生還、それから7
どれぐらい眠っていたのか、次に目を開けた時には既に日が高く登っていた。
「ん……」
カーテン越しに入ってくる光によって目覚め、ベッドから立ち上がって窓の外を見る。
ここはバスティオの衛兵隊の宿舎。正確にはそのうちの、城の中に設けられたもの。
城壁の中に設けられているここから外を見ると、私が入ってきた正門の辺りを見下ろすことが出来る。太陽の位置と眼下に行き来している人の波を見るに、恐らくもう昼に近いのだろう。
「寝すぎてしまったか……」
とりあえず部屋を出る。
服に関しては洗濯してくれているらしいので、今はこの寝間着一枚しかない。
荷物の中に着替えがあるのだが、生憎連中に拘束された時に奪われてしまっている。
「参ったな……」
取り返しに行こうか?だが寝間着のまま?
それに恐らく今頃は大騒ぎになっているだろう。何しろ今まで内定調査を続けてきた連中のしでかしたことをすっぱ抜いたのだ。
最悪の場合、証拠品として押収されていて返ってこない可能性もある。
そんな事を考えていると扉が軽くノックされた。
「はい」
「失礼します」
聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえる。
「どうぞ」
現れた声の主=スイと目が合う。
既に着替えを終え、両手で洗濯籠を抱えていた。
「あ……」
その彼が私を見て、扉の前でびくりと止まった。
「おはよう……という時間でもないな」
「あっ!あっ、いえ……おはようございます」
頬を赤らめ、分かりやすく視線を伏せる。
そう言えば、彼の前でこういう格好をしたのは初めてかもしれない――今のいで立ちは布が薄く少しはだけている。
「えっと……洗濯が終わりましたので着替えを……」
「ああ。すまない。ありがとう」
自分の声が、自分でも意外なほどに穏やかなものになっていることに気が付く。
殊勝な少年だ。
捕らえられていたのは彼も同じだろうに。
礼を言って籠を受け取ると、少年は自由になった両手を所在なさげにしていたが、それから背筋を伸ばし、改まった様子で頭を下げた。
「この度はありがとうございました!」
「やめてくれ。私が勝手にやったことだ。君はもう大丈夫なのか?」
「ええ。おかげさまで」
それはよかった。
だが、素直に喜べないという事は、彼が一番良く分かっているだろう。
あのジェレミアとかいう男に付き従っていたのが、彼の探していた兄なのだから。
「そうか……よかった」
それは彼が一番よく分かっている。
そして私のまだ寝ぼけている頭には、そんな彼にかけてやるべき言葉がすぐには浮かんでこない。
「えっと……着替えてもいいかな?」
「えっ……あっ!!すっ、すみません!!」
部屋から飛び出して扉を閉める少年。
彼の抱えた問題は何も解決してはいないのに、無事に帰ってきたその姿に、私は何故だか胸の奥で何かつかえているものが取れたような気がした。
着替えを終えて部屋を出ると、スイは律儀に廊下で待っていた。
「待っていてくれたのか」
「僕たちは今日一日ここにいてくれと、衛兵隊長から言われておりますから。メリルさんも我 慢してくれと」
どうやら私が寝ている間にそういう話が進んでいたらしい。
まあ、仕方がないだろう。彼らにしてみれば貴重な証言者だ。今日一日でいいというのがむしろ不思議なぐらいだ。
「まあ、仕方がないか」
彼もこの言葉の意味は分かっているようだった。つまり、一体何をしようとしていて、それが出来なくなって仕方がないという意味なのかを。
「……そうですね」
「……追いかける気か?」
小さく漏らすようにええ、と返ってくる。
「そうか……」
こちらも彼にだけ聞こえるような声で小さく応じる。
それから一瞬の沈黙。石造りの廊下に私と彼だけ。
「……気をつけてな」
「はい」
私には私で追うべき相手がいる。
明日以降どうなるかは分からないが、もし可能ならあいつらの足跡を探したい。もしそれでどこに向かったのかがわかれば、そちらを追うことになるだろう。
だから、確実に彼と一緒にいるのは今日が最後だ。
――といって、だから何かある訳ではないのだが。
「さて、一日出られないとなると、今日はどうしていようかな」
どうしていようか、などと言ったところでなんとなく分かっている。ただ一日止め置いて羽を伸ばさせてくれる訳でもないのだろうということは。
恐らくこの後は事情聴取だ。もしかしたらスイやあのライゴという人物は既に経験したのかもしれない。
「とりあえず、もうすぐお昼ご飯になります。下の食堂に行きましょうか」
だが、眼の前の少年が提案したのはそれだった。
そしておかしなものだが、あんな“貯蔵庫”を見てもしっかり腹が減っている――これも女神特製の肉体のお陰か。
「そうだな。そうしようか。……というか、食事まであったのか」
「ええ。……あっ、それと」
「うん?」
「先程衛兵隊の方から、後で私たち全員に族長の家での実況見分をしてほしいとのお話がありました。あの地下牢や屋敷について何があったのかを知りたいそうです」
予想通りの答え。まあいい。別に何かやましいことがある訳ではない。
一人殴り殺したのは事実だが、奴がナイフを持っていていきなり刺しに来たのもまた事実だ。つまり正当防衛――もし突っ込まれたらそう答えよう。
「まあ、それぐらいなら私は構わないよ。君はどうする?」
「僕もそっちに行きます。それにどうやら衛兵隊であのジェレミアという人物についてあの族長から聞き出そうとしているようですので、もしかしたら何か分かるかもしれませんし」
そんな事を話しながら階段を降り、階下の食堂に入る。
どうやらこの宿舎は、城壁の中に造られているという事も相まってそこまで大きな施設ではないらしい。
私が――そして恐らくスイたちも――使用していたのだろう部屋の並ぶ二階部分の突き当りにある階段を降りると、そこに広がっている食堂で施設の全てのようだった。
「おお、起きられたか」
階段を下り、今来た方向に振り返ると、そこが食堂の一番奥だった。
二階と同じ面積なのだろう細長い空間に並んだ、同じく細長いテーブルの一つに、ちょうどライゴがやってきたところだった。
私の姿を認めると、彼はさっとこちらに近づいてきた。
「今回は本当にありがとうございました。私だけでなく娘まで。本当になんとお礼を申したらよいか……」
「いえ、そんな……。お嬢さんは……」
「先程、知り合いのもとから人が来ましてね。娘は無事に預かっていると」
ただ一晩同じ小屋に泊っただけの彼の娘、だがそれでも無事だったと聞くと安心するのは私が随分善人になったから――ではなく、恐らくあの貯蔵庫を、連中から逃げられなかった者たちの末路を見てしまったからだろう。
そしてあの部屋を、ほんの一瞬だけ覗いたあそこを思い出していたことを、目の前の男は見抜いていたようだった。
「……あの部屋を、見てしまっておられましたね」
どうやらあの時の様子を彼は見ていたようだ。
――そしてその言い方からして、恐らく彼はあそこに何があるのかを知っていたのだ。
「一体、連中は……」
「そうですな……」
ライゴはそれだけ言って一度言葉を区切ると、近くの席に私を促した。
「実のところ、私は彼らの、つまりデンケ族とそう名乗っていたあの者たちの歴史について調べておりました。そしてこの町の領主殿も、同じ目的を持って学者たちを招聘していたようです」
デンケ族とそう名乗っていたあのたち――つまり、やはり連中はデンケ族ではない何者かで、どういう訳かデンケ族を名乗っていたという訳だ。
一体誰が、何の目的で?
ライゴは対面の席に腰を下ろすと、静かに語り始めた。
「私の分かっていることだけでよければ、お話いたしましょう」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




