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救出12☆

 「よし、みんないるね」

 俺たち三人が無事に入り込めたことを確認してから、シェラさんは収容所の方に目を向ける。

 それに倣う俺たち。

 しかし、予想とは異なる空間がそこにはあった。


 「え……っと、ここ……?」

 戸惑いを隠しきれないセレネの声が、小さく隣で聞こえる。

 彼女もまた俺と同じ感想を抱いているようだった。

 収容所は山肌に沿って設けられた四つの建物と、本来ならそこをくぐるのだろう門によって構成されている。

 門は固く閉ざされ、その上に設けられた櫓には松明が灯っていて、恐らく門の外を警戒しているのだろう。

 松明はそこだけではなく、それぞれの建物の入り口付近や、テラスがあるものにはそこにも、他にも今しがた超えた土塁の縁にも、恐らく荒野を監視するためだろうものが取り付けられている。


 だが、それだけだ。

 それらとともに周囲を警戒しているはずの衛兵たちの姿がどこにも見えない。

 施設だけは警備の痕跡を残しながら、人の姿だけが忽然と消えてしまったようだった。


 さっきの騒ぎで全員出払っている?流石にそれはないだろう。

 仮にも収容所=人を閉じ込めておく施設だ。捜索隊や増援部隊を派遣したとしても、ここを空にするとは考えられない。


 「理由は分からないが、どうやら人目を気にする必要がなくなったらしい」

 同じ疑問を抱いていたのだろうシェラさんが、人の消えた門の前に目を向けながらそう呟いた。

 口から出たその言葉が、自分の中にある不安や疑念を覆い隠すために出てきたものだという事は、その口調からなんとなく察することが出来た。


 「姿は見えないが、警戒はしておこう」

 「そうですね……」

 そう答えながら俺は彼女に続いてすぐ前にある二階建ての建物に近づいていく。

 念のためその建物の二階にも目をやるが、窓には光がなく、一切が静まり返っている。

 その不気味な沈黙を保っている建物にとりつくと、シェラさんが記憶を辿るように口を開く。

 「この収容所には一般房と特別房が存在する。特別房があるのがこの建物だ」

 「よく知っていますね」

 「まあ……ね。敵の情報を知っておくのも大切なことだからね」

 そう言うと、シェラさんはもう一度鉤縄を取り出す。

 「扉は施錠されているだろう。二階の窓から入って道を作る。待っていてくれ」

 言い終わる頃には鉤縄が屋根にかかり、そこをするすると器用に登っていく。

 一人では危険です――その言葉は、その風のごとき身のこなしが飲み込ませた。彼女なら一人でも問題ないだろう。


 事実、危なげなく登りきると、窓の前に屈みこんで何かをいじること数秒。音もたてることなく自分一人分のスペースで窓を開けた彼女は、中に吸い込まれるように消えていった。


 「凄いねシェラさん」

 同じように見上げていたセレネの声。

 その声に彼女の方を改めて見るが、しかしその目を途中で行き先変更させたのは隣で険しい表情を浮かべているフレイだった。

 「フレイ?」

 「……気のせいだといいのですが」

 小さく返ってきた声。警戒して声のボリュームを落としているというだけではないその口調。

 「気配がします。すごく嫌な……」

 「なんだって!?」

 言われて辺りに目をやるが、俺には何も見えない――夜であることを別にしても。

 正面の建物の中、背後にある高床式の建物、そして今しがた横断してきた広い道――というよりもスペース。

 そのいずれにも人の気配は感じない。

 これが所謂霊感というものなのだろうか。


 だが、フレイは小さく首を横に振った。


 「ただの思い違いかもしれません。ほんの一瞬、魔力というか……モンスターのような気配がしたのですが……」

 そんな空気にいる相手を驚かそう――というつもりは全くないのだろうが、その時丁度縄梯子が空から降ろされてきた。

 少しだけびくりとしたフレイが、枯れ尾花に気づいて恥ずかしそうに目を逸らす。

 「来てくれ」

 その縄梯子のゴールからの声に、俺たちは再度彼女を追うようにして梯子に足をかけた。

 梯子は先程とは別の窓から投げ出されており、無事に登りきった俺たちも、文字通り火の消えた暗闇の中に降り立った。


 「妙だ。誰もいない」

 先程のフレイの言葉を裏付けるようなシェラさんの言葉。

 静まり返った建物。そして全く人気のない空間。さらにはフレイの感じたという嫌な気配。

 ――そうしたものを振り払いたかったのかもしれない。


 「どの道行かなきゃならないんです。むしろ好都合だと考えましょう」

 ラットスロンに手を伸ばし、柄頭をポンと軽くたたいてそう言うと、シェラさんが一瞬はっとした表情で俺を見た。

 そして今度は俺も感じる気配=フレイとセレネも背後で同じように見ているはずだ。

 「そうだな……。ビビっていても始まらない」

 そう言って、シェラさんは背後の扉を指さし、反対の手の中に鍵束を揺らした。


 「ここにあった特別房の鍵だ。それと、ここの日誌も見つけてな」

 そう言って小さな帳簿を一つ、腰の帯に挟んでいるのを、彼女が抜き出しのを見て気付く。

 「ここに兄を収監した記録が残っていた。それによると、どうやら第二特別房に閉じ込められているらしい。だが……まあ、見てくれ」

 開かれたノートを月明かりの下に持ってきてくれる。

 ぼんやりと光の中に映し出されたそれは、ごく普通の――あまり上手ではない――殴り書きしたような文字だ。

 字の上手さはともかくとして、別におかしい様子はない。


 「えっと……これが?」

 それに気が付いたのはフレイだった。

 最新のページであるそれを一枚めくって昨日の内容を確かめる。

 「なんだこれ……」

 そこにあったのは、それが収容所の看守がつけている日誌であると信じられないような稚拙な文章と文字。

 全て利き手と逆の手で書いたような、バランスの悪いがたがたの字。

 字を覚えたての子供が落書きしたような有様の、文章とも言えないような文字の羅列が不格好に並んでいる。


 「更にこの前日も」

 そう言いながらシェラさんがページを繰ると、一昨日の内容もまた幼稚園児の落書きのような代物が並んでいる。

 「おふざけとは言えないと思うが」

 俺たち全員がそれを認識したというところでシェラさんが一言そう締めくくる。

 明らかに大人が書いたのとは異なる字がぽつぽつと並ぶだけの日誌。そして恐らくそれを書いた張本人も含めて忽然と姿を消してしまった。


 一体、この収容所では何が起きているのだろうか。

 或いは既に何かが起きた後なのだろうか。


 不意に背中に冷たいものが走り抜けた。フレイの言っていた嫌な気配というのも、今では理解できるような気がした。


(つづく)

今日も短め

続きは明日に

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