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ロストール4☆

 崖を下りるのは訳なかった。

 しかしその僅かな時間で、ゲイルが連れていた冒険者たちは俺たちを囲むように近づいてきていた。


 「やあ久しぶりだな。ラットスロンの英雄」

 降りてきた俺に改めてそう言葉をかけてくるゲイル。

 その言葉に周囲が反応する。

 「ラットスロンの……」

 「こいつが……」

 ひそひそと囁きあっている声の中で、何とか部分的に聞き取れる一部の声。その多くは驚きだった。


 正直、悪い気はしない。

 しかしそうしている間にもフレイの方に目をやったゲイルが小さく肩を竦めていた。


 「安心しろ。もうお前たちを連れ戻そうなんて考えてはいない」

 どうやら妹の言葉を信じても、まだ目の前の男を完全に信用するには至っていないようだった。

 まあ無理もない。実際、二人を力ずくでも連れ戻そうとしたのは他ならぬゲイルなのだから。

 そしてその事を自覚しているのだろう、彼は敵意がないことを示すように掌を彼女たちの方へ向けて言葉を続けた。


 「団長からも、お前たちに構う必要はないと指示が出ている」

 「父さ……団長から……?」

 続き柄を思わず出してしまいながら尋ね返すフレイ。

 その怪訝そうな声に説得するような様子でゲイルが返す。

 「正直なところ、俺もあの方の決定全てが正しいなんて思っていない。だが、全権を委任した者が連れ戻せないとしたのをひっくり返そうとしないのは、間違った判断ではないと思うがね」


 全権を委任された者。この状況でそれが当てはまりそうなのは一人しかいない。

 そしてその一人は更にその続きを話してくれるようだ。


 「あの方はお前たち姉妹を連れ戻すよう俺に伝え、そして俺はその問題について全権を委任されていた。その俺がお前たち姉妹を連れ帰るために決闘をして、そして敗れたのだ。全権を受けた者がそれ以上の手を採れないのなら、それ以上は何も言わないという事さ」

 そしてそこまで話すと、今度は俺の方に目を向ける。


 直感:ここからが本題だ。


 その読みはすぐに当たることになった。

 彼は真っすぐ俺を見ながら、体ごとこちらに向き直った。

 「だがそれでは、全権を任された俺としては役目を果たせていない――」

 その発言の意味を推測する。

 そのうえでとるべき行動=実際に取った行動=ラットスロンの柄に手を伸ばす。

 同時に奴の背後で俺の行動に驚いている連中に視線を走らせる。

 数は多い。全員を相手にするのは難しい。だが、完全に包囲されている訳ではない。

 安全確認が出来ていないという不安はあるものの、最悪の場合連中の進行方向には逃げることが出来る。


 だが、その備えとシミュレーションは無駄に終わった。


 「そこでだ、どうだ?俺と組んではくれないかな?」

 「……え?」

 間抜けな声を漏らしたのが俺だという事に気が付くまでに少し間を開ける必要があった。

 俺と組んでくれ――聞き間違いではない。彼は今確かにそう言った。


 「組む……俺たちと?」

 「ああ。そうだ」

 尋ね返せば返ってくるのは肯定の頷き。

 「今回の一件、うちの団長がどこかのお大尽から持ってきた仕事らしくてな。この通りそれなりに力を入れた案件となった。で、俺としては姉妹奪還の失敗の分の名誉挽回をさせてほしい訳だ。今回名乗りを上げたのもそれが理由だ。で、そこでだ――」

 「俺たちに協力しろ……と?」

 「ものは受け取りようだよ。そっちにしても、それなりの規模でのバックアップを受けられた方が都合いいんじゃないかな?俺たちは既に城までの道を調べてあるし、別のパーティーだが先遣隊と合流することになっている。そいつらも腕は折り紙付きだが、そこにあんたらが加われば鬼に金棒って訳だ」

 そこで一旦言葉を切って俺の反応をうかがっているが、すぐに追い打ちが必要と判断したようだった――賢明な判断だ。


 「勿論、報酬はあんたらと山分け……というより、あんたらが見つけたものに関してはあんたらが自分のものにしてくれて構わない。俺たちに与えられた任務はメリガル城が実在したのかどうかの調査と、そこで行われていた実験に関しての実地調査でね」

 「つまり賢者の石は欲しくない」

 「欲しくない訳じゃないが、是が非でも手に入れるというつもりもない。雇い主はそれでいいと言っているし、何より俺が手に入れたところで役に立たないだろう。あれは神器の中の神器と呼ばれるような存在だ」


 お前なら使いこなせるだろうがね――そう一言付け加えて、奴は少し声を落とした。

 「実のところ、俺が興味あるのはここでの名誉挽回の機会でね。団長の覚えを良くしておきたいのが第一だ。どうだろう?悪い話ではないだろう?」

 それが彼の持ち掛けてきた話だった。

 どうするべきか――その迷いの最中に首を突っ込んだのはセレネだ。

 「先遣隊がいるって本当?その人達はどこに向かっているか知っているの?」

 「勿論だ。俺たちは船で川を遡上してここまで来たが、先遣隊は元々存在する陸路で先に入っている。使い魔を飛ばして向こうのパーティーの魔術師ともやり取りしているが、今のところ向こうは順調に進んでいるようだ」


 そこまで言ってから、奴の口元に僅かに不敵な笑みが浮かんだのを俺は見逃さなかった。

 そして奴も、自分がそういう表情をしているという事、そしてその事を目の前の相手に発見されたことについては気が付いているようだ。

 「その先遣隊というのがな、あのドラゴン殺しのアベル達だ。アーミラを拠点にしているお前たちなら、名前は知っているだろう?」

 ドラゴン殺しのアベル。


 その名前と新しい二つ名を聞いた時、俺の中にあった一度撤退するという考えは霧消した。

そう。撤退はしない。

 アベル達に先んじたい。アベル達を上回りたい。

 自分の中にあるその思いが吹き出してくる。

 今後の方針は決まった。目の前の男は自分が特に理由もなく漏らした名前がどれほど俺に取って重要な意味を持つのか理解していないようだが。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日は短め

続きは明日に

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