冒険者たち6☆
セレネという少女を助け起こすと、姉が近くの茂みから二本の杖と一振りのナイフを持ってきた。
杖はどちらも二人の身長ほどあり、その頭にはそれぞれ銀で太陽と月のレリーフが施されている。
魔術師。そのトレードマークであり、商売道具であり、最大の武器である魔術杖だ。恐らく先程のガーゴイルとの戦闘中に弾き飛ばされてしまったのだろう。
金髪の少女が腰に戻したナイフはよく切れそうだが、戦闘用にするには心許ない。恐らく杖を落としてしまったことで作業用か、或いは装飾品だったナイフを咄嗟に手に取ったのだろうが、それもすぐに杖の後を追ってしまったのだろう。
――そしてそれらを持つ少女の姿を見て初めて、俺は彼女の右腕の袖が肩の辺りまで切り裂かれ、露出した腕にまだ新しい傷を負っていることに気が付いた。
「待って、その傷も――」
言いかけた俺に少女は恐れ多いとばかりに首を横に振る。
「いや、だけど――」
言いながら道具袋に戻す途中だった品々に目を落とすが、彼女はそれを制した。
「これ以上お世話になるわけにはいきません。セレネ、お願い」
言いながら、セレネに月の方の杖を渡すと、受け取った彼女はその頭の部分を姉の腕に向けて静かな声で詠唱を始めた。
「命の精霊よ。傷つきし者を癒せ」
回復魔術。こちらに来て何度か世話になったそれが目の前で行われ、金髪の少女の腕が柔らかな光に包まれると、傷はすぐに消えてなくなった。
「ありがとう。お待たせしました。私ももう大丈夫です」
治ったばかりの腕に自身の杖を持った彼女が、セレネに寄り添うように歩み寄る。
「おお……」
「無事だったか!」
合流地点に戻った時には、出発時よりも人が増えていた。
全員の顔に浮かんでいた緊張が一瞬で消えるのを、俺は確かに見ていた。
「皆様、ご迷惑をおかけいたしました」
金髪の少女が深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
セレネと呼ばれた少女が姉に続く。
「いやいや、気にするな」
「無事で何よりだよ」
周りが口々に彼女たちを温かく迎え、それから今度は俺の方に――多少荒っぽく――それを向けた。
「よくやった新米!」
俺を送り出した年かさの冒険者の太い腕が肩に巻き付く。
「おわっ!へ、へへへ……」
その荒々しいねぎらいと賛辞は、俺が今まで味わったことのないものだった。
「よし!これで今回は全員生還だな!」
「よっしゃ!祝い酒だ!」
ここで待機していた者たちと、応援を呼んできた者が浮かれた声を上げる。
果たしてそれから少しして、俺は村の酒場の外で半ば強引に流し込まれた強い酒の酔いを醒まそうと夜風にあたっていた。
すぐ後ろ、冒険者たちの集う酒場『豊穣の女神』亭では、陽気な――そして少し音痴な――歌と笑い声が響き渡っている。
それを聞きながら、まだぼうっとする頭で考える。
彼女たちは一体何者だったのだろう?
依頼を受けた時には会わなかった。だがこれは、ギルドの受付が冒険者ごとに個別で受付を行っていたからだ。必要な人数を満たしたパーティーが一括受注すればそれで終わりのところを、恐らく誰も手を上げなかったのだろう。
今朝一緒に行動することなった即席パーティーと顔を合わせた時にも彼女たちの顔はなかった。これに関しても二つのパーティーが別に動いていたのだから仕方がない。彼女たちのいたパーティーは先に出発していたのだ。
つまり、俺が彼女たちを知らないという事は別におかしなことではない。
だが、他の連中は?
もっと言えば、何故彼女たちが帰らないだけであそこまで人を集めた?
パーティーのリーダーの方針だといえばその通りだろう。誰も失わずに戻る事を第一とするのはパーティーの基本だ。
――故にカバーしきれないと判断された人間は放り出される。俺のように。
だがだとしても、どうしてあそこまで人を集められた?
半年身を置いただけだが、それでも感じている――冒険者には助け合いの精神があるのは事実だが、同時に自己責任の世界でもある。
つまり、極力助け合いはするが、それで自分を危険にさらすような真似はしない。助けに行くのはその余力がある時だけだ――ちょうど今回俺だけが助けに向かったように。
それで助けられない状況にあったら?その時はそれっきりだ。
迷い込んだ素人ならまだしも、冒険者を生業にしている者が自身の判断から窮地に追い込まれ、他の助けも得られない状況になったとしたら、それは他の人間がどうこうできるレベルの話ではない。
言ってしまえば、今回彼女たちを総出で助けるという判断が下ったのは異例なのだ。
「あ、あの……」
そこまでで思考は打ち切られた――とうの対象たちによって。
「あ、ああ。どうも……」
振り返った先にいた姉妹。
旅装から普段着に着替えている。
神妙で畏まった、しかし恐れてはいない表情で俺の顔を見ている――身長の関係上やや上目遣いで。
美人だった。思わず言葉に詰まるぐらいには。
月明りと、背後から漏れる店内の明かり以外に何もない。そんな夜の闇の中に、その金色の髪と色白の肌が浮かび上がっている姉、銀色の髪と褐色の肌が輝いている妹。
「……中にいなくていいのか?」
二人の生還を祝う席なのに――後半のその言葉がちゃんと聞こえたのかどうかはわからない。自分でもわかるぐらい小さく漏らしただけだった。
「皆さん酔いつぶれていらっしゃるか、盛り上がっている方々も皆さんでお楽しみのようですので……」
苦笑気味にそう答えた姉の方の言葉が、俺の疑念を簡単に否定した。
「そっか……」
他にもっと言い方もあったのだろうが、どうしても気の利いた言葉が出てこない。
向かい合ったまま一瞬の沈黙。
先にそれを破ったのは姉の方だった。
「あの……」
遠慮がちながら、しかしその声ははっきりと発せられた。
それを合図にして姉の後ろにいた妹=セレネも一歩前に進んで姉の横に並ぶ。
健康的な褐色の肌。首の辺りまでのショートに切りそろえられた、やや癖のある銀髪。活発な印象を与える大きな目。
何から何まで姉とは対照的なその少女も、今は同様に畏まっている。
「この度は本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
二人がそう言って改めて頭を下げる。
「あ、いや。そんな……礼なんて」
ここまでしっかりと頭を下げられると、こっちの方が却って恐縮してしまう。
――その中にくすぐったいような誇らしいようなものも感じないと言えば嘘になるが。
「とにかく頭を上げて……二人はえっと……」
何を訪ねようとしたのか。
確かに何か考えていたような気がするが、しかし言葉にすることが出来ない。
だが、他人に何を聞かれるのか予想していたのか、姉の方はそれだけで小さく頷いて口を開いた。
「私たちは、訳あって姉妹で冒険者となりました。今までもっと小規模の依頼は何度か受けてきたのですが、これほど大きな仕事は初めてで……本当に助かりました。なんとお礼をすれば――」
「いや、そんな。お礼なんて――」
再びの恐縮。
だが少女たちも引かない。
「いえ、そういう訳には参りません。受けた恩をそのままにしては兄弟――」
「兄弟?」
「あ、いえ。なんでもありません……」
姉が何か言いかけたところで、今度はセレネが口を開く。
「私たち、何でもします!」
「あんまり初対面の相手に何でもとか言わない方がいいと思うけど……」
思わず漏らしたが、しかし同時に彼女らに対するある考えが頭をよぎる。
「でも……本当にいいの……?」
或いは、まだ酔いが残っているからかもしれない。
「はい。勿論です!」
少し恥ずかしい。
だが、もしそうできれば何よりありがたい。
「なら……」
こういうのは、余りこういう状況で頼み込むものではないのかもしれない。
相手にとって断りにくいだろうし、フェアな感じがしない。
だが、ここまで口に出してしまった。
四つの目がこちらをじっと見ている。
「なら……」
一度大きく息を吸う。
「俺とパーティーを組んでほしい」
そういって、さっきの彼女たちと同じぐらいに深く頭を下げた。
「え……パーティー……ですか?」
「勿論、もし嫌なら断ってくれて構わないし、恩人とかそういうのじゃなく、ただ仲間として……」
我ながら情けない補足。
それが――元から大したことなかった――勢いを完全に失って尻切れトンボになった時、姉妹はお互いに見合って、それから姉の方がこちらへ微笑みかけた。
「ご挨拶が遅れました。フレイと申します。これからよろしくお願いします」
「私はセレネです。よろしくお願いします。えっと……ニカイド・ショーマさん」
脳の理解が一瞬遅れる。
二人の言葉。ここで通っている俺の名前。向けられた微笑み。差し出された握手。
つまり、そうつまり――。
「……ああ!こちらこそ!」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に