ロストール9
「殺す、か……物騒な話だ」
むき出しの敵意を向けてくる相手に、刃を突き付けたままというこちらも似たようなものの状態で吐き捨てる。
――私の目的を知っていればお前が言うなと言われそうだが。
「で?今は退くって?」
八相に――というよりも右肩に担ぐようにして構えつつ言葉を続ける。
尋ねながら、その真意はこうだ=逃げられるとでも思っているのか?
「……首を洗って待っていろ」
その真意を悟ったかどうかは分からないが、奴はお手本のような捨て台詞を吐くと杖を高々と突きあげ、それから両足の間を勢いよくついた。
「!!」
カァンと杖と石畳とが音を立て、その音の広がりに合わせるようにして奴の足元から魔法陣が広がっていく。
「あれはっ!!?」
それに驚きの声を発したのはスイだった。
一体何が驚くべきことなのか、あの魔法陣は何なのか――それを尋ねるよりも、件の魔法陣から放たれた眩い閃光が視界を満たすのが先だった。
「くっ!!」
思わず目を閉じ、それからすぐに開くが、どうしても焼き付いた閃光が死力を奪っている。
乱暴に目をこすって何とか回復する頃には、奴もそれに付き従うもう一人のフードの人物も、魔法陣と共に姿を消していた。
「逃がしたか……」
再び静寂に戻った崖沿いのその場所から振り返る。
「で、あれが何なのか分かるのか?」
「ええ。僕も実際に見るのは初めてですが……」
なんだかんだ言っても、この少年も魔術師なのだ。実の兄に殺すと宣言されても、目の前で使われた魔法陣の方にはしっかり集中していた。
「あれは転移魔術というものです」
「転移?つまり、あれでどこかに移動したという事か?」
その言い換えに彼の首は縦に振られる。
「移動距離には制限が大きく、予め用意した同じような魔法陣の所にしか移動できないという欠点はありますが、それでも極めて高度な魔術と言われるものです。高等術官……いえ、世界中の魔術師でも一体どれぐらい使い手がいるのか……」
どうやら術官院のドロップアウトは、古巣の大半よりも優秀なようだ。
だがだとすれば疑問が残る。
「あれは奴自身の能力かな?」
もしそうなら、いくら奴の言うとおり術官院のお歴々が保身に走ったとしても彼を放り出すことなどあり得ないだろう。術官院という組織がどういうものかは分からないが、むしろそれほど貴重な才能なら自身の味方につけようとあの手この手で懐柔するように思える。
その人物の弟は、私の尋ねた言葉の意味を正確に捉えてくれていた。
「恐らくあの杖に何か秘密があります。先程の転移の際、杖から莫大な魔力が流れているのを感じましたから。それと……」
「それと?」
一瞬言葉を途切れさせるスイに続きを促す。
ただの息継ぎではない。その証拠に、彼はじっと私の眼を見て、それからゆっくりと続きを口にした。
「それと……転移魔術を完成させたのは、ロストールだったという話を聞いたことがあります」
またもロストール。連想ゲームで頭に浮かぶフードの男=ジェレミア。
「どういう取引があったのやらな……」
リュビ族相手にやっていたことから考えて、何の見返りも求めずにスイの兄に力を与えているとも思えない。
「分かりません。でも……きっと兄は付け込まれているのだと思います」
同意見だった。
今まで見てきたところ、ジェレミアは魔術師としてだけではなく、そっち方面に関しても非常に優秀だ。
「ま、その辺は次に会った時に聞いてみればいいさ。あれだけの啖呵を切った以上、向こうもこれで終わりする気もないのだろうし」
「そう……ですね」
私の言葉に応じたスイ。彼が魔術師から少年に戻ったのは、なんとなくその口調と纏った雰囲気で分かった。
「兄はもう一度……僕を殺しに」
「させんさ」
「えっ!?」
彼が声をあげ、改めて私の顔を見る。
実のところ驚いたのは、自分でも意外なほどにはっきりと意志を持ってそう宣言した私自身もだった。
「言っただろう。君は私の大事なパートナーだ。彼が君に危害を加えるようなら、私の事情で手出しさせてもらうよ」
しかし吐いてしまった言葉は戻らない。
ならば毒食わば皿だ。先程アマキに向かって吐いた言葉を、今度はスイに向かって改めて伝える。
「あ、ありがとう……ございます」
ほっとしたような、恥ずかしいような表情で頬を赤く染め、彼は視線を下にしながらお辞儀した。
スイは私のパートナーだ。
バスティオからこっち、彼と私は雇用関係ともパーティーともなんとも言えない関係になっているが、それでもとりあえずここでの一件を終えるまでは今の関係を続けることが出来るようにそうしておく。
だが、それだけではない。
そしてそうではない部分は単純な話だ。極めて単純な一点だ。
即ち、スイに死んでほしくない。
理由は分からないが、私はどうもこの少年がいたく気に入っている。
だから、彼に手を出させたりはしない。それは私に対する攻撃とみなす。私の前で彼を殺傷しようとするのであれば。
――勿論、そんなことを本人に向かって言うつもりはない。
「ところで」
「えっ!?あっ、えっ、は、はい!!」
まだ朱のさしたままの顔で上ずった声。
「この死体が消えないのはどういう理由か分かる?」
足元に転がる、たった今斬り伏せた相手に目をやりながら訪ねた。
これまで相手にしてきた魔物は死亡すると消えてしまう例がほとんどだった。中には例外もいたが、私たちが戦ってきた相手も、映像の中で戦っていた魔物たちも、そのほとんどは死亡時に肉体を残さず消えている。
「そうですね……」
こちらに近づいて、仰向けに倒れた魔物の剣士を一緒に見下ろしながら、スイも顎に手を当てて考え込んだ。
それに合わせて私も改めて奴を見る。
小柄な体格のこの魔物の頭の殻をよく見ると、破壊された箇所を修復したような跡が脳天部分に残っていた。
「恐らく、この魔物は魔物として生まれたのではなく、何らかの生物や物体を魔物化させたものだからではないでしょうか?」
「つまり……樹人みたいな?」
「ええ。本来の肉体があるから、魔物の部分が死を迎えても、本来の肉体が残り続けるということはあり得ます」
そう言われてもう一度件の魔物を見下ろす。
この殻を引きはがせば、或いは鎧を破壊すれば、彼か彼女か分からないこいつの元となったなにかが出てくるのだろうか。
「流石に試す気はないな……」
「ええ。僕も同感です」
樹人の中には平気で手を突っ込める彼も、流石に中身が人間の死体かもしれないとなれば話は別のようだ。
「まあ、そうだな」
そこで話を切り上げ、それから崖=映像の中で連中がゲイルと出会い、降りていった斜面に足を向ける。
「とりあえず、中身があるという事がわかっただけで収穫だ」
「あ、あの、どちらへ?」
「下に降りてみる」
これまでの流れからすれば、奴らの行動をトレースすれば必ず次の進展があるはずだった。
「下ですか?」
「ああ――」
答えながら振り返り、じっと彼の眼を見つめる。僅かに微笑んで見せながら。
「少し急だが、しっかりついてきてくれよ?パートナー」
これがどうやら、彼との交渉における最強カードのようだ。
「はっ、はい!」
いい返事。
奴らに倣い崖を下りていく。映像の中と同様、ちょうどよく足場にできそうな突起や岩が所々にあり、昇降には苦労しなさそうだ。
降りた先に二つの道。片方は兄弟団がやってきた道。もう一つは彼らが向かっていた方向。
「ふむ……」
横断歩道のごとく左右を確認。
それからすぐに左=兄弟団が向かっていた方向に向き直った。
私たちの場所から数歩だけ進んだところに、足跡が光っている。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




