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救出15☆

 なんだそれは。

 そんな出鱈目があるか。


 「ってことは――」

 頭の中に浮かんだ答えを無理に合理的なものに変えようとする。

 「他にも召喚術師がいる?」

 その結果は最初に思いついたものよりも手の打ちようがないものだった。

 ――幸いと言っていいのか分からないが、その可能性はすぐに否定されたが。

 「召喚術は各種の魔術の中でも特に高度な能力と豊富な魔力が必要となります。それを一地方の衛兵隊が大量に抱え込むというのは難しいと思います」

 言われてみればその通りだ。

 それにそれほど大量に召喚術師がひしめいていれば、この収容所がもぬけの殻のようだったことの説明がつかない。


 「成程ね……」

 その説明にほっと胸を撫で下ろしながら、手は再びお守りへ伸びる。大丈夫。きっと大丈夫。

 そしてその瞬間、そんな事を気にしている場合ではないという事を示すかのように扉から複数の衛兵たちがなだれ込んできた。


 「クッ!新手か!」

 群がるべき相手を見つけたそれらが一塊となって向かってくるのに剣を向ける。

 「清らかなるものよ、善なるものよ、その力を鎖とし、その意志を錨とし、我に向けられし悪意を戒め鎮めよ!」

 最早聞き慣れたフレイの詠唱が奴らに飛んでいく光の玉を生み出し、それが固まっている相手を一網打尽にした。扉の前で群れていたのが連中にとっては裏目に出ていたようだ。

 「まあいいさ。考えるのは後だ」

 「ええ。今は脱出ルートを作るのが先決ですね」

 俺とフレイの考えは一致する。

 そしてその瞬間、彼女は妹の方を振り返った。

 「セレネ、シェラさん達に結界を」

 「うん!」

 姉の言葉に、セレネの杖が扉に当たって音を立てる。


 「我が力は壁なり。我が願いは平安なり。あらゆる害意より我らを守りし鉄の砦よ、今ここに顕現し――」

 普段の快活な彼女からはかけ離れた、厳かで静かな調子の詠唱が長く続く。

 それを妨害することを恐れたかのようにその声より更に一段と小さく絞ったフレイの声が俺にその正体を告げる。

 「あれは結界を張るための詠唱です。完成まで私たちで」

 「ああ。分かった」

 丁度よく現れた第三波――と同時に第二波のうちの一体から脱出したウィル・オ・ウィスプがこちらに一直線。

 「くぅっ!」

 ガス状の塊の、その先端に口を大きく裂いたような顔が現れ、その口で頭から飲み込もうとするように一気に接近してくる。

 セレネの魔術を信頼していない訳ではない。だが、咄嗟に体は迎撃を選んでいた。


 「はあっ!!」

 ガスが二つに分かれ、飛んできた時の慣性によって俺の両脇までそれぞれの断片が流れて、そのまま消えた。

 「斬った……」

 それを驚いていたのは、横にいたフレイだった。

 「これでもなんとかなったな」

 先程の彼女の話からするに、恐らく物理攻撃でウィル・オ・ウィスプに対処できることを失念していたか、或いは――俺自身がそうであるように――知らなかったのか。


 まあいい。結果オーライだ。


 「よし、まずは連中を押し返そう!」

 「はい!」

 改めて向かってくる第三波に意識を向ける。

 フレイの放った光が連中を拘束し、そこから抜け出したガスのうちの一部が次のターゲットとしてこちらを選択したのを、空中にいるうちに斬り捨てる――剣の力を引き出している以上、多少すばしこく飛んだところで、落ちてくる木の葉よりもはるかに斬りやすい。

 瞬く間に動かなくなった衛兵どもの山が出来て、その山の麓が扉に引っかかることで扉が開いたままになっている。


 「よし、外だ!」

 フレイの前に立ってそちらへ殺到。防衛線を押し上げる。

 こいつらの足は遅い。柵を越えて広い荒野に出れば、いくらでも振り切ることはできる。

 その考えは間違いではなかったのだろう。

 だが、或いはそれ故に実行は出来なかった。


 「な……」

 あの男だって、そのぐらいは考えていたのだ。

 「なんて数!?」

 フレイの声がすぐ後ろで響く。

 扉を出てすぐ、俺たちは先程までの比ではない数の衛兵たちに囲まれていた。

 ――いや、衛兵だけではない。

 一体どこから集めてきたのか、老若男女問わず虚ろな表情を浮かべた連中がぐるっと俺たちを取り囲み、皆ぎこちなく、しかし迷うことなくこちらに向かってくる。


 「くっ……この!!」

 思わず下がりそうになるが、そのタイミングで視界の外から掴まれる。

 反射的に突き放そうとするが、そのふらふらと頼りない動きとは裏腹に拘束は強力だ。

 「このっ……放せ!!」

 振り払おうにも力が入らず、何とか立っているのが精いっぱいの状況。

 目の前にある顔のカメレオンのように左右非対称に動く目はこちらを見ているとは思えないのに、しっかりと俺をつかんで離さない。

 不意にその下にある口が大きく開くと、口から立ち昇っていた黄色いガスが急にその量を増した。


 「なにを……!?」

 それは別の生物のように動いていた。

 口から吐き出されたガスの塊は昇り龍のように空に向かってくねり、それから俺の方へと降りてくる――その先端に、例の顔を浮かべて。

 「くぅっ!このっ!!」

 セレネの防御魔術のおかげで弾いてはいるが、簡単に弾き返した一度目よりも二度目の方がこちらに肉薄する時間が伸びている気がするのは、果たして気のせいだったのか。

 そしてその二回目を辛くも弾き返した直後、三度目の正直とばかりにもう一度突っ込んでくるウィル・オ・ウィスプ。


 その頭がそれまでより一段と勢いよく、そして遠くに弾き飛ばされた――俺の肩越しに飛んできた光の玉によって。

 と同時に奴の使っていた体の拘束が緩む。

 「はああっ!!」

 チャンスを逃す手はない。

 思い切り力を込めて突き放すと、棒立ちになっている相手の腹を蹴って転ばせる。


 「すまない!助かったよ!」

 今の光弾を発射した本人に振り返る。

 「ご無事ですか――きゃあ!!」

 「フレイ!くっ!!」

 振り返りざま、彼女に掴みかかったもう一体に突進して、渾身のタックルを浴びせかけ突き飛ばす。今度は俺が助ける番だ。


 「大丈夫か!?」

 「はい……。ありがとうございます」

 そんなやり取りの間にも彼らに続けとばかりにゾンビ衛兵どもはその包囲の輪を狭めてくる。

そして厄介なことに今しがた突き飛ばした奴は他の個体よりも強力なようだった。

 すぐに立ち上がって、再びフレイに飛び掛かってくる――意外なほどの俊敏さで。


 「この――きゃ!?」

 「フレイ!!?」

 何とか杖で受け止めたが、力の差は明確だった。

 一気に押し込まれ、仰向けに押し倒されたフレイに奴の口から飛び出したウィル・オ・ウィスプが迫る。

 「この野郎!!」

 蹴り飛ばして彼女の上から引きはがすが、その瞬間に今度は俺が後方から掴みかかられる。

 「この……っ!放せ!!」

 幸いこちらは大した力ではなかったため思い切り振りほどくとすぐに振り払えたが、しかしそれでも時間は確実に進んでしまっている。


 「うぅ……」

 何とか起き上がろうとするフレイに、今度は別のゾンビ衛兵が襲い掛かる。

 辛うじて躱したその背後に、三度起き上がった個体が向かってくる。


 「くっ……」

 埒が明かない。

 今までの傾向からして、ウィル・オ・ウィスプは現在宿っている肉体が使用不能になった場合には脱出して次の体を探すが、そうでない場合は先程の乗り移り攻撃でもないと外に出てこない。

 つまり奴を斬るにはまずその肉体の動きを封じる必要があるが、それが出来るのはフレイで、それも詠唱する時間が必要だ。


 つまり俺だけではこいつらを倒すことはできない。


 「――いや」

 そうではない。

 俺にもこいつらを止める方法はある。

 さっきフレイは言っていた。憑りついている肉体を破壊、即ち殺害すれば倒すことが出来ると。


 「……ッ!」

 剣を構える。

 逡巡したのは一瞬だった。

 だが、それ以上長く考えている時間はなかった。

 奴はフレイに迫っている。

 奴はまだ動いている。

 ――奴は憑りつかれただけで本物のゾンビではない。つまり、死体ではない。


 「……」

 奴を改めて見る。

 衛兵隊の揃いの鎧を着こみ、しかし兜は被っていない。

 フラッシュバックする――シェラさん、族長、デンケ族の子供達、シギルさんの受けた傷、彼らがされた事。


 もう一度現実に立ち返る。目の前にいる奴=衛兵。


 「う、お、お――」

 剣を振り上げ、同時に声を上げる。

 水の流れが堰を切って一気に流れ出るように、一度出始めたそれはスムーズに鋭く、大きくなっていった。

 「うおああああっ!!」

 奴に飛び掛かる。

 大きく円弧を描き、振り上げた剣を振りぬいた。


 「ショー……マ……?」

 フレイの声。どこか戸惑ったような。

 「はぁ……はぁ……」

 息を整える。そして血振りを一閃。

 「……生きて帰るぞ」

 自分のものだと分かっているのに、それは別人のようにはっきりと、強い意志を感じる声だった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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