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救出13☆

 「これは……一体……」

 「分からない。だが、ここにいていい思いをすることはないというのだけは分かる」

 シェラさんがそう言って日誌を近くの机の上に放り投げる。

 「……行こう。第二特別房はこの下だ」

 彼女の言葉に従って部屋を出ると、改めて闇に伸びている階段に足を乗せた。


 音を立てないように慎重に、人が並んですれ違えるぐらいの広さの階段を下りていく。

 一階部分の少しだけ上で直角に折れ曲がっているそこの角から下の階を覗いてみると、暗がりに慣れた目がぼんやりと下の景色を捉えて、脳が解析し始めた。

 階段降りてすぐに壁のようなものがある。そしてこの階段は扉がある=道に面している側とは反対側にあるらしい。そこだけは入ってくる光と、それを遮るものによって認識した。


 そしてもう一つ、どうやら下にも巡回はいないという事もまた、静まり返った闇が教えていた。

 それでも一応階段を降りたところで周辺を警戒する。


 初めてここに来た俺にもなんとなく分かる事実:どうやらここは元々かなり広いスペースだったようだ。それこそ倉庫のように、柱以外には何も遮るものは存在しないような空間だったのだろう。

 しかし今ではそこにいくつも急ごしらえの壁が設けられて、それでいくつかの部屋が作られている。


 「第二はこっちだ」

 俺と同様に周囲を確認したシェラさんが滑るように部屋の中を、先程侵入した高床式の建物に向かって進んでいく。

 階段前のちょっとした広さのスペースから、急ごしらえの、パーテーションを少し立派にして天井まで届かせたような壁によって作られている通路を通って壁際に向かっていく。


 「これは……」

 パーテーションのような壁には、同じく急ごしらえなのだろう扉がつけられていて、厚そうな板でできたそれには、人の眼の高さに開閉するカバー付きののぞき穴が設けられていて、なんとなく収容所という言葉のイメージに最も近いものがその扉だった。

 「……」

 近くにあった一枚の扉の、その覗き穴を使ってみる。

 流石に暗すぎて中がどうなっているのかは正確には分からない――というか、分かる部分の方が少ないが、それでも天井から伸びている鎖と、何らかの機械なのだろうシルエットだけは見えた。

 ――恐らく、口を割らせるために用意された部屋だろう。


 嫌なものを見た。誰だってそう思うだろう表情が浮かび上がってくるのを止められず、汚いものを投げ捨てるようにカバーを閉じてシェラさんの後につづく。


 「よし、ここだ」

 そのついていった相手がそう言って止まったのは、先程の扉といい勝負な鉄製の扉の前だった。

 いや、まだ新しい先程の扉に比べて塗装が剥げ、所々ボロボロに錆びているこの扉の方がそれらしさでは勝っているように思える。

 そしてそれが、ただそれ“らしい”ではなく、事実そうなのだと実感させる音がなる。この扉の鍵穴に第二特別房の鍵がはまって開錠する音が。


 「よし!空いた!」

 言うが早いが、ひったくろうとするかのような勢いで開いた扉の向こうに続いていた下に降りる階段を落ちるような勢いで駆けぬけ、二枚目の扉に手をかけていた。

 「これは……こっちか」

 ただでさえ見えにくい夜間。それも一階から更に下に降りている時点で光の十分に入らないことは容易に想像できるその場所で、彼女はもどかしそうに鍵束から二枚目の扉の鍵を見つけ出した。正確には、その候補をだが。

 それから複数回のトライ&エラー。


 やがてカチリという音が聞こえたかと思うと、それが空耳ではないと理解するよりも早く扉が奥に開き、それに合わせて吸い込まれるようにシェラさんが中に消えた。それに合わせてなだれ込む俺たち。その時には既に先行したシェラさんの手が、いつの間にか取りだしたランタンをいじっている――それが分かったのも、その後すぐにその手の中で光が灯ったからだったが。


 「シギル!」

 光が灯ってから少しの間、蛍のように――それにしてはせわしなく――辺りを彷徨っていたその光がある一点で固まってからそちらに突っ込んでいく。

 その背中を追って部屋の片隅へ。

 この第二特別房はどうやら意外と広い部屋を上のように区切っているのではなく、ほぼそのまま使っているらしい。あくまでランタンで照らされた場所を見る限りだが。


 だがそんなことはどうでもいい。

 光で照らされた、壁際に座り込んだ人物に比べれば。


 「シギル!」

 もう一度シェラさんが叫び、照らされた人物の、腫れた瞼の下で目が動いた。

 「シェラ……なのか……」

 消えそうな声に続いたのは、名を呼ばれた彼女の抱擁。

 その人物=シギルさんはそれを動かずに受け止め、静かに目を閉じる。

 「ああ……」

 それきり、何の言葉も発されなかった。

 ただ二人は、お互いの体だけで理解しあっていた。

 少しの間それが続き、ようやく抱擁を解いたところで、シギルさんは妹の同行者三人に気が付いたようだった。

 「そちらは……」

 「大丈夫。彼らは味方だよ。ここに来るまで協力してくれた」

 代わりにそう言いながら、ナイフで手足を縛っていた縄を切り、自由になった兄の体を支え、肩を貸して立たせるシェラさん。


 「ほら、立てる?」

 「すまない……。そちらの皆さんも」

 シェラさんに代わって手に持ったランタンで彼を見ると、ただここに閉じ込められていた訳ではないという事が良く分かった。

 片目は腫れあがった瞼で見えなくなっており、縛られていた手足はうっ血していたのか紫色に代わっている――手だけではなく足も。つまり裸足だ。恐らく脱走を防止するためだろう。

 そしてボロボロの衣服は、所々内出血で黒く染まっている。


 ここまで通ってきた時に見えた部屋のことが頭の中にフラッシュバックする。あそこで何が行われていたのかが。


 「一度隙をついて逃げようとしたんだがな……、おかげで入念に痛めつけられた……」

 自然と両手が強く握りしめられていることに気が付いたのは、同じ感情を抱いていたのだろうシェラさんの憎々しげな声が聞こえてきてからだった。

 「衛兵ども……」

 逃げるに決まっている。

 突然理由もよく分からないうちに拘束されれば誰だってそうするだろう。それで逃げようとすれば拷問を加えるなどと、まともではない。

 シギルさんは衛兵隊長と町の役人たちの汚職の証拠を追っていたのだ。それを暴力によってねじ伏せようというのだろう――腐った町だ。


 「気をつけろよシェラ」

 その妹の声に警告する様にシギルさんが告げる。

 「ここの衛兵どもはなんだか妙だ。生気がないというか……まるで人形が動いているような状態だ……」

 そのくせ力加減は出来ないとくる――そう付け足して、痛むのだろう顔を手で覆う。その袖がちぎられた腕にも何か棒状のものを押し当てられたような形で火傷の跡が走っていた。


 「衛兵たち……一体どこにいるのでしょう?」

 その言葉にフレイがそっと俺に呟いた。

 確かにここまで一度も見かけていない。妙な点といえばそれもだろう。

 「どこかに隠れている?でも何のために?」

 「……あくまでもしかしたら、ですけど――」

 あまり周囲に不安をまき散らさないためという配慮だろうか。少し声を落としてフレイは続ける。

 「……私たちが来ることを見越して、誘い込むため?」

 ない――と言いきれないのが恐ろしい所だ。

 なにより俺自身彼女が今疑問を口にした時にその可能性を考え始めたところだっただけに。


 「でもさ……」

 だからそれに答えた言葉は、半分以上自分に対して言い聞かせるようなものだった。

 「だとしたら、あの召喚術師たちはどうして向かってきたんだろう?」

 「それは……そうですね。不知火山繭で周囲を偵察するだけならともかく、あの場で仕留めようとしてきましたし……」

 勿論それだけの理由で誘い込み説を否定することはできないだろう。

 だが、誘い込んだわけではないとすると、全く衛兵が現れないことの説明がつかない。

 「なんにせよ。あんまり長居しない方がよさそうだね」

 「そうですね。脱出しましょう」

 そう言って、俺たちはシギルさんが座っていた場所の近くの壁に目をやる。そこには一か所扉が取り付けられており、この部屋の場所から考えて恐らく外に出られるはずだ――レジスタンスの地下通路のようなものが伸びていなければ。


 「そこは使えないよ」

 そんな俺たちに背後から声がする。

 振り返ると、シェラさんに支えられながらシギルさんが首を横に振った。

 「外から打ち付けられている。ここに来てくれた時の道を引き返すしかない」

 そう言われて、彼らの向いている方向=今来た道を見る。

 二階から出るのは厳しいだろうから、本来なら見張りが立っているだろう一階の入り口を開けて出ることになる。


 「分かりました。では、一階から出ましょう」

 そう言って俺は彼らを追い抜き先頭に立つ。

 流石にけが人を引きずっている状態で先頭を歩かせるわけにはいかない。

 「すまない……よろしく頼む」

 背後からのシギルさんの声に、俺はラットスロンの柄に手をやった。

 「フレイ、一緒に前に立ってくれ。セレネは殿を」

 「了解です」

 「わかった」

 姉妹がそう答え、フレイが俺に並ぶ。

 最悪の場合、俺と攻撃魔術が使える彼女が道を開くことになる。

 そしてその場合、回復や補助の魔術を使えるセレネの後方からの援護は必要だ。


 「よし、行こう」

 注意深く今来た道を戻る。

 怪我をしている上に裸足のシギルさんを連れている以上無茶は出来ない。

 つまりこういうことだ――万が一の際は、それでも逃げられるようにしなければならない。

 その思いを胸に、腰のお守りに手を触れる――大丈夫。きっと大丈夫。

 そうやって一階に戻り、一直線上にある階段の前に目をやった、まさにその瞬間だった。

 「!?」

 心臓が一際大きく撥ねる。

 その音が聞こえたのではないかとさえ思う隣のフレイもまた、俺のそれに合わせて同じぐらいの音を立てていたと思うほどに硬直していた。


 階段の前の広間。

 入り口からもほど近いそこに、衛兵が二人立っていた。

 武器も持たず、直立するそれらの間にフード姿の小男が一人。

 「フッフ……追い詰めた……」

 おかしくてたまらないとばかりの声。そしてその後にパチンと指を鳴らす。

 「えっ……!?」

 その瞬間、左右の衛兵がびくりと動いた。


 驚いたわけではないだろう。むしろ驚いたのは――そして実際に声を上げたのは――こちらだ。

 衛兵たちはぎこちなくこちらに向かってくる。

 走るでもなく、構えるでもなく。

 ただ歩き始めた子供のように、両腕をこちらに突き出して泳ぐように。

 ――つまり、まるでゾンビのように。


 「ッ!?ショーマ!気を付けて!」

 フレイが鋭くそう言った。

 その理由はすぐに俺にも分かった。

 こいつらはまともな人間ではない。いや、元々はそうだったのかもしれないが、少なくとも今は。

 まともな人間は、口から黄色いガスなど吐かない。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日はここまで

続きは明日に

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