがた蛍が止まっていた――そしてその体内に入り込んでいった――戦士の遺体だった。
頭は兜がなくなっているが、どの道あっても助からなかったという事は、脇腹に叩き込まれたままになっている戦斧が物語っている。
その語り部はしかし、奴が立ち上がると同時に腹から落ちていった。
泥に落ちる戦斧。その頭の重さに泥に刃の半分ぐらいが沈むが、そんなことを気にしている様子はない。
「な、なんだ!?」
目の前で起きた出来事に思わず声を上げる。
腹の斧を失った戦士は、その頭が他の魔物連中と同様に殻に覆われていた。
そしてその右腕は、自分の腹を離れていった斧とほぼ同様の形に変化していった。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




