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ロストール1☆

 「それじゃ、頑張れよ」

 「本当にありがとう。あなたたちは恩人だよ」

 デンケ族のみんなに――と言ってもここに残っている人たちだけだが――送り出され、俺たちは地下道に戻り奥へと進んでいく。

 ジェレミアさんの話によれば、この道はラチェを通り、かつてのロストールの都に通じているという。


 「なんか暗いね」

 背後からセレネの声。

 「……そうだな」

 振り返って応じるが、彼女の顔すら良く見えない程にはその言葉通りだ。

 山小屋のあった辺りから奥には進むにつれて照明は少なくなってきて、通り過ぎた光と、これから向かう光の間ではほとんど自分の体すらまともに見えない程だ。

 幸い足元には段差等はなく、それまで同様平坦な道が続いているため転ぶ心配はないが、それでも真っ暗な中を突き進むというのは勇気がいる。


 「暗いな……」

 自分でも改めて呟くが、その声すら闇の中に消えていくような気さえしてくる。

 まるで宇宙の中を歩いているような、上下や左右の感覚がなくなってくるような闇。杖でもあれば少なくとも足の裏以外に地面を感じることが出来るのだが。

 「……」

 無意識に手を伸ばして壁を探し、指先の触れたそれに近づいて掌全体を押し付け、それによって支えられるようにして先に進む。

 道は相変わらず平坦で段差も障害物もないようだが、それでもそれがないと先に進めないような気がしてしまう。自分が確かに現実の空間にいて、ただそこに光がないだけだと認識できなければ。


 「あっ!光!」

 そんな状態だったのだから、フレイが見つけたそれに声を上げた時には同じような弾んだ声を出しそうになった。

 暗闇の先、今までのような照明の明るさではなく、天井から差し込む光が、いくつも帯のようになってこの地下道に差し込んでいた。

 自然と足が早まる。足元も良く見えない状況では危険であることは分かっているが、それでも一刻も早くあちらへ、光のある所へ行きたかった。


 三つの足音が足早に響く。どうやら全員同じ考えだったらしい。


 「ここは……?」

 「分岐?」

 飛び出した光の差し込む道が、これまで進んできた道の突き当りになっている事、そしてそこから左右に伸びているという事はその光の下に飛び出したことで初めて理解した。

 それまでの道より天井が高く、アーチ状のそれは所々崩れ落ちていて、そこが光の供給源になっている。

 恐らく元々何等かの用途、それも人が通る用途に使われていたのだろう。左右どちらを見ても、壁際に上へと続く階段が設けられていて、かつてはそこから光の下に出られたのだろうという事は、その階段の上にある崩落にしてはしっかりと直線が維持されている穴からなんとなく想像がついた。


 もっとも、今そこから出入りすることはできない。階段はどちらも途中で崩落し、その出入り口だったのだろう場所を周囲の穴と同じ用途に限定してしまっている。


 「どっちでしょう?」

 「うーん……」

 どちらを向いても同じような空間が続いている。

 今通ってきた道から見て右側の奥は壁で行き止まりになっているが、そこを登る階段が――ここからでもしっかりと上まで通じていると分かる形で――設けられている。

 対して左側には壁がなく、同じような道が更に奥まで続いている――はずだったのだろう。本来は。

 右側の行き止まりよりもいくらか近い距離。そこで天井の崩落はより本格化して通路を完全に塞ぎ、その状況が長い年月にわたってそのままだったのだろうという事を示すようにその瓦礫を木の根が複雑に包み込んでいる。


 しかし、幸運にもその崩落を回避したようなぎりぎりの位置に右側と同様に一番上まで達している階段が残っている。

 「……右だ」

 しばらく左右を見比べた俺がそう判断したのに大した理由があった訳ではない。強いて言えば既に大規模な崩落が起きている左側では上に登っても行き止まりになっている可能性が高いと考えたから――仮に詳しく理由を求められたら、直感で判断したという事を隠すためにそう説明しただろう。

 「あの階段ですね」

 「ああ。行ってみよう」

 だが実際にはそれを使う機会は訪れなかった。

 二人は俺の後に続いて右に曲がり、階段を目指して歩く。


 「ここ、昔は何だったんだろうね?」

 辺りをきょろきょろ見渡しながらのセレネの声。

 「さて、何かの施設だったことは間違いなさそうだけど……」

 答えながら俺も彼女のように辺りを見回す。

 高いアーチ状の天井は何となく実家の近くにあった商店街のアーケードを彷彿とさせるが、ここの左右の壁には商店はおろか部屋や脇に逸れる道などの類は一切存在せず、ただただ真っすぐの壁がアーチの根元まで伸びている。

 そしてその壁に張り付くように設けられた、所々で上に登る階段とその階段の先にある天井の更に上に出るための穴。

 何かの施設とは言ったものの、ただの地下道と言えばそうとも思える不思議な場所――それが俺の印象だった。


 結局答えはおろか有力な仮説すら出ずに、一番奥の階段にたどり着く。

 人一人がやっと通れるぐらいの広さしかない、やや急な角度のそれを登りきった先は、どうやら地上階のようだった――そして何かの施設という俺の見立ては間違っていなかったのだが、それでもここが何の施設なのかは分からない。

 本来はホールのような広い部屋だったのだろうが、今では壁という壁に蔦や植物が生い茂り、所々で崩れた壁から太い木の幹が部屋の中に伸びてきている――或いはそれが壁を崩したのかもしれないが。


 そして今ではそうして伸びた木々の広がった枝葉が、完全になくなった天井の代わりに俺たちの頭上に広がっていた。本来の天井の一部だと思われるものが、俺たちの足元にも転がっている。


 「これ……なんだろう?」

 この謎めいた空間に興味を抱いたのか、セレネが部屋の中に規則的に並んだ直方体に近づいていく。

 一人用のベッドぐらいありそうなそれは、どうやら石材と薄い金属でできているらしい箱型で、中に人間が入るぐらいのスペースがある。

 その多くは金属部分がひどく錆びついていて、元々何の目的で造られてここに置かれていたのかは分からないが、なんとなく棺を彷彿とさせるものだった。

 そしてそれが、それなり以上の広さを持つこの空間に、規則的に並べられている。

 ここはかつての墓地だったのだろうか?だがだとしたら、どうして墓地の地下にあんな地下道を設けているのだろうか?


 辺りを見回すと、どうやら本来はこのかなり広い空間でも、ここの全てではないようだ。

 ここに入った穴から見て左手側は土と石の山のようになって、その上に植物が生い茂り、向こうに何があるのかは分からなくなっているが、恐らく元々そこには壁がなくこの部屋と繋がっていたのだろうという事は、なんとなく周囲の構造で分かった。もしかしたら、地下道の崩落した部分の奥で繋がっていたのかもしれない。


 そしてそんな謎めいた空間の奥=今出てきた穴の反対側の壁には、人が余裕ですれ違えるぐらいの広さの切れ目が設けられている。その四角形のシルエットからして、恐らく人工的に作られた穴、即ち出入口だったのだろう。


 「!?」

 そしてその穴の向こうを、何者かの影が横切ったのは、左手側から正面に視線を移動したのとほぼ同時だった。

 「ショーマ」

 「ああ……」

 フレイの声に、彼女と同様その穴の方から目を離さず答える俺。

 その声もまた彼女のそれと同様に緊張が現れている。


 「……」

 それきり互いに声を立てず、俺はそっと腰のものを引き抜いた。

 奴が通りかかったのはほんの一瞬だった。だがその一瞬でもほぼ確信できることはある。

 今通った何者かは、二足歩行をしていたそれはしかし、間違いなく普通の人間ではない。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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