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ロストール8

 再度対峙。互いに間合いを詰めていく。

 こちらが一歩、それに合わせて向こうも一歩。


 「……」

 奴は先程までと同様、盾をこちらに向け、それを体の正面に置いて、胴体にぴたりとつけるように構えている。

 一見すると隙は見えない。だが、だからと言って下がる訳にはいかない。

 盾と片手剣の組み合わせに対して守勢に回るのは非常に危険だ。勿論他の武器に対しても言えることだが、この組み合わせは特に自由にさせると厄介だ。


 盾は攻撃に使える。

 それは先程のようにその面で殴りつけるという意味だけではない。

 盾を前面に押し出した構えはこちらに攻撃を加えることを躊躇させる。下手に手を出しても攻撃は受け止められ、反対に反撃をもらう――ちょうど今しがたの交錯のように――という可能性が必ず脳裏をよぎるからだ。

 そうしてこちらが動きを止めれば、後は盾が動く壁となって押してくるだけだ。

 恒常的にプレッシャーを与えつつ、自分の身を守りながら接近し、相手が耐え切れなくなって飛び出してくるのを待つ。

 そうなれば後は盾の本領発揮だ。飛び出してきた相手をどのようにも好きなように捌き、牛にとどめを刺す闘牛士のように攻撃後の隙を晒した相手に一撃を加えればいい。


 「……」

 だが、黙ってそれをされてやるつもりはない。

 更に一歩踏み出す。間合はもう少しで私のそれに達する。

 生ぬるい風が吹き抜ける。奴の盾が心なしか上に動く。

 「ッ」

 その動きを見てから更に半歩だけ足を入れる――切っ先を奴の、人間で言えば眉間に当たる部分に突き付けるように変化しつつ。


 「ッ!?」

 奴が明確に変化した。

 盾がそれまでより急速に動き、喉の辺りまで持ち上がる。

 ――それを待っていた。

 「シィッ!」

 一歩踏み込んで突きを放つ。狙うは赤い光を発している奴の眼=殻の隙間のそう見える部分。生物であれば当然、本能的な恐怖を感じる攻撃。それは魔物にとっても同じだった。

 「ッ!!」

 奴の盾が顔を覆うような高さまで持ち上がる。盾=向こう側の見透かせない鱗で覆われた、体を隠す程の大きさの板で顔を守ろうとする。


 つまりこういうこと――奴は自分自身で自らの視界を塞いだ。


 このチャンスを逃す手はない。

 「はぁっ!」

 突きをすぐに引き戻しつつ後足を引きつけると、引き戻した刀を止めずに左肩に担ぐ。

 それと同時に左方向にすっ飛び、奴の真横に立つように動くと、それを奴が認識するよりも前に目の前にある奴の足=右足の膝裏を払うように横一文字に斬りつけた。

 「ッ!!?」

 がくん、と奴の体勢が崩れる。

 こちらに振り向こうとしながら、同時に放たれた斬撃を躱そうとしてそれが出来なかった結果、奇妙に体を捻りながら、片足の力を失って崩れ落ちる。

 「らぁっ!!」

 その崩れ落ちるのを追いかけるように股間を切り上げてやると、その斬撃の勢いが最後の一押しとなったように奴が尻もちをついた。


 「ああっ!?」

 声を上げたのはそのはるか後方にいるアマキだった。

 そしてそんな指揮官――恐らくは――の声も届かず、足を失った剣士に出来ることは盾で上半身を守ろうとすることだけ。

 だが、今やそれに意味はない。

 「おらっ!」

 その盾の中央に蹴り飛ばす。

 足の裏全体で、渾身の力を加えたケンカキックは、容赦なく奴にとっての砦を弾き、殺しきれなかった勢いが奴を仰向けに更に近づける。


 当然、盾で守ろうとした時点で上半身を支えているのは右手一本だ。

 そう、右手。つまり剣を持っていた方の手。

 よって、反撃に転ずるには余りに都合が悪い姿勢だ。


 その姿勢にダメ押しの踏みつけ。完全に仰向けになった奴の上で、私は左右両方の手を逆手にして小さく振り上げた。

 一瞬、奴がのけ反るように首を動かしたような気がした。

 まるで人間のようなその最後の抵抗はしかし、却って私に狙っていた場所を差し出してくれた。

 つまり、殻に覆われていない首を。


 「ッ……」

 奴が小さく動いた。

 喉に刃を突き立てられ、動かなくなるその一瞬前だった。


 「くぅっ……!!」

 「さて……」

 奴は何も言わず、それきりだった。

 代わりに声を上げたアマキの方を見ながら、私は刀を引き抜いて彼の方に向ける。

 「どうする?」

 一瞬、奴の横に立っているもう一人のローブが動いた。

 いや、動いたのはもっと前だったのだろう。それをアマキに制止されたが故の揺れだった。


 「待て……」

 指揮官の言葉に、口の利けないのだろうその片割れは少しだけ前に出した足を戻さずにいる。

 感情はあるのだろうか。だとしたら、片割れが目の前でやられたのを見て何を思うのだろうか。

 まあ、そんなこと今はどうでもいい。


 「……もういい」

 指揮官の再びの言葉に、ようやく奴も従う気になったようだ。

 僅かに出していた足を戻し、奴の横で再度静止する。

 「降伏……という事でいいのかな?」

 そう問いかけながらしかし、突き付けた刀は降ろさない。聞きながらもその可能性が極めて低いことは分かっているから。

 ――私と自身の弟を睨みつけた奴の眼には明確な憎悪が満ちていたから。


 「降伏だと?」

 その目の印象を裏切らない声が返ってくる。

 「笑わせるなよ」

 笑っているようには見えないが。


 「兄さん!」

 再度呼びかけるスイ。しかし、返ってきたのは憎しみの視線だけ。

 「今は退く」

 誰に言うでもなく、彼は呟いた。

 「……決めた。スイ」

 それから今度は明確に語り掛ける。その憎しみを込めた視線を向けながら。

 「お前は殺す。お前も、その女も」


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日は短め

続きは明日に

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