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生還、それから14

 「……はぁ」

 ため息が出る。

 嫌な予感程よく当たると言う。


 奴らはあの地下道を通ってロストールに向かった。

 そして――ここからが当たった予感なのだが――奴の行動原理は私の知っている姿から随分豹変してしまったようだ。

 いや、もしかしたらこれが本来の姿であって、今まで奴自身が気付いていなかったか、或いはそれに直面する機会がなかっただけかもしれない。


 嫌な予感はよく当たる。だが、この次の予感は外れてほしい。

 即ち、あのジェレミアという男=リュビ族を支援してこの町の混乱を煽っていた人物は何等かの意図を持って連中をロストールに行かせたがっている。

 どうしてか、この予感が当たっていることだけはあってはならないとさえ思えた。

 しかし同時に、そう思っているという事自体、予感が当たる条件=嫌な予感を満たしているという点に帰ってくる。


 ジェレミアは今や完全に連中を、正確に言えばその行動方針を決定している二階堂翔馬を操っている。奴の心を見抜き、確実に自らの欲するところに奴の心を誘導している。

 そして操られている者に共通の点として、二階堂翔馬は自身が都合よく操られているという事に気づいていない。


 「さて……」

 そこで思考を打ち切って足跡から周囲に視線を巡らせる。今更取り返しのつかないことに関して悩んでいても仕方がない――それに、奴があの男に操られているのは私の責任ではない。


 「さて、大体ここでのあなた方の行動は分かった」

 私たちから一通りの証言を取ったレオスがそう言って纏め、私たちは自分の仕事が終わったことを悟った。

 「ご協力感謝します」

 「いえ。……ああ、ところで」

 折角なので彼から聞き出せることを聞いておきたい。

 「連中の長につるんでいた男について、何か分かりましたか?」

 恐らく包み隠さずすべてを話してくれはしないだろう。彼らは衛兵だ。当然捜査の必要上黙っていることだってあるだろう。

 だが、彼の反応は良好なものだった。隠し立てする気はないのか、或いはそういう任務上のものよりも優先されるほど私は彼の信頼を勝ち取ったのかは不明だが。


 「あの男は割と素直でしてね、いくつかの“質問の仕方”を試したところ簡単に口を割ってくれたのですが……不思議とその支援者についてだけはしっかりと口をつぐんでいるのです。余程の恩義を感じているのか、或いは報復を恐れているのか」

 どちらもありそうな話だった。

 「それでもどうやら連中に協力していた人物……ジェレミアというそうですが、そいつが連中にしてやった支援というものの中身は概ね分かっています。食料と生活必需品各種。まあこれに関しては連中自身のうち町の外で活動していた者達の支援もあったのでしょうが、他にも武器や連中が使っていた古い地下道の番犬がわりの魔物まで用意していたそうです。それに我々すら把握していなかった外部に通じるその地下道、ロストール時代に造られた貯蔵庫だったらしいですがね。ここ自体、連中に教えたのはジェレミアという人物らしいのですがね」


 どうやらただの怪しげな老人という訳ではないようだ。

 そしてその話が奴に関しての情報と絡み合っていく。

 魔物を地下道の番犬として運用させていた――これはまず間違いなく、シェラと共にこの町に入った連中が戦ったあのミノタウロスのことだろう。

 不思議とナイフ程度しか武器のないシェラではなく、武装した冒険者たちを優先して狙うという行動に出たミノタウロス。頭にインプットされた情報は、あの牛男にそこまで複雑な思考をする能力はないといっている。確実に殺せる相手を、それも接敵時に分断して一人だけになったそいつに手を出さないという行動に出る程、本能というものは馬鹿ではない。


 それともう一つ、ラチェで目撃情報のあったジェレミア一行らしき人物と、ラチェの森にいたロストール製と思われる明らかに制御された魔物。

 魔物を制御する技術を持ったロストール、そのロストールの遺跡に冒険者たちを向かわせたい男、その男が支援し、地下道に配備した制御された魔物。


 ロストールの登場回数が多いのを偶然とするのには少し無理がある。


 「ジェレミアはロストールの関係者……」

 その仮定は半ば無意識的に口からこぼれていた。

 そしてその独り言のような呟きをレオスはしっかり聞き取っていた。

 「ロストールのジェレミアですか……まったく、おとぎ話だと思っていたのですがね」

 そしてその反応は、私の気を惹くのに十分だった。

 「おとぎ話……ですか?」

 「ああ、ご存じありませんか。おとぎ話……というより真偽の定かではない伝説のようなものですが――」

 意外そうな顔をして説明をしてくれるレオス。

 一度後ろのスイとライゴを一瞥する――こっち二人は恐らく知っているだろうという顔で。


 「その昔、ロストールにジェレミア伯爵という人物がいたそうです。切れ者の政治家ではありましたが、それ以上に魔術師、そして魔術の研究家として知られていました。とりわけ、神器の研究に熱を上げ、特に賢者の石には憑りつかれたような様子で、宮廷に自らのお抱え魔術師を何人も招聘してはその研究に明け暮れていたそうです」

 どうにも他人とは思えない。

 そしてその認識と却って嘘くさい程に一致する言葉が、レオスの口から続いた。


 「そしてここからがおとぎ話たる部分ですが……ジェレミア伯爵は遂に賢者の石を発見し、或いはそれを再現し、そして現代までどこかに生きている、とまあ、これが“不死卿”ジェレミアのおとぎ話です」

 胡散臭いことこの上ない。

 だが先程見た過去の映像は、胡散臭い人物が述べた賢者の石についての言葉を鮮明に脳裏に浮かび上がらせた――死者すらも蘇らせる力がある。


 死なせない事と蘇らせる事、どちらも言葉にすれば“不死”だろう。


 だがだとして、奴はどうしてあいつらをロストールに行かせたいのだろうか。ここの連中に与えていた警備用の魔物を――恐らくは――利用して、二階堂翔馬一行の実力を調べ上げて何がしたかったのだろうか。


 腰間のものに目を落とすと、日の光を受けて柄頭が鈍く光っていた。

 場合によっては、二階堂翔馬と同じかそれ以上にあの怪しげな老人を追跡する必要があるかもしれない。

 そして場合によっては、奴が本当に不死なのか確かめることになるかもしれない。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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