救出14☆
「ゾンビ……」
思わず出したその名前は、まさにそれ以外に言いようのない程目の前の衛兵たちに似合っていた。
声とも音ともつかない何かを喉から絞り出しながら、よたよたとこちらに向かってくる衛兵。いや、衛兵の格好をした何か。
一瞬呆気に取られていた俺も、腕を突き出したそれがこちらに縋りつくように向かってくるのを理解したことではっと何をするべきかを理解した。
「糞ッ!」
剣を引き抜いて構える。
だが、その俺を制止したのは隣にいたフレイだった。
「待ってくださいショーマ」
「え?」
「彼らは本物のゾンビではありません。操られているだけです!」
そう言うと、彼女は自らの杖を俺の剣のように衛兵たちに向けて構え詠唱を始める。
「清らかなるものよ、善なるものよ、その力を鎖とし、その意志を錨とし、我に向けられし悪意を戒め鎮めよ!」
詠唱の終了と同時に杖の先端から現れる光の玉。それが一直線に衛兵たちの頭上に飛んでいくと、パッと花火のように弾けて、無数の光の帯が蜘蛛の糸のように衛兵たちに絡みつきその場に拘束する。
ミノタウロスとの戦闘で使用した、相手の動きを封じるための魔術だった。
そうして取り押さえられ、怒ったようにもがく衛兵たちから煙のように黄色いガスが湧き上がると、影のようなシルエットとなったそれがすっと衛兵たちから抜け出した。
「なっ!?」
それらが意思を持っているかのように動き、向かってくる。
直感:俺とフレイを狙っている。
「我が魔力よ。今ひと時仮初の魂を纏いて、影となり舞い踊らん!」
まるで変化球のようにガス状のそれらが俺たちから軌道を逸らして向かった先は、背後から響いたセレネの詠唱とともに現れた無数の影法師たちだった。
影たちは飛んできたガス状の存在を包み込むと、踊るようにしてガス状物質とともに消えていく。
「助かったよセレネ!」
「ありがとう」
「へへっ!憑りつかせなんてしないよ!」
どうやらあの黄色いガスは俺たちに憑りつこうとしていたようだ。もしそうなっていれば今目の前で光に拘束されている衛兵たちのように正気を失って彷徨っていたのだろう。
「さて、これでどうだい?召喚術師さん」
セレネが小男に啖呵を切る。
「クク……成程。まあいい。せっかくの機会だ。どれぐらい使えるのか試させてもらおうか」
……何を言っている?
妙に噛み合わない男の言葉だが、それに呼応する者はいない訳ではなかった。
重々しい音。そして複数の呻き声。
その正体はすぐに分かった。扉から飛び込んできた無数の衛兵たちだ。
――そしてそのどれもが、今しがたの二人のように黄色いガスを吐きながら、不自然に体を引きずって向かってくる。
「この通りいくらでもおかわりはある。好きなだけ味わい給え。ククク……」
その衛兵たちの波に飲まれるように、しかし巧みに泳ぎきるようにして部屋の外に逃げ出す召喚術師。
追いかけようにも、彼の呼び込んだ衛兵たちが肉の壁として迫ってくる。
「そんな……どうやって……?」
それらに杖を向けながら、フレイは信じられないといった様子の声を上げる。
「お姉ちゃん!今は――」
「え、ええ!清らかなるものよ――」
再びの詠唱と、それによって飛んでいく光の玉。
これまた無数の光の帯となって衛兵たちを拘束するが、そのうち何人かからまたもや黄色いガスが吹きあがってこちらに向かってきた。
――そして、それらが捨てた衛兵たちは、先行した二人がそうであるように崩れ落ち、死んだようにピクリとも動かない。
だが、そちらばかりに気をとられてもいられない。
「我が拒絶は光を纏いて壁とならん!あらゆる邪を祓い清めよ!」
セレネの詠唱と、その声が姿を持ったような光のベールが俺たちを包みこむと、近づいてきた黄色いガスたちが何かに弾かれるように反対方向に飛んでいき、それから開かれた扉を通って外に逃げ出した。
「今のは一体……」
「防御魔術の一種だよ。これがある限り、あいつらが憑りつくことはできないはず」
セレネはそう言って俺たちの方に近づく。
殿だったが、この位置なら背後からの攻撃を心配する必要はない。むしろ、戦える者たちが前に出てけが人を庇った方がいいだろう。
その判断に数秒とかからなかったのは、或いは俺自身の判断力だったのか。
「よし、シェラさんとシギルさんは一度特別房に戻って!俺たちで道を作ります!安全になるまで中にいてください!」
振り返りざまにそう言うと、暗がりに慣れた目は二人の表情をしっかりと読み取っている――それでいいのか?
「敵の数が多い。怪我をしているシギルさんを連れて逃げるには危険です。あの中なら少なくとも扉以外からは敵が来ない」
あの黄色いガスが壁を通り抜けたりしなければの話だが、仮に通り抜けてきたにせよセレネに彼らにも今の魔術を使ってもらうことで対抗しよう。
「……すまない。よろしく頼む」
「大丈夫です。それと鍵を。俺たちが行くまで鍵をかけておきます」
後方に戻っていく彼女らにそう言って鍵を受け取り、これで行動は決定した。
「さて、とりあえずこの外に脱出ルートを作る必要だな」
「あの黄色いガスのようなものはウィル・オ・ウィスプという召喚獣の一種です。今のように人間に憑りついてその体と意思を乗っ取り操ることが出来ます。憑りついている肉体を破壊……つまり殺害するか、先程セレネがやったような方法で倒すことが出来ます。ですが……」
そこでフレイが言いよどむ。
そう言えば先程も何か驚いたというか狼狽えていた。
「何か問題がある?」
頷きと、それからためらいがちに続きが返ってくる。
「……本来、あれほど大量に運用することはできません。ウィル・オ・ウィスプに限らず、召喚術師一人で呼び出せるのは一体が限界のはずです」
(つづく)
今日は短め
続きは明日に