ロストール2☆
三人で顔を見合わせる。
間違いなく全員同じものを見ている。
「……」
無言のまま足音を殺して、奴の横切った穴の両端に駆け寄ると、そっと穴の向こうを覗き込む。
向こう側はどうやらここと同様に壁だけが残り、天井がなくなっているようだ。
こちらよりいくらか狭くなっていて、棺のようなものも置かれていないその空間に、今しがた見えた相手がぼうっと立っている。
改めて見るその姿――人に見えるのは、ただ二本の足と二本の腕があるという点だけだった。
胴体部分は鎧のように鱗が体を覆っている。鎧のようにとはいえ、それは上から着こんでいるのではなく、皮膚の一部がそのように変化したようにしか見えない。
その体の上に載っている頭部は、まるで木の実のような殻に覆われていて、中の頭がどうなっているのか――或いはその大きく歪な姿をしたそれが頭なのかは、ここからうかがい知ることはできない。
その異常な体に纏わりつく黄色い靄のようなものは、茹ったように体から立ち昇っている。
明らかに普通の人間ではなく、そして人型のモンスターとしても初めてみるタイプだ。
「……」
フレイと目を合わせる。
見慣れないが、モンスターであることは間違いない。
先頭に立って一歩穴をくぐる。
奴がこちらに気づいていないのを確認してさらに一歩。その時、足元から甲高くパキンと音が鳴った。
「!!」
それが転がっていた枯れ枝を踏み折った時の音だという事に気が付くのと同時に、その異音に感づいた目の前のモンスターが振り返る。
「くっ!!」
それと同時にこちらを敵と認識したモンスターの、その短刀のような爪が振りかざされるのに合わせて剣を抜き、振り下ろされる腕に斬りつけつつすっ飛んでかわす。
「「ショーマ!」」
「大丈夫だ!」
答えながらしかし、手に返ってきた感触と、目の前の相手とを交互に確かめる。
斬りつけられた際の衝撃は受けているようだが、奴に傷を負った様子はない。
そして確かに奴を斬ったような手応えはなかった。代わりに伝わってきたのは、硬いものに叩きつけた時のような衝撃だけ。
改めて奴を見る。斬りつけた腕には体と同様の鱗のようなものが生えている。
成程、鎧だ。
「ギイィィ!」
奴の金属音のような咆哮。
「ハアッ!!」
それを挙げながら突進してくる奴の股間を切り上げる。
ここは鱗にはなっていない。どうしても関節部分は固めることが出来ない。
「ギッ!?」
叫び声と、それに運動エネルギーが全て使用されたかのように中途半端なところで停止する奴の体。
その背後に回り込んで首に一撃を叩き込む。
「くっ!こっちもか!?」
返ってきた手応え=最初の一撃と同じ硬さ。
どうやら首は多少の動きを犠牲にしてでも守っているらしい。
弾き返された刃を引き上げ、振り向いた奴の喉を狙って突きを入れる。
振り向けるというだけあって、流石に全てがうろこで覆われている訳ではない。胸の辺りから上に向かって生えている鱗の上を超えるようにして突き刺すと、今度は柔らかく沈み込む手応えが返ってくる。
「よし!」
だがそれでもまだ奴は動く。
自分の喉を貫いた代物を嫌うように身を引き、その勢いで一気に引き抜きにかかる。
なら更に追撃を――その思いを中断して後ろに飛び下がらせたのは、すぐ横=ついさっきまで立っていた入り口の辺りから聞こえてきた詠唱によってだった。
「雷よ、その光破邪の刃となり、我に迫りし敵を討て!」
紫電が迸り、目の前の相手が青白い閃光に包まれる。
「ガ、ガ……」
その光の中から現れたのは、全身を炭にされながらもまだ動く敵の姿だった。
「はああっ!!」
だが、流石にもう抗う力は残されていないようだ。
ただ転ばないように頼りなくよろめく足、目の前の敵に掴みかからんとするというよりも倒れないように何かの支えを求めるような手。
殻のようなもので覆われていた頭部は電撃を受けた向かって右側が吹き飛んで本来の――と言っても中は既に腐乱していたが――頭の右半分を露出させており、体中を覆う鱗もそのほとんどが焼け落ち、或いは炭化してボロボロと破片を落としていた。
その半壊と呼ぶのが相応しい相手の右側から横一文字に斬撃を加えると、それまでの固さが嘘のように刃が通り抜けていった。
「ガ……」
小さく声を上げ、糸の切れたマリオネットのように奴が崩れ落ちる。
その瞬間、それまで纏っていた黄色い気体がふわりと奴の体を離れて霧消していった。
バスティオの収容所で召喚術師が使役していたウィル・オ・ウィスプに似ているが、あれとは異なり体を乗り捨ててこちらに向かってくる様子はない。
「やった……?」
その姿に思わず漏らした声も疑問形になる。
「そのようですね……」
フレイがそう言ってこちらに出てくるが、彼女もやはり自信がないようだ。
「ウィル・オ・ウィスプとは違うようです。既に気配はありません」
しかし、どうやら俺の疑問が杞憂であることは分かったようだった。
だがそれが、次の問題を生み出す。
「一体、こいつは……」
見下ろしながら言葉を漏らす。
それに最初にリアクションを返してくれたのはセレネだった。
「……こいつ、消えないね」
「そうだな……」
こいつは他のモンスターと異なる存在なのだろうか。普通なら倒した時点で消えてしまうはずの肉体は、未だに倒れたまま動かない。
他のモンスターと同様に消えたのはあのウィル・オ・ウィスプのようなガス状物質だけだ。
それにしても、風に乗って霧散したと言えなくもない。
咄嗟に生まれる仮説:死んでいない?
「ッ!」
仮説の真偽は直ちに実証した。
倒れた奴に剣を突き立てるが、特に反応はない。
「完全に死んでいるのか?」
「みたいだよ。嫌な気配もしないし」
俺のそれを真似るように杖の先端で頭の辺りをつついていたセレネがそう答える。
「だとすると、一体何者なのでしょう?」
「モンスターだとは思うけどね」
剣を抜きながらフレイの声に答える。
確かに普通のモンスターではない。だが、かといって普通の人間にも到底思えない。
「……あの、ショーマ」
「え?」
この謎の敵に黙り込んでいた俺たちだったが、その沈黙を唐突に破ったのはフレイだった。
彼女の方を振り向くと、申し訳ないような、或いは不安がるようにブルーの瞳がこちらに向けられていた。
「一度引き返しませんか?」
目は口程に物を言う――その言葉を説明するような遠慮気味の声で、彼女はそう提案した。
「この魔物の正体が分からない以上、このまま進むのはリスクが大きすぎます。それにこの魔物、今まで戦った相手より格段に強力です」
全く同意見だった。
雑魚モンスターなら一撃のもとに下してきたラットスロン。その刃を受けても簡単には倒れず、鎧のような鱗によって守られた体は簡単には刃を通さない。
そしてまた、こちらも大抵のモンスターを消し炭に変えてきたフレイの電撃も、この魔物相手では精々半壊にするに留まった。
結果から見ればそれは十分なダメージではあった。奴の戦闘能力はほぼ消失していたし、その体を覆っている鱗や頭の殻も破壊出来た。
しかしそれで相手にとどめを刺せたわけではない。何より電撃を叩き込む以前に俺の攻撃を何度か加えてようやくそれだったのだ。
もし全快状態のこいつに電撃を浴びせたとして同じだけのダメージを与えられただろうか。或いは俺の剣だけで倒すのにはどれだけの攻撃を加える必要があっただろうか。
そう考えれば、ここでいったん引き返すという選択肢は十分にあり得る判断だ。
だが、それに待ったをかける頭の中の何かが、それを首肯することを嫌っている。
「そうだな……」
その結果口をついたのは、どっちつかずのイントネーションなその一言だけ。
一体何を俺は嫌がっているのか、何を恐れているのか、自分でも分からない何かが、合理的なはずの提案を蹴ろうとしている。
「……待て」
「え?」
その何だか分からない感情への答えを出すのを止めたものの方に目を向ける――即ち部屋の奥=崩れ落ちて崖になっている、その崖の下に。
俺のそれを見て姉妹も後に続き、そして顔を見合わせた。
聞き間違いではない。ここからでは見えないが、崖の下に何者かがいる。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に




