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冒険者たち5☆

 その言葉に背中を押されるように山道を進む。


 まずは三本松を目指してみる。その名の通り三本の松が並んで立っているその高台は、ここから少し歩いたところにある低い丘の頂上だ。

 こちら側とは反対の麓には藪が広がっていて、その向こうに茂っている雑木林の中に古い聖堂の跡地があったはずだが、その中に入られてしまうと今からの探索は困難だろうということは、だいぶ長く伸びている自分の影がしっかり示している。


 夜に雑木林に突っ込むのは自殺行為だ。

 それも魔物が増え、複数の冒険者を雇っての退治の依頼が行われるような場所ではなおさら。確かにこの辺りの魔物は――先程の二人が言っていたように――退治されたとはいえ、完全に根絶やしにされたとは限らない。


 「どこだ?」

 辺りを見回し、時には声を上げて探すが、自分の山彦以外に返ってくるものはない。

 その山彦歩きに返事が返ってきたのは遂に問題の三本松にまでたどり着き、ここでダメなら引き返すしかないとなった時だった。


 「誰かいないのか!?」

 「ここ……誰か……」

 不明瞭だが、しかし確かに俺以外の声。

 「誰だ!?どこに――」

 言いかけてすぐに、その必要を失った言葉を飲み込む。

 同時に腰のものを引き抜いて丘を駆け下りていく――藪の方向に向かって。


 「ギィィィィッ!!」

 呼びかけとは無関係に発せられた声=人間のそれではない。

 「うおおお!!」

 咆哮に応えるように叫びながら、その発生源に突撃する。


 声の主=石でできた体を持つ魔物、ガーゴイル。


 絵にかいたような悪魔の姿をした石像は、本来体と同様に石製であるはずの目を赤に光らせ、乱入してくる人間=俺を追い払うように再度濁った叫び声をあげる。


 だが、それで止まる訳にはいかない。


 俺は丘を駆け下りる勢いそのままに奴の懐に飛び込むと、広げた翼で人の身長ぐらいの高さに滞空している奴の足に斬りつける。

 「ギィィッ!」

 ふわんと浮かび上がったガーゴイル。剣はすんでのところで空を切り、俺はそれを理解すると同時に構えなおして切っ先を奴に向ける。


 「あ、あなたは……ッ」

 「話は後だ!」

 背後の声に振り返らずに答えながら。

 「ギィィ!!」

 そのやり取りを合図にしたかのように、ガーゴイルが耳障りな声を上げて飛び掛かってくる。

 折角の獲物を横取りする邪魔者をどかすように、横なぎに鋭い爪が襲い掛かる。

 ――遅い。剣を抜いた俺には決して一般に遅い動作には含まれないだろうそれも、しっかり見てから対処できるスピードだ。


 「はぁっ!!」

 大きく一歩跳び下がりながらその爪の根本、人の足ぐらいありそうな太さの手首に振り下ろす。

 「ギッ!?」

 確かな手応え。奴の動きが一瞬止まる。

 ――そして奴が慌てて斬られた腕を引き上げるのより速く、俺は奴の懐に再度飛び込んでいる。


 「おおあっ!!」

 突撃のためか先程より低い高度にいたのが、奴にとっては不運だった。

 蛍光灯のように光る赤の目。向かって左側のそれにラットスロンの切っ先を抉り込んだ。


 「ギィィィィィィィッ!!」

 再び確かな手応え。

 固い土をスコップでほじくるように剣を抜くと、腰から真っ二つに折れてしまうのではないかと思うほどに大きくのけぞったガーゴイルが、そののけぞりの推力になったのではないかと思うほどの絶叫を上げる。


 再び奴が高度を上げる。先程までのようなふわりという軽い動きではない。翼の推力の限りをもって無理矢理体を動かすように距離を取ると、バサバサとやかましく翼を動かして雑木林の方に飛び去って行く。


 「ふう……」

 その姿を見送りながら剣を収め、ため息を一つ。

 すぐには動けないだろうが、とどめを刺してはいない。


 だが、今はそれで十分だ。追いかける必要はない。

 「これでひとまずは大丈夫……」

 襲われていた、恐らくははぐれた冒険者の方を振り返る。


 そう、大丈夫だ。これで帰れる。

 襲ってきたガーゴイルはもういない。

 ――そう無意識に思っていた俺はしかし、すぐに現状を理解した。


 「あ、ありがとうございます……」

 先程背後から声をかけてきた――そして恐らく最初に呼び声に応えた――人物が言った。


 女性だった。

 いや、もっと正確に言えば俺と同い年か、一つか二つ下ぐらいの女の子だった。

 透き通るような色白の肌に、肩の辺りで一本結びにした癖のない金髪。切れ長のブルーの目はしかし、俺と自分の背後を不安げに往復している。


 そしてその不安の素は、彼女が体に隠すようにしていた――おそらくは先程のガーゴイルから、そして多分俺からも。


 「そっちは……ッ!?」

 横たわっていたそれ=彼女よりもう少し幼い少女。

 仰向けに寝かされ、目は閉じられていた。

 金髪の少女よりも褐色に近い肌からはしかし血の気が抜けて、わずかに開かれた口からのぞく白い歯は自然に上下が離れている。

 その隙間から漏れているわずかな呼吸は、それとは不釣り合いなほど大きく上下している控えめな胸からやっとの思いで吐き出されているのだろうということはすぐに分かった――その胸の下、顔から引いていた血の気がすべて出てしまったのかというような大規模な出血で。


 「これは……」

 革製の簡素な胸当ての他は冒険者御用達の丈夫な繊維で織られた旅装だが、肌の露出を避けるその上からでも分かるほどに赤黒い血だまりが広がってしまっている。

 「はぐれて彷徨っている時に、先程の魔物が……」

 泣き出しそうな、というよりすでに震えている金髪の少女の声。


 「落ち着け、落ち着け。大丈夫――」

 倒れている少女を見下ろしながら発したその言葉は、可能なら360°に叫びたかった――その中心にいる俺自身も含めて。


 「どうしよう……セレネ……」

 こみあげてくるものを何とか飲み込んだ金髪の少女の声。セレネというのが倒れている少女の名前だろうか。


 その間およそ数秒。時間にすればそこまで長くはないだろうが、先程発した言葉が自分の中で効果を発揮するのにかかった時間としては地球誕生から現在までよりも長く感じた。


 「大丈夫。大丈夫だ。待っていろ」

 こちらに転移することになったあの日以来持ち歩いている寺でもらったお守りに目を落とし、お経のように口の中で唱えながら道具袋をぶちまける。

 薬草の山をかき分け、口紅のような小さな容器をひったくると、引きちぎるようにしてその蓋を投げ捨てる。

 中から現れたのは透き通るような青いピル。


 「ほら……、これで……」

 ラグビーボールを小さくしたような形のそのピルを倒れている少女の口に押し込む。

 ――或いはこれができたのも、剣の力なのかもしれなかった。預かったアイテムを道具袋に入れる一瞬のうちに見た、貴重品と呼ぶべきこの強力な薬品の特徴的な容器の存在を覚えていたのは。


 「エリクシールジェム……」

 横で見ていた金髪の少女がぼそりと漏らした単語が、このピルの名前だ。

 かつて、賢者の石と呼ばれる神器を再現しようとしたある高名な魔術師が研究を重ねた末にその製法を生み出したとされる霊薬。

 生産量は少なく、また非常にコストがかかることから中々一介の冒険者が手にする機会はないものの、その効果は非常に強力だ。


 「……ぅ」

 「セレネ!?セレネ!聞こえる!?」

 今にも死にそうだった少女を蘇らせるぐらいには。


 「お姉……ちゃん?」

 薄っすらと目を開き、髪の色と同じ灰色の瞳がぼんやりと金髪の少女を見上げている。

 その瞳が俺に移ったのに気づいたのは、俺よりも金髪の少女のほうが早かった。


 「この方が助けてくださったのよ!ああ、セレネ……よかった……」

 「あなたが……」

 既に痛みもないのか、むくりと上体を起こすセレネと呼ばれた少女。必然的にのぞき込んでいた俺と顔が近づく。

 本当に血が繋がっているのか疑わしいほどに姉とは異なる容姿――だが、こちらもやはり可愛らしい少女だった。


 「あり……がとう」

 その少女が間近でそう言うのだ。

 「あ、ああ。いや……」

 こんなリアクションしかできなくてもおかしいことではあるまい。

 「私からも、なんとお礼を申し上げていいか……」

 姉の方もそういって地面に伏せるほどに頭を下げる。

 ――こちらに来てからは無論のこと、日本にいた時だってこんなに感謝されたことはなかった。


 「あ、う、うん。と、とにかくすぐにここを離れよう。もうじき日も暮れる」

 だから、こんな言い方になってしまったのは多分に照れ隠しだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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