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ロストール15☆

 剣を構えて身構える俺の後ろで、叫びに応じるかのように詠唱が響いた。

 「雷よ、その光破邪の刃となり、我に迫りし敵を討て!」

 同時に煌めく閃光が、今まさに飛び掛かろうとした奴を捉える。

 流石に上級モンスターだけはある。空中からの攻撃を諦めて地上に、それも先程よりも塔側=俺たちから距離を取るように着地した様子からしてダメージは確かに受けたようだが、それだけで致命傷には程遠い。

 ――なら、倒れるまで続けるだけだ。


 「セレネ!」

 「清き光よ、我とわが朋友を照らし慈しみ守り給え!」

 呼びかけに詠唱で答えるセレネ。しっかり意思疎通は出来ていた。

 「はああっ!!」

 彼女の手による防御が施され、それを確かめながら一気に奴に向かって飛び込んでいく。

 迎撃に放たれた横薙ぎの爪。奴の間合いの半歩外で急停止することでぎりぎりの回避を成功させる。マンティコアが飛び上がる。

 巨大な翼をはためかせて、重力が働いていないかのようにふわりと、地上にいた時と同じような姿勢を維持したまま。


 「来るぞ!」

 腕――というよりも前足だが――が戻ってくるよりも速く、奴の懐に飛び込んでいく。むき出しの牙のかみ合わせが開く。腕で止められなければこの牙が受け止めるという事なのだろう。

その噛みつきは、今の俺にとってはチャンス以外の何物でもない。

 俺は奴の正面から飛び込みながら、その立派なたてがみに向かって斬撃を放つと、奴が大きくのけ反って叫び声をあげる。どうやら魔術の攻撃には耐えられても物理攻撃には対処出来ないようだ。

 ――なら行ける。このまま一気に押し切る。


 恐らく、俺ではなくてもこう考えるだろう。

 そしてそれを考えているのは、人間の俺たちだけではなかったらしい。

 「ギャアアアアア!!」

 耳がおかしくなるような凄まじい声量の咆哮が辺りに響き、奴は突進を繰り出してきた。


 「ちぃっ!!」

 「ショーマ下がって!」

 セレネの声と俺が実際に飛び下がるのはほぼ同時だった。

 そして奴が空をさした爪は、俺が飛び下がった直後にはそれまで頭のあった辺りを高速で通り抜けていくところだった。

 「くぅっ!!」

 間髪入れず更にもう一発。今度は鏡写しのように反対の動きを見せるが、これも下がってしまえば当たらない。


 「ショーマ!大丈夫!?」

 「ああ、安心しろ」

 防御の魔術をかけてくれたセレネの声が、俺より更に後ろ、最早完全に橋の上にいる。そこまで逃げていれば間違いなく届かないだろう。

 そしてその予想は全く狂いなく当たった。

 奴の攻撃は巨体の割りにはそこまでのリーチがなく、普通に近づいたのではこの人間どもには埒が明かないと判断したのだろう、背中の尻尾を使っての突き刺しも空を切ったところで、奴は再び地面に降り立った。


 「来るぞ!!」

 同時に奴が何を考えているのかを理解し、叫ぶ。

 それに先んずるように飛び込んできた奴の巨体――回避するには横幅が足りない。

 だが、それは即ち回避不能を意味する訳ではない。


 「雷よ、その光破邪の刃となり、我に迫りし敵を討て!」

 再びフレイの詠唱が響き渡り、雷が奴を迎え撃つ。

 その閃光に合わせて、俺は奴の腹の下に飛び込んだ。

 「おおおああっ!!」

 電撃に目をやられたのか、軌道を逸らされた奴がつり橋の柱に頭を激突させるのと、ラットスロンが奴の腹に一文字に走るのは同時だった。


 「ギャアアアアアアアアアアア!!!」

 奴の叫び声が再び上がる。

 脇腹から飛び出した俺を怒り狂った尻尾の針が迎えるが、鞭のような動きではなく先端で刺しに来る動き=線ではなく点での攻撃であれば、見切ってしまえば回避は容易だ。

 「はあっ!!」

 尻尾のだるま落とし。

 振り下ろされる尻尾の動きに合わせて横薙ぎを叩き込む。


 「くぅっ!!」

 だが、切り飛ばすことは出来なかった。

 何枚もの鱗が連結したようなその尻尾は、その動きのわりに硬い表面部分で剣を弾き返す。

 だが、奴が嫌がったのはすぐに分かった。

 「ガアアアッ!!」

 叫び声、それと共に奴が再び空中へ逃げる。


 「ショーマ!」

 「ああ。大丈夫だ」

 駆け寄ってきたフレイが俺に並んで空に杖を向ける。

 上級モンスターのマンティコアとはいえ既に手負いだ。ここで一気に勝負を決めてしまえ。

 「これで――」

 恐らく同じ考えなのだろうフレイが奴に狙いを定める。

 そして奴の怪しい光を放つ二つの眼もそれには気づいているのだろうが、その横で己に向けられている、たった今自分の腹を縦に切り裂いた相手の存在も同時に捉えたようだった。

 一瞬、奴が迷ったのが見えた。

 自分を狙っている相手か、自分を傷つけた相手か。


 「あっ!!」

 しかし、そこは流石にモンスターと言ったところだろうか。

 奴は復讐や反撃よりも生存を選択した。或いはそれは魔物とはいえ生物故の本能だったのかもしれない。

 ぶわっと一際大きく奴の翼が羽ばたき、それが巻き起こした風の塊がこちらにまで吹き付ける。

 逃げる――咄嗟にその事実を理解する。


 「待て!!」

 叫びながら剣を構える俺に、奴は尻尾を向けた。

 それが逃げるための目くらましだったのか、或いは最後っ屁だったのか、それは分からない。

 「危ない!!」

 フレイが叫ぶ。

 奴の尻尾が背中の上で、見た目通りサソリのそれのような姿勢をとると、その先端の針が勢いよくこちらに発射された。

 「ちいっ!!」

 もしラットスロンでなければ、つまり俺が秘封破りで神器としての力を引き出せるものでなければその銛のような針が体を貫いていたかもしれない。

 飛んできたそれをラットスロンで弾き返す。手首にかかる見た目以上に重い衝撃に、剣を持っていかれそうになるが、何とかそれを奴の下へ打ち返すことに成功した。

 ――だが、発射されたのは一発ではなかった。


 そしてその事実に気づいたのは、自分に向かって飛んできたそれを弾き返したその直後だった。


 「きゃあ!!」

 「セレネ!?」

 悲鳴と、それの先触れのように聞こえた何かが壊れる音。

 扇状に発射された針のうちの一つが、セレネの乗っているつり橋の綱を断ち切り、勢い衰えず反対側の足場に深々と突き刺さっているのを見つけた時には、既に残されたもう一本の綱が耐えられなくなっているところだった。

 針の刺さった部分が、追加されたその重さと、なくなった片方の支えとによってつり橋からもぎ取られて落ちていく。


 「「セレネ!」」

 俺とフレイが叫んだ。

 橋が壊れる振動で、残された綱に縋った姿勢のまま、セレネは俺たちを見た。

 ――それは、或いは何かを言おうとしていたのかもしれない。何かひどく重要な事柄を伝えようとしているような、そんなようにも見えた。

 しかし実際のところは分からない。


 妙なスローモーション。

 そしてその直後、橋は落ちた。

 もう一本の綱は、相方を失った状態で橋を支え続けるのには弱かった。

 「セレネ!!」

 フレイが叫んだ。

 彼女と俺が手を伸ばした。

 鏡合わせのような姿で、セレネは崖の下に落ちていった。


(つづく)

投稿大変遅くなりまして申し訳ございません。

今日は短め

続きは明日に

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