救出21☆
そんな俺の反応を確かめるように、奴は一際ゆっくりと、言い含めるように言葉を続ける。
「だがよく考えてみろ。法を犯し、争いを起こすことがラットスロンに相応しいという事か?」
その言葉が静かに、しかし反論できないような存在感を持って俺の中に入り込んでくる。
「お前は別に食い詰めている訳でもない。俺やここの連中に何か恨みがある訳でもない。それどころかお前がバスティオについて知っていることとはなんだ?デンケ族連中から吹き込まれた話だけだろう?……どうだ?もう一度冷静に――」
そこで言葉が途切れる。
そしてそのことに気が付いた瞬間には、奴はハルバートを再び手繰り寄せて、同時に振り返っていた。
「おっと!」
その勢いを乗せた動きで背後から突入してきた相手=シェラさんを受け流すと、すぐにハルバートの石突を彼女の下腹部に叩き込む。
「ぐぅっ!!?」
恐らくは外で聞こえていた声が聞こえなくなったことを察して、様子を見に来たのだろう。だが、そんな彼女の助太刀も奴には通用しなかった。
呻き声をあげ、動きを止めたシェラさんのその側頭部を、高速回転したハルバートの柄が思い切り殴りつけた。
――そしてそれが、俺の体に再度スイッチが入った瞬間だった。
「オオオッ!!!」
「ちぃっ!?」
叫び声をあげながら立ち上がる。
四肢に力が戻ってくる。全身の痛みが声にかき消されていく。
眼はしっかりと振り返ってくる奴を捉え、しかし同時にシェラさんが殴られて倒れ伏す瞬間の映像が焼き付いている。
「おおおあっ!!」
立ち上がりざまに斬りかかる。
再び刃と柄が乾いた音を立てただけだが、そんなことお構いなしに更に二の太刀、三の太刀と斬りつけていく。
「ふん、分からん奴だ」
「黙れ!」
吐き捨てる様子の声に叫び返して殺到する。
ある意味、俺は奴に感謝しなければならないだろう。
追い詰められ、そして奴の言葉に耳を傾けてしまったのを、奴の行動=シェラさんへの攻撃が全てチャラにしてくれた。そもそも奴にとっては止めを刺す絶好のチャンスだったのを、俺の説得を再開したのだ。その点に関しても感謝だろう。
だが、それだけだ。
その感謝は、奴がしでかしたことを帳消しにするにはとても足りない。
奴はシェラさんを容赦なく殴った。
そしてその姿が思い出させる。デンケ族がこの地で受けてきた仕打ち。その彼らが俺たちを迎え入れてくれたこと。そして俺たちを頼り、送り出してくれたこと。
なら、その人達と共にあるのはもはや理屈ではない。
俺たちの得とか損とか、俺たちが犯した法であるとか、そういう話では最早ない。
力になりたい。ラットスロン=弱き者のための剣の主として彼らを助けたい。
それだけで十分だ。
「舐めるなよ小僧!!」
奴が大きく一歩跳び下がって得物を構えなおす。
その咆哮も鋭い眼光も、もう恐ろしくはない。
どんな理屈を並べようが、俺のやるべきことは決まっている。やりたいことは決まっている。
そして許せない相手も。
「……」
中段に構え、静かに息を鎮める。
小さく吸った呼吸が手足の指一本一本までに行き渡っていくような感覚が走り抜ける。
その感覚が全身に広がっていくまさにその時、奴が飛び込んできた。
「カアアッ!!」
先程までと同様の速さ、鋭さ。
――だが、これまでと何かが違う。
「なにっ!?」
――それはきっと、俺の違いだ。
「おおっ!!」
奴の振り下ろしを頭上で受け止め、そのまま止まらずに左側へ一歩跳びながら剣を返して奴の右手に斬りかかる。
狙うは手首。可動部がある関係でどんな鎧でも胴体よりも薄く作らざるを得ない部分。
奴がハルバートを引き、それによって空を切ったラットスロンを戻す。
それとほぼ同時に、反撃を終えた瞬間の隙を狙って首筋への振り下ろし。
「はっ!」
「ッ!?」
それは自分でも分かるほどに異質の速さだった。
これまでのラットスロンの力を引き出した戦闘のような、それをしようと思った瞬間に動いているのとは少し違う、そう思うよりも早く体が前に飛んでいた。
切っ先を向けるのは奴の喉。兜と鎧の間の僅かな隙間。
相手の斬撃を受け止める姿勢のまま、奴が危険を感じて得物を引くよりも更に速く、体ごと突っ込んでいく。
――そして、手応え。
鎧のそれとは明らかに異なる、しかし恐らく貫いたのではないと分かる手応え。
「ぐ……っ!!」
やはりこの男はただ者ではない。
喉を狙った突きをほんの僅かにだが気道への直撃を躱し、首筋に深く切り込むので収めた。
――もっとも、それでも十分致命傷だろうが。
「あ……が……ああああ!!」
それでも止まらず、更にハルバートを振りかざす。
近間の俺を振り払うように強引に横へ振りぬき、それからその反作用で後ろに飛び、着地と同時に前へ踏み込んでの突き。
普通なら何が起きたのかも分からない内に道連れにされているそれも、今の俺には決まりきった台本に従った動きのようにはっきりと分かる。
突きを剣でいなし、そのまま今度は左脇の下へ切っ先を沈みこませる。
切っ先で引っ掛けるような動きでは確実な寸断には至らないだろう。だがそれでも大きな血管には達しているという事は、その吹き出す赤黒い液体が証明している。
そのまま勢いを止めずに奴の後ろへ回る。
生物としての本能か、切られた脇を庇うように僅かにだが前傾したことで生まれた鎧と兜の錣の僅かな隙間に刃を乗せる。
「これで……終わりだ!!」
そのまま渾身の力を込めて、一気に引ききった。
声は上がらなかった。
ただ、それまでの凄まじい動きが嘘のように、奴の動きが遅くなり、膝が地面に吸い付いてから、その上全てがどさりと続いた。
「終わった……」
思わず漏らしたところで、シェラさんが起き上がった。
「やったな……」
「ええ」
ただそれだけで、お互いに何が起きていたのかを理解した。
いや俺たちだけではない。きっと俺の背後でフレイとセレネも理解しているのだろう。
「これで――」
言いかけたところでシェラさんの眼が倒れているギリガンに集中する。
それまでハルバートが握られていた右手にはいつの間に取り出したのか、握りこぶしほどの魔石が一つ。凄まじい光と、金属音のような音を立てはじめていた。
「……へ、へ……。悪いな。……はごめんだ」
「まずい下がれ!自爆する気だ!!」
シェラさんの声に反射的に従う。
それが果たして地面に飛び込んだからなのか、それとも爆風で吹き飛ばされたのかは分からない。
「「ショーマ!」」
慌てて駆け寄ったフレイとセレネに助け起こされた時、反対側に飛んでいたシェラさんとの間には、ただ爆炎だけが立ち昇っていた。
(つづく)
今回も短め
続きは明後日になります




