ロストール6
ラチェの森に転がっていた棺と、ロストールの廃墟のそれとが同じもの。まさか偶然という事はない。
あの森もロストールの遺跡だったと言われているのだ。まず間違いない。
となると、あの鱗や殻で守られたゾンビのような魔物もロストールが開発した代物なのだろうか。
「あっ!?」
「どうした?」
その考えは棺の発見者が発した声に中断された。
彼の方を見る。彼の眼は自身が見つけた棺の中の文字から離れて、部屋の奥を見ている。
それを追いかけて初めて、映像では一人通り抜けるのがやっとの扉の跡しかなかった壁が、その大部分において崩れているのを知った。
だが、それは今そこまで重要ではないだろう。スイの見ている、声を上げた原因に比べれば。
「ほう……」
その壁のあった場所の更に奥。本来なら扉があったのだろう場所の直線状に立っている一人の男。
左右にジェレミアと同じようなローブを纏い、フードで顔を覆い隠した者を二人従え、複雑な紋章の入った胸当てと、その上からローブを羽織ったその人物の手には、スイのそれとは少し違うデザインの杖が握られている。
「兄さん……」
その人物に対して、発見してから一瞬遅れてスイが発したのはその言葉だけだった。
兄さん=アマキ。
過去の映像の中と何も変わらない、長身で思慮部下そうな――そしてどこか神経質そうな――若い男。
「お前がここに来るとはな……てっきり――」
そこまで言いかけてちらりと私の方に目を向ける。
「お初にお目にかかる……でいいのかな?」
「ええ。それで結構」
やり取りはそれだけ。再び弟に目を向ける兄。
「兄さん。もう帰りましょう!」
「……」
返事はない。ただそれが、その言葉が届いているという事を意味しないのは彼の表情を見れば一目瞭然だった。
「兄さんならまだやり直せます!だから術官院へ――」
「そんな事を言いに来たのか?お前は」
弟の説得を遮って吐き捨てる兄。
「……出来の悪い弟だと思ってはいたが、ただの走狗になり果てたか」
「……ここに来たのは、僕自身の意思です」
その言葉に、アマキは一瞬だけ目を見開いた。
さも意外であったかのように。そしてその表情はすぐに元の神経質そうな――そしてどことなく目の前の相手を馬鹿にしたような――表情に戻る。
「自分の意思……だと?」
「ええ。お願いします兄さん。僕と一緒に帰ってください。それなら――」
「クッ……ククッ、クハハハハッ!!」
芝居臭い笑い方。
だが恐らくそういう感想を持たれる事さえ織り込み済みなのだろう。それぐらい、笑い終えてから弟を見る目は軽蔑に満ちていた。
「自分の意思?自分の意思でここに来た?アッハハハハ!!そうかそうか、つまりお前は――」
彼が弟の顔をしっかりと見たのは、これが最初だった。
「自らあの無能共に従っているという事か」
頭の出来で言えば順当かな――そんな一言を付け加え、それからまた少し笑った。
「無能……ですか」
「ああ。そうとも。お前だって、本当は分かっているだろう?」
そこで初めて笑いが消える。
だが恐らくそれは、真面目に話をしようという態度ではない。
ただ、恨みを抱いた相手の話をする時に笑顔はいらないという理由だけだろう――声の様子と表情からそう直感する。
「くだらない術官院の年寄り共。親父もお袋もあんなものを有難がっていたがね、あんなもの俺に言わせれば死にかけの耄碌ジジイどもに多少立派な肩書をつけただけに過ぎんさ」
高等術官は魔術に優劣をつける――スイに聞いた言葉だった。
当然だが、何かに格付けをする時というのは何らかの立場のある人間=それ相応の肩書を持った人間でなければ説得力が生まれない。権威主義的に思えるかもしれないが、素人や部外者を納得させるのには肩書はほぼ必須だ。
「あんな連中に何ができる?面子としきたりだけが大事で、肝心の研究は低レベルな事ばかり。はっきり言うと、あんな爺共がデカい面をしていられるようでは、ファスの魔術に未来はない。俺はあんな斜陽の国で、時代を理解できない死にぞこないのご機嫌を取って生きる気にはなれないのさ」
中々の物言いだ。
成程彼が優秀だったというのもなんとなく分かる気がする。少なくともそう言われるだけの実力がなければ、こんな風に古巣をこき下ろすことなど出来まい――すっぱい葡萄ではない場合は、だが。
「……」
そこまで一気呵成に並べたてた兄に対し、弟はじっと黙ってその話を聞いていた。
「……フッ」
その沈黙を破ったのは弟=スイの方だった。
「なら兄さん。一つ教えてください」
「なんだ?」
そこから発せられた言葉に私は思わず手を叩いた。
そして改めて実感する――中々どうしてこの少年、やるときはやるのだ。
「そんな低レベルな組織なら、どうしてそこから逃げるような真似をしたのですか?」
「なに?」
「もし本当に術官院が兄さんの言うとおりの低レベルでどうしようもない連中なら、どうして兄さんのような人間が人の上に立てないのです」
パンパンと叩いているのが己の手であることに気が付いたのは、既にその音が響き渡った後だった。
じろり、とアマキの不快感を隠そうとしない目がこちらを見るが、今は無関係のため手を出したりはしない。
そして彼も、この見慣れぬ第三者を無視することに決めたようだ。
「……分からないか?権力にしがみついた老人というものは哀れなほどにその地位にこだわるものさ」
その一言に、今までと違う様子はない。
「お前のような走狗には分からないだろうがね」
そう付け足しておくのも忘れない。
だがその走狗は、それには反応を示さず更に言葉を続けた。
「兄さん……もう止めましょう――」
その次の言葉を、私は――そして言われた張本人であるこの目の前の男も――きっと一生忘れないだろう。
「――そうやって、誰かのせいにして自分だけ被害者になるのは」
思わず吹き出す私。
そちらをじろりと睨みつけてから、同じぐらいの鋭さの眼で弟を睨みつける兄。
「……どういう意味だ?」
「僕だって、今の術官院が一切の文句のない理想的な環境とは言いません。魔術の種類で人間をランク付けする今のやり方は、はっきり言って嫌いです。僕は知っての通り魔術薬学ぐらいしか得意なことがないから、そんな思いは兄さんより多くしています」
そこまで言ってから一息。
兄はまだ沈黙を守っている――言ってみろ、聞いてやるという意思表示。
「でも術官院には、優秀な人が山ほどいます。現状があっていて、その中で力を発揮している人もいます」
「それで?何が言いたい?」
「兄さんはどうして術官院を離れたのですか?」
何を考えている――弟の真意を読みかねている兄は、しかし困惑気味にではあるがその問いに答えた。
「言っているだろう。どいつもこいつも、何も理解せず受け入れない、目の前の若造に、後輩に、自分が劣っていると認めたくない。そんな事しか頭にない連中などと一緒にはやっていけない」
その説明をスイは黙って聞いていた。
そしてそれから次の言葉を発したのだった。
「つまり、自分よりも出来る人間を認めたくなかった」
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




