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冒険者たち4☆

 「ガゥゥゥ……」

 「はぁっ!!」

 低く唸りを上げて飛び掛かってくる獣人型のモンスター、ウェアウルフを俺はすれ違いざまに斬り捨てた。


 声もたてずに崩れ落ちるウェアウルフ。魔物に特有の紫色の体液が、撥水加工のようにまったく残らず落ちていく俺の得物=あの黒い刃。


 「よし、これで最後か」

 ほとんど意味はないが血振り一閃。全く重さを感じないそれを鞘に納める。

 「すげぇ……」

 「あのウェアウルフを一撃で……」

 同じく魔物討伐に参加していたほかの冒険者たちが口々にそう漏らすのが聞こえる。


 あの一件から俺の日常は確かに変わり始めた。

 この剣=ラットスロンを引き抜くと、俺は全身の重みも、あらゆる物理法則も無視したような動きが可能となる。


 もしそれだけならただ身軽になるだけだろう。だが実際はそうではない。

 あの日、舞い落ちる木の葉を造作もなく切ったように、俺は自分が意識した瞬間に、或いはそれすらも認識するよりも前に自然と体が動き、最適の動きをしている。


 これがこの剣の力、そしてそれを引き出す秘封破りの能力なのだろう。


 「これでこの辺りは片付きましたね」

 「あ、ああ」

 先輩冒険者たちの方を振り返ってそう確認する。

 本来なら俺のような最底辺の冒険者が参加することなどできない大規模な魔物退治の参加者である彼ら=それなりのランクの冒険者ですら、この剣を見たことはなかったようだった。


 「……戻りましょうか」

 「そ、そう……だな……」

 そんな彼らと言葉を交わしながら踵を返す。

 ――なんとなくだが、距離を感じながら。


 (やりづらいな……)

 その先輩方に前後を挟まれての帰り道、感じたのはその感覚だった。

 恐らく、今背中を向けている彼も、俺の背中を見ているもう一人も同じことを考えているのだろう。俺達には――勿論それを感じていないわけではないのだが――魔物退治を終えた高揚感を表に出すこともなく、ただ淡々と山道を歩き続けていた。


 微妙な距離感。

 まあ、無理もない――彼らにとっても、俺にとっても。

 昨日までの落ちこぼれの新人が、突然伝承でしか聞いたことのない剣を手に入れて、自分たちと肩を並べるどころか、それを上回るほどの戦果を挙げている。

 それが呼び起こす感情は中々一言では表せないし、簡単に折り合いがつくようなものでもないのだろう。


 そして俺の方も、それぐらいは分かっている。

 (パーティー結成は……無理だな)

 それがあの日アベル達のパーティーから解雇されて以降、ソロ活動を続けている理由だった。

 自分たちから解雇したのだから当然だが、連中の方も声をかけてくる様子もない。そしてまた他のパーティーも同様だ――言うまでもないが俺もまた。


 (まあ、いいさ)

 幸いこの剣と秘封破りの能力があれば一人でも依頼を受けることはできるだろう――これまでみたいな薬草集めのような類以外でも。

 案外一人の方が気楽でいいかもしれない――そんな風に自分に言い聞かせながら、下山ルートを進む。


 この調子ならギルド加入時に借用した供託金もすぐに払い終えるだろう――少しでもいい方に目を向けることにする。


 「……っと」

 前との距離が詰まってきたのは、早くこの居心地の悪い三人組――実態は個人三人の寄せ集め――を解散したいという思いが足に出たからだったのだろうか。

 そんな状態だったから、村の近くの開けた高台に出た時には思わずほっと一息ついたものだった。


 「うん?」

 「どうかしました?」

 先頭を行く先輩冒険者がその高台の端、俺たちが戻ってきたのとは反対の道から出てきた連中に視線を向けたのに倣うと、尋ねながらもその違和感に気づいた。


 現れたのは二人。

 今回の依頼は対象となる範囲が広いため複数の冒険者が共同でかかり、彼らの担当した方面には当初四人が向かったはずだ。


 つまり彼らの他に後二人。いるべき人間がいない。

 ――心の中に急速に嫌な予感が広がっていく。


 「あの、あと二人は?」

 或いはこれも剣の能力なのかもしれなかった。

 俺は気が付くとその二人に尋ねていた。


 「あ、ああ……」

 声をかけたその冒険者は、自分の認識が間違っていないか確認するようにもう一人の方と一度目を合わせ、それから自分たちが歩いてきた道を振り返って口を開いた。

 「途中まで一緒にいた。だが……あらかた退治した残りの魔物の追跡中に、三本松の辺りではぐれちまってな……」

 「俺たちも探しはしたが、結局見つからずだ」

 もう一人がそれに同意するように頷いて続ける。


 「それで?お前らだけ戻ってきたのか?」

 恐らく今いる中で一番年かさだろう、俺の後ろにいた冒険者が割り込んだ。

 「あ、いや、それは……」

 その声に非難めいたものを感じたのだろうか、俺が尋ねた方の冒険者が口ごもるが、すぐにそれを否定することはできないと考え直したようだった。


 「俺たちもアイテムに余裕がなくてな。残念だが……」

 その答えに、おそらく非難するつもりはなかったのだろう年かさの男が慌てた様子で答える。

 「いや、わかっている。それは仕方ないさ」

 そう。仕方ないことだ。

 ここは俺が薬草を探していたような安全な場所ではない。

 装備やアイテムの状態に不安があればすぐに戻るのは何も間違った判断ではない。

 ――それは、俺もわかっている。


 「……なら」

 「ん?」

 だが、それなら余裕がある人間が行くのは間違いではない。


 「俺が探しに行きます」

 俺はそういって、二人の横をすり抜ける。

 「おっ、おいおい!無茶言うなよ」

 「俺はまだ薬草にも余裕がありますし、体力も残っています」

 「だがお前一人じゃ……」

 引き留めてくれる二人の後ろから、先程までの先頭が声を上げる。

 「……本気か?」

 じっとこちらを見る視線は、ごまかしを許さないという鋭さがあった。


 その目を真正面から見返す。

 「本気です」

 それから一瞬だけ腰に視線を落とす。ラットスロンの柄が、オレンジ色の日の光を受けて鈍く光っている。


 「俺はまだ体力に余裕があるし、装備もアイテムもあります」

 そう付け足しながら、もう一つ心の中だけで続ける――それに俺はこの剣に、弱き者の剣に選ばれたのだから。

 恐らくまだ戻っていないその人に聞かれたら笑われるか、或いは怒られるかだろう。

 だがそれでも、戻っていないことを考えるとおそらく何かしらのトラブルに巻き込まれている。少なくとも、自力で何とかするのが困難な状況にいるはずだ。

 ――なら、見捨ててはいけない。たとえ自惚れと言われても、それができる力が今の俺にはある。


 なら、やりたい。

 やるべきだ。


 「……そうか」

 そこで相手は周りに目をやった。

 「ついていける者は?」

 見回すが、誰も応じない。


 彼らを一瞥した相手は、再度俺に目をやってから、しかし周りに向かって続ける。

 「よし、全員こいつに残っている薬草と薬を渡せ」

 「えっ、それは……」

 それは悪い。そう言いかけた俺を彼は首を大きく振って遮る。

 「持っていけ。一人で行かせるんだ。それぐらいさせろ。それにお前が大丈夫でも迷子がそうとは限らんだろう?」


 言われてみればその通りだ。

 全員から集められたアイテムの束とその上にのせられた、折りたたまれた古い紙を道具袋に受け取ると、全員に礼を言って足を山道に向ける。

 「無理はするな。もうじき日が沈む。一応地図は渡しておくが、道は分かるな?」

 「はい」

 以前、まだアベル達のパーティーにいた頃に何度か来ている。

 道を把握しておく必要があるからと、手近な木に傷をつけたりひもを巻き付けてきたりとしていた場所だ。少なくとも帰り道は理解している。


 念を押すように、俺の背中に年かさの冒険者が付け加える。

 「一通り回っても見つからなければ、すぐに戻ってこい。こっちは何人か戻って人を募ってくる。忘れるなよ。自分が無事じゃなければ誰も助けられないぞ」

 「はい。大丈夫です。行ってきます!」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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