冒険者たち3
「じゃあ、また明日」
「はい。おやすみなさい。クロッカありがとうございました」
食事を終えそれぞれの部屋に戻る。私はベッド部屋だが、彼はハンモック部屋だった。
「さて……」
明日の朝は身支度を済ませたらすぐに冒険者ギルドに向かうことになる。
ギルドは冒険者たちが活動を開始する時間には開いているから、常識的な時間に行けばまず間違いない。
到着したらまずは聞き込み――これは明日の朝スイにもしておこう――を行い、それから冒険者として登録だ。
登録には何らかの身分証が必要になるが、今日の昼間の実績を考えれば武器類携行許可証で十分だろう。衛兵に通用したのだからギルドの事務員だって大丈夫のはずだ――あの成功によって、今見下ろしている手の中のカードはその信頼を獲得している。
廊下を通り抜け、私に与えられた部屋へ。
扉を開けてくぐる際にふと考える。
「……」
扉の高さと私の背丈――余裕は頭一つ分程度しかない。
それから室内へ。見上げれば天井付近にむき出しの梁。
「ふむ」
明日、時間を作ってまた市場に行ってみよう。
「確か、武器類を扱う店もあったな……」
まあ、武器を扱っていない場合でも日用品として置いてある店もあるだろう。
そんなことを考えながら、腰の刀帯を外すと、古い木製の床が鞘のこじりと当たって音を立てた――この部屋で振り回すのには少々長い。
室内や閉所で使えるような武器が必要だ。できれば――ちょっとしたアウトドアでの作業が可能になるような――刃物が。
「ま、それぐらいの時間は取れるだろう」
明日の調査の結果が――非常な幸運に巡り合ったとして――すぐにでも向かうべき行き先が見つかったりした場合以外は何とかなるだろう。私もスイも、そこまで運がいい方ではないと思う。残念なことに。
考え事はそこで中断し、それから荷物の中から明日使う代物を探すが、ありがたいことに目当てのものはすぐに見つかった。
折りたたまれた羊皮紙の人相書き。写実的なタッチで描かれた非常によく似たそれの下に、その人物の名前=二階堂翔馬。
「あの神様絵心もあるのか……」
まったく羨ましいものだ。
――私と同じ、ただのシステムに過ぎないくせに。
まあいい、嫉妬は忘れて建設的に使わせてもらおう。
とりあえずこれで明日の予定は決まった。
「さて……」
支度を終えてからベッドにもぐりこむ。
ハンモック部屋より上等扱いとはいえ、固い木の感触が伝わってくるせんべい布団と、古く染みついた臭いのする掛布団の間に横になる。
「ま、贅沢は言えんな」
すぐに慣れる――そう自分に言い聞かせて明かりを消す。
事実、それからすぐに眠りに落ちて、朝までそのままだったのだから、我ながら十分な順応性だろう。
身支度を整えて部屋を出る。
丁度朝食時だったようで、酒場の方の賑わいが廊下にも響いている。
その賑わいの中の一つになるべく足を向け、昨日とは別に二人掛けの席へ通された。
「あ、おはようございます」
気の利く女将――ほぼ同じタイミングでスイがやってくる。
「おはよう。今日からよろしくな」
「はい!こちらこそよろしくお願いいたします」
やはり少年は朝から元気だな――年寄りのような感想を漏らしながら、朝食を求めてやってくる町の人々と共に扉から流れ込んできた朝の空気にわずかに震える。この辺りの朝はまだまだ肌寒い。
「はい、おまちどう」
それを温めてくれる食べ物が運ばれてきた。
この世界のこうした宿屋ではB&B=寝床と朝食をセットにしている場合が多い。
その例にもれず運ばれてきた、木の器に盛られた食べ物から立ち昇る湯気に自然と表情が緩む――それに気づいたのは、少し遅れてだった。
人間とは妙なものだ。食事が温かいだけで顔をほころばせる――正面のスイも同じようなリアクションなのを見るに、私の体だけではないようだ。
「いただきます」
「?」
スイが不思議そうにこちらを見ている。
「どうした?」
「何か言いました?」
ああ、そうか。こちらにはそういう文化がないのか。
「ああ、いや。国元でな――」
言いかけてから適当な言葉を考える。
そもそも私自身その国元にいた頃には使う機会のなかった言葉なのだから、自分の認識があっているかどうかも分からない。
「――国元での、ものを食う時の挨拶だ」
「へぇ。食事に挨拶があるのですね」
この解釈があっているかは分からないが、まあこいつらだって分からないだろうし――そして恐らく真実を知ることはないだろうし――これでいいか。
「まあ、とにかく片づけよう」
「そうですね。えっと……イタダキマス」
切り上げてスプーンをとる。
今日の朝食は農夫のスープと呼ばれる、この辺りでは広く知られている家庭料理だ。
一言で言えば具の多いすいとんのようなものだろうか。根菜類と芋団子を豚骨スープで煮込んだもので、めいめいの器に盛ってから入れられたバターが半分ほど溶けている。
朝から畑仕事のある農夫が体を温めるために考えられた料理で、バターは脂の膜で熱を逃がさないためのものだ。
――こんな知識もインプット済みなのはありがたい。一々口に入れる時に得体のしれないものを疑う必要がない。
この世界でも先人の知恵というのは有効なようで、柔らかくなった具材が体内に落ちていくと徐々に体が温まってくるのが分かる。
「ふぅ……」
吐き出す湯気を見ると、体内が温まっているのが分かるような気がする。
「ごちそうさま」
「それも挨拶ですか?」
言われて少しだけ苦笑する。
こちらの文化には存在しない故仕方ないとはいえ、私がテーブルマナーの説明をするとは。
「まあ、そうだね」
食事を終えて宿を後にする頃には、既に町は朝の活気に満ちていた。
去り際に女将とスイに人相書きを見せたが、答えはどちらも同じものだった。
「さて、まずギルドだな」
「そうですね」
気を取り直して出発。昨日と同じ、自身の身長ほどありそうな杖を持ったスイに並んでギルドへの道を行く途中にも、明らかに冒険者とわかるいで立ちの集団と何度かすれ違った。
「今日も薬草集めか……」
「ま、腐るなよ――」
すれ違った何組目かの言葉が耳に入る。
「……どこ行っちまった――」
その後から様々な人間の集団に混じってやってきた他の冒険者たちの言葉もまた同様に。
「伝説の剣だったんだろ――」
「ショーマとかいう――」
「ッ!?」
思わず振り返るが、既に人ごみの中に――そして同じような冒険者たちの中に――発言者は消えていた。
「メリルさん?」
「いや……なんでもない」
諦める。どの道発言者の顔も見えていないのだ。追いかけて行っても分からない。
ここの冒険者たちの中に奴に関する情報を知っている者がいる=ここの冒険者ギルドで手掛かりが得られる可能性が高いと分かっただけで十分だ。
「すまない。行こうか」
考えてみれば、あの岩から引き抜いたのは伝説の剣だ。何らかの話題になっていない方がおかしいし、足跡を知っている者がいるかもしれない。
そんなふうに考えて、町の中心から少し離れたギルドの前に立つ。
大きさも佇まいも宿屋に似た建物だが、その半分ぐらいは冒険者用の簡易宿泊所が占めている。私たちが泊まったそれがごく上等のホテルであると思えるぐらいの場所らしいが。
「ここだな」
扉の前にできている人だかりに、既に営業中であることを悟ると、その合間を縫って扉の中へ。
『アーミラ冒険者ギルド』と刻まれた建物より古いと思われる看板の下をくぐると、その向こうに広がっているのは扉の前に集まっていた連中と同じような者たちがたむろするロビーだ。
ボックス席が随所に設けられている以外は、どことなく大きな病院や銀行の待合室を思わせるつくりのその奥には、病院のような雰囲気に拍車をかけているカウンターが設置されていて、その奥ではギルドの事務員たちがせわしなく動き回っている。
「えっと……新規登録は……あっちですね」
そのカウンターを一瞥したスイが、一番端の窓口を指す。
「ああ……お?」
それに倣って視線を向けながら、途中で別のものに目を奪われる。
その場所:新規登録窓口のすぐ近くに設置されている掲示板。
その理由:現在募集がかけられている依頼が張り出されているそこの足元に光っている足跡の光=奴の、二階堂翔馬の痕跡。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に