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ロストール7

 「なんだと……?」

 弟の言葉に、兄の声から感情が消えた。


 「違いますか?」

 更に重ねられた問い。そして沈黙。

 その沈黙が破られたのは、それから数秒後。種を見破ったとばかりの兄の笑い声だった。

 「……ハハハハ、成程、成程」

 パンパンと乾いた拍手がそれに続く。

 「わざわざお説教しに来たのかと思ったが……成程そうか」

 何か一人で合点がいったようだ。小さくため息を一つくと、彼は自分をじっと見つめている弟の視線を真正面から見つめ返した。

 「やはりお前は、連中の犬という訳だ。俺を説得したことであの爺共に気に入られようという腹か。魔術師として一流になれないのなら、せめて一番いい小間使いになろうという訳だな」


 何か言おうとしたスイを遮って、さも面白いという様子でアマキは続ける。

 「お前は魔術師としては評価されない。だがそんな負け犬のままではいられない。だから歓心を買って評価してもらおうという事かな?まあ、お前には相応しい身の立て方だろうよ」

 「どうして分かってくれないのですか……」

 勝ち誇るような兄の言葉に、弟は静かに、かみ殺すように応じる。

 消えてしまいそうなその言葉は、しかし沸き立つ兄の耳には届いていたようだ。


 「分かりたくもないさ。ご機嫌取りに汲々とするような負け犬の気持など」

 「負け犬はあなただ!逃げ出したくせに!!」

 「おっ」

 思わず声を漏らしたのは私だった。

 私が知る限り、彼がこんな風に声を荒げたのは初めてだった。


 「……俺が負け犬?」

 当然、その言葉を聞き逃すアマキではない。

 「さっきから聞いていれば、あなたの言っていることは結局『自分を評価してくれないからあそこにはいたくない』『自分の才能を理解できないから術官院は無能』と言っているだけじゃないですか」

 「見習いのお前には分からないだろうがな――」

 「見習いの僕だって分かりますよ。あなたはただ不貞腐れているだけだ。自分が評価されなくなってへそを曲げただけだ」

 一般に、人は図星を突かれると怒るという。

 事実のようにも思えるし、嘘だとも思う――根も葉もない嘘で貶められたとしても起こるだろうから。


 だが、この時のアマキの反応がどちらなのかは、なんとなく傍から見ているだけでも分かった。


 「黙れ!!お前に何が分かる!!役に立たない魔術薬学しか取り柄のないお前に――」

 「役に立たない?あそこで、あの術官院の中での評価では、でしょう?」

 「そんなものが何になる?何の評価も得られないのなら、そんなものゴミと同じ――」

 「評価を得られなければゴミ?」

 「それを認めたくないのはお前じゃないのか?」

 そこまで言ってから、兄は自分で弟に王手をかけさせたことを悟ったようだった。

 そしてそれを見逃すには、スイは少し賢すぎた。


 「じゃあ、あそこで評価されないあなたはゴミだ。役立たずのゴミだ」

 アマキの奥歯が軋む音が私にまで聞こえてきそうだった。

 般若面のようになったその兄に、スイは更に続ける。

 「でもあなたはそれが嫌だった。自分はゴミじゃないと思っていたかった」

 否定はできないだろう。

 それを否定してしまえば、出奔してここまで来たことを、つまりはさっきから彼が弟に語っていた、いかに術官院が無能であって、自分を評価してくれない無理解な集団だから自分から見限ったという話が矛盾してしまうから。


 「でも本当に術官院を辞めることは出来なかった。だって辞めてしまえば、あなたの基準で言えば評価されないからあそこから身を引いたことになってしまうから。役立たずであることに耐えられなくなったという事になってしまうから。……だから突然いなくなった。そうしていれば誰かが心配してくれる、誰かが追いかけてきて、自分の話を聞いてくれる。そう思って出奔なんて真似をした……違いますか?」


 返事はなかった。

 反応もなかった――いや、反応を示せないという事が一つの反応なのだ。図星という事を表す反応なのだ。


 「兄さん……もう帰りましょう」

 再度スイが呼びかける。

 それまでのまくしたてるような言い方ではない。最初と同じ説得するような――というより、どこか懇願するような――静かで切実な声。

 「帰ってもう一度よく話し合いましょう。そしたら――」

 「黙れ!!」

 思わずため息を漏らす。一体どちらが兄なのやら。


 「これ以上お前と話していても時間の無駄だ」

 打ち切り宣言と共に奴の左手が動く。

 そしてその動きは、その手の更に左、ローブの人物の片方とシンクロしていた。

 「この馬鹿を片付けろ」

 「!?」

 「くっ!!」

 動くのは同時=ローブと私。

 スイに向かって一直線にローブの人物が飛ぶ。


 「っと!」

 「メリルさん!?」

 どうしてそうしたのかは分からない。

 分かっていることは一つだけ――私は間に合った。

 ローブの人物の右手に握られているのだろう剣が振り下ろされるのを、奴とスイとの間に飛び込んで切り結んだ。


 「ッ!!」

 奴の左腕が大きく動き、それに合わせてその左腕に蹴りをくれながら飛び下がる。

 足の裏に残る感触=板状の何かを蹴った時のそれ。

 「盾か……」

 ローブがはらりと落ちる。答え合わせは正解。

 ローブを脱いだ先には、私よりも少し背の低い、映像にいたのと同じ鱗の体に殻の頭を持つ人型の魔物。

 と言っても鱗は映像の中の個体と違って一枚ずつが大型化し鎧のような形になって纏わりついており、両手にはそれぞれ同じ鱗で作られたと思われるヒーターシールドとブロードソード型の武器を握っている。


 「なんだ……お前は……」

 明らかに不愉快だと分かる声を上げるアマキ。

 まあ、無理もないだろう。よく分からない女が突然出てきて弟に――それも耳障りな事ばかり並べたてる弟に加勢するのだから。

 「気にしないでくれ。別に君たちの喧嘩に口出ししようって訳じゃない。他所の家庭の話に首突っこむ趣味もないしね」

 そう言いながら、意識は盾をこちらに向ける魔物の剣士に向けておく。体の中央に盾を持ってくるその姿勢は、勿論盾からはみ出ているはずの頭や、膝から先すらも隙無くカバーしているように思えてくる。


 「なら邪魔を――」

 「趣味はないけど」

 趣味はないけど、先程見せてもらった遮りあいは真似させてもらう。

 「この少年は私の大事なパートナーでね。それに危害を加えるようなら、私の事情で手出しさせてもらうよ」

 魔物の剣士が盾越しに切っ先をこちらに向けてくる。

 言葉を発するのを見たことがないが、少なくとも人語は解するようだ。私の発言の意味を即座に自分との敵対宣言であると判断している。


 「ふうん……」

 不機嫌さがより一層増したアマキの声。

 しかしそれ以降が続かない。優秀な部下は、最後まで言われる前に既に動いている。

 「……ッ」

 盾を構え、それを体に密着させるようにしてこちらに前進する。

 「メリルさん……!?」

 「大丈夫だ」

 振り返らずに答えながら八相に構えてこちらも一歩前へ。

 首を引っ込めた亀のように、盾の向こうで殻の隙間から赤い光がこちらを伺っている。


 そこから互いに更に半歩。

 リーチは僅かに私の方がある=私の方が先に自分の間合いに入る。

 「ッ!」

 そこに差し掛かったところで一歩踏み込み、同時に真正面に振り下ろした。

 ガツンという衝撃。頭をかち割りにいった斬撃は、奴が日よけのようにかざした盾の中央で受け止められている。


 「くうっ!」

 その盾を振り払うような動作と同時に繰り出される右の刺突。危うく刀から右手を離して半身になり躱す。

 しかしそれで反撃は止まらない。

 回避動作で崩れた態勢を逃さず、突きを放った剣を引き戻して、今度は盾が横殴りに襲い掛かってくるのが視界の隅に映った。

 「ぐっ!?」

 ぎりぎりで体勢を戻すのが間に合った。

 盾の一撃にあえて逆らわず、その殴ってきた動作に合わせて後ろに飛ぶと、その直前まで頭のあった場所を奴の剣が通り過ぎていく。

 恐らく盾で殴りつけることで体勢を崩し、そのまま一刀のもとに斬り伏せるつもりだったのだろう。


 「ちぃっ……」

 受け流しきれなかった盾の衝撃が体に残っているが、だからと言って動きを止める訳にはいかない。

 すっ飛んで受け身をとり、すぐに立ち上がって再度正対する。

 今度は八相ではなく平正眼に近い中段へ。切っ先をこちらに向けられた殻の隙間の発光に向けると、追撃しようとした奴の動きが止まる。

 ――流石に馬鹿ではないか。


 「よし……」

 小さく口の中で漏らす。

 馬鹿でないなら、次で仕留められる。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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