救出17☆
姉妹が俺のすぐ後ろにいることは感覚で分かった。
もう奴は逃げられない。
「お前はもう逃げられない」
もう一度宣言する。
「そうか……逃げられないか」
男の声――強がりか、現実逃避か、或いは……。
「違うね」
或いはの可能性が膨れ上がる。
「その必要はないのさ」
「ッ!!」
そのままそれが選択されたという事を確信するのと同時に奴の手の中で杖が光った。
杖の先端、翼のように左右に大きく張り出した部分が爆発する様に閃光を発し、それが目に焼き付いて一瞬眩む。
そのぼやけて滲んだ視界が回復するより速く、閃光を粉々に分割したような光の玉が辺りに飛び散っていく――俺たちを飛び越えて。
「なっ!?」
「うそっ!!?」
背後で二人の声。
反射的にそちらに振り返り、その声の理由を理解する頃には、眼も元に戻ってきていた。
「な……」
光は衛兵たちに飛び込んでいた。
つい今しがた倒したこの男の取り巻き達の中に潜り込み、その体から染み出るように黄色いガスとなって辺りを満たしていく。
そしてその視覚情報から直感的に予想できるこの後起こる事態。その予想は決して外れない。
即ち、全ての衛兵が重力を無視したように立ち上がり、こちらに向き直った。黄色いガスを噴き出しながら。
「ハッハ、言っただろう?おかわりはいくらでもあると」
「くっ!」
なら、最後の手段だ。
大元から断つ。奴自身その可能性は理解しているのだろう、俺たちの一瞬の動揺を見逃さずに距離を取り、どの衛兵にも入り込まなかったウィル・オ・ウィスプを自身に侍らせている。
それでは時間稼ぎにしかならないだろうが、時間稼ぎが出来れば十分なだけの距離しか、今の俺たちと背後のゾンビ衛兵たちの距離は離れていない。
そして何より、その時かすかに聞こえ始め、それが何かの聞き間違いではないと分かるようになるまでに急接近してきた蹄の音に、フードの下の、松明に照らされた奴の顔が勝ち誇ったように歪んだのがはっきりと見えた。
「クック……残念だったなぁ。時間切れだ」
蹄の音。
そして第六感=飛び下がれ。
それに従った瞬間に必要性は示された。
「跳べ!!」
号令一下、巨大な質量が宙を舞い、よじ登るのも一苦労な土塁を飛び越えての乱入。
赤褐色の大きな馬と、それを御する馬に合わせたような屈強な騎兵。
「おおギリガン殿、ちょうどよい所に来てくださった」
俺たちから自分を隠すように現れたその騎兵に、男が見上げるようにして声をかける。
「ギリガン……」
その名前には聞き覚えがあった。
確か役人や市場の監督官と結託して私腹を肥やしていた衛兵隊長だ。
「ふん……」
その堂々たる体格を衛兵隊の鎧に包み、錣と頬当てを備えた兜の奥から、思わず逸らしたくなるような鋭い眼光がこちらを見下ろしている。
そしてその見た目が決して見掛け倒しではないと証明する様に、左手一本で手綱を握り、右手には馬上からでも地面に下へ向けた穂先が付きそうな程大きなハルバートを持って、それをボールペンでもそうするかのように軽々と持ち上げた。
「ところで……」
不意に彼が小男の方を振り向く。
――左手が手綱から得物へ移った。
そしてその次の瞬間には、味方のはずの小男の喉を、その先端が貫いていた。
「!?」
呆気にとられる俺たちの前で、馬上の男は冷ややかな声で尋ねる。
「誰が俺の部下を傀儡にしろと言った?」
怒りを露に問い詰める――というのとはだいぶ違う、ただ静かに尋ねるような口調。それこそ、相手がそれに答えればそのまま納得して引き下がりそうな程の。
勿論そんなことはあり得ない。その証拠に今まさに小男を殺したのだし、仮に彼が答えを持っていたとしても喉を貫かれた時点で何も言えまい。
「随分と好き勝手してくれたものだ。領主様もお前のような詐欺師を信じるなどと……」
ため息交じりに勢いよく得物を引き抜くと、それに合わせて途中まで小男が浮かび上がり、やがて抜け落ちてその場に崩れ落ちる――シンクロした無数のゾンビ達とともに。
「さて、侵入者というのはお前たちだな」
その突然の仲間割れに唖然となっている俺たちに、何事もなかったかのように振り返ると、衛兵隊長は静かに、しかしそれまでよりいくらか柔らかに聞こえなくもない声。
侵入者=俺たちに対してのそれが、味方だった――恐らくは彼はそう思っていなかったのだろうが――はずのあの男を相手にする時よりも柔らかな声なのもおかしな話だが。
そんな思いが頭に浮かんでくるよりも早く、彼は言葉を続けた。
「単刀直入に言おう、今すぐに手を引けば見逃してやるぞ」
「なんだと……?」
「お前たちは冒険者だろう?ここでのデンケ族……そう名乗った連中に協力する様に依頼されたとかそんなところか。つまり、お前たちはここで死ぬの生きるのする必要はない訳だ」
一個ずつ状況を確認するような口調。
「そこで、だ。ここで引けばお前たちの収容所襲撃、衛兵に対する武器を持っての抵抗、そして恐らくだが不正な手段での検問突破に関しては水に流してやるというのさ」
不正な手段での検問突破――その言葉に思わずドキリとする。
ギルドを通さない依頼受託を別にすれば、バスティオに侵入するうえでの最初に犯した罪がそれだ。
そしてそれがばれている以上、こちらに来てから俺たちのした全てがばれていると言っても過言ではない。実際、奴は今俺たちの所業を全て口にした。
しかし、彼は自らの立場上放っておけないはずのそれをあえてそうすると言っている。
「ここでのことはデンケ族と俺たちとの問題だ。当然、今回の襲撃もお前らを雇い入れたデンケ族の連中が首謀した――」
「違う!私たちが名乗り出たんだ!!」
そこでセレネが食ってかかると、男は別に以外でも何でもないという様子で言葉を続ける。
「まあ何にせよ、だ。デンケ族の犯罪者を収容しておくこの施設を襲い、囚人を奪ったという事件だ。となればその主犯も実行犯もデンケ族とするのが妥当だろう」
「くっ……」
こいつの言いたいことがようやく飲み込めた。
つまり、この襲撃すらデンケ族を更に締め上げる口実として利用しようというのだ。
そしてそのためには俺たちは邪魔になる。
だがそんな俺たちを始末せずに逃がしてやろう――これが奴の提案だ。
「お前たちが手を引いても、尻尾を巻いて逃げたとはならない。どうせ正規の方法で受けた仕事ではあるまい。お前たちが口にしなければ、今回の件は全て無かったことになる。お前たちはバスティオには来なかったし、デンケ族とも関わらなかった。そうしておけば、今後お前たちに仕事を依頼することもあるかもしれんぞ?勿論、その時はまっとうな方法で胸を張って受けられる仕事をな」
そんなうまい話を信じる気にはなれない。
そしてそれ以上にもう一つ、首の縦の動きを妨げているものがある。
「俺たちに……あの人たちを見捨てろと?」
単純に、それがあり得ない。
こいつは根本的に勘違いしている。俺たちは得をするからここにいるのではない。
「良く知らない連中の戦争に肩入れしてどうなる?それほど大金を積まれた訳でもあるまい。義勇兵と言えば聞こえはいいが、その実態はただ都合のいい駒というものだ。……それに、お前たちの歳ではまだ窮屈なだけに思えるかもしれんが、仕事での縁というのは、持っていて損なものではないぞ?」
奴の話:俺に従えばうまい汁を吸わせてやる――要約すればこんなところか。
「ふぅん……」
なら答えは一つ。
「悪い話ではないと思うが?」
「寝言は寝て言えよ、おっさん」
糞くらえ、だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




