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救出11

 その最中、ふと後ろを振り返る。

 この建物が門から一番離れているが、本来ならこちら側にも門があって、そこに一番近いのがここのようだ。

 その門は今では固く閉ざされ、その向こうには山脈に巻き付くように道が伸びている――はずだったのだろう。本来橋が架かっていたと思われる門の外すぐの崖には、僅かにその名残が残るだけになっているのが、わずかな月明りと松明の光によっておぼろげながら見えてきた。


 一体この場所はどういう場所だったのだろう。

 何故交易所が閉鎖され、こうして貯蔵庫に、それ以前は収容所として使用されていたのだろう。


 「まあいいさ」

 とりあえず今はそれより目の前の仕事を優先する。

 生きて帰れば、その辺だって調べることもできるかもしれない。

 そんな風に思考を打ち切り、そして同時にいい気分転換になったと考えて目の前と足元に集中する。


 屋根の傾斜はとても真っすぐ進めないというほどではないが、それでも気を抜けば落ちるという意識が抜けないぐらいの勾配がある。

 そしてその下の道を、松明を持った巡回がうろついているのだから、万が一にも落ちることなどあってはならない。

 極力足音を消し、姿勢を低くして這うように進む。


 幸い連中にも屋根は歩くところではないという認識があるのか、巡回の眼は主に自分のいる路上や、目の前に広がっている暗黒の荒野に向けられている。

 流石にこちらを向いている時に派手に動けば視界に入るだろうが、それでもこの建物には松明が備えられていないため光源がない。最大限の警戒をするに越したことはないが、それでも移動すること自体は可能だ。


 そしてその見立てが誤りではないことの証明になるだろうか。道に面した側の屋根を歩ききり、隣=スイ達が捕らえられている建物と路地を挟んで隣り合う側に回ってくるまで、誰に見つかることもなかった。


 「よし……」

 とりあえずほっと胸をなでおろす。

 幸い、あの族長がいるらしい隣の建物の二階には、こちら側に向いた窓が存在しない。

 ゆっくり、静かに屋根の下の方へと体を滑らせていく。

 ひさしの向こう、隣の建物の半地下になっている部分に降りる階段の前に立っている番兵=先程交代した人物が松明を持ってあくびをかみ殺しているのが、屋根の下からせりあがって見えてきた。

 普通、扉に警備を置くのはみだりに人の出入りがあってはならない場所だ。


 ほぼ確実な推測:あの扉の先にスイたちがいる。

 そしてほぼ事実:あの眠そうなやつが鍵を持っている。


 「仕方ないか……」

 小さく口の中で唱え、そっとダガーを抜く――刃が月明りを反射しないように注意しながら。

 「炭でも塗ればよかったな」

 とはいえ、今それを言っても仕方がない。

 手の中に隠すようにして逆手に持つと、奴が通りの方に目を向けたのを見計らって屋根の下ぎりぎりまで降りていく。

 流石に火を持っている相手に飛び込むのは勇気がいる。

 ――だが、躊躇っている場合ではない。


 周囲に目を配る。

 今のところ人が近づいてくる気配はない。

 足元の屋根は一部が路地に向かって突き出しており、その先端は私の体ぐらいある大きさの柱によって支えられている。

 「よし……」

 覚悟を決める。

 奴はまだよそを見ている。

 屋根の一番端へ移動。直線で結ばれる私と奴。


 「ッ!!」

 同時だった――奴がこちらに気が付くのと、奴に向かって私が飛び降りるのが。

 「ぐっ!!?」

 奴が僅かに声を上げ、突然降ってきた女の全体重をもろに受けて建物側に吹き飛ぶ。

 激しい音が鳴り、奴が体の後ろ半分を打ち付けながら、首にダガーを打ち込まれる。

 「ちっ……」

 予想外に大きな音に思わず舌打ちを漏らし、すぐに立ち上がって飛び降りた屋根の下に動かなくなった相手を引きずっていく。


 「おいうるせえぞ。なんだ」

 柱の影に隠れたのと、その声とともに今しがた飛び降りた建物から人が、それも私が隠れている柱の向こうにあった扉から出てくるのは、ほんの僅かなタッチの差だった。

 「ああ?誰もいねえ……」

 声で察する。出てきたのは昼間私を取り囲んだ三人組の一人だ。

 「……なんだ?不用心だな」

 その声で私は自分のしでかしに気が付いた。

 今足元に倒れている男は松明を持っていたのだ。

 そして、今私の足元にそれはない。それがあるのはここからほんの1メートルもない所=奴がさっき立っていたところ=柱の向こうにいる男から見える場所だ。


 男の足音が柱のすぐ後ろに聞こえる。

 「仕方ない」と「結果オーライ」の二つの言葉が同時に脳内を駆け巡った。


 背中に触れる石の柱のひやりとした感覚が意識を研ぎ澄ませる。

 検問所で使った手斧を再び右手の中へ。

 それを見計らったかのようなタイミングで、柱の影から男が見えた。


 「シッ!」

 「ッ!!?」

 ここに私が潜んでいることには気が付かなかったようだ。

 飛び出して、樵が木を切り倒すように、その首に手斧を叩き込むと、驚いて固まった表情のままのそいつを掴んで柱の影に引きずり込み、その勢いを十分に乗せて柱に頭を叩きつける――ダメ押しの一撃。


 あの時最初に話しかけてきた――というより突っかかってきた――男との再会は、一言も言葉を交わさずに終わった。


 柱の根元に転がる二人から、ダガーと手斧をそれぞれ回収して高床の下へ隠し、最初の男からはまだ新しい鍵束を貰っておく。

 「よし」

 そのまま階段を下りて古びた扉に鍵を差し込んでいく。

 一個目は外れ。二個目でカチリと軽い音。

 「……」

 扉の前に立たず、少しだけできた隙間から中を覗き込む。

 明かりは消えていて、静まり返っている。

 「う……」

 そして、明らかに普通ではない臭いが鼻腔に突き刺さってくる。

 この扉一枚の向こうで遮っていたのが不思議なぐらいの異臭。古い脂のような独特なそれを強烈にしたものが扉の中に詰め込まれていたのだろう。


 思わず顔を背けてから、しかし中を見ないわけにもいかず目を凝らす。

 幸い扉の近くに過去の映像にあった、デンケ族の居住区画への地下通路と同様の照明が取り付けられているのを見つけ、その器具の足元に転がっていた、ガラス玉のような魔石をはめ込むと、ぼんやりと部屋の四隅が光り始めた。

 そしてその瞬間、辟易していた臭いが吹き飛んだ。嗅覚は視覚情報の前に沈黙を選んだ。


 「メリル……さん?」

 こちらを見上げる少年の声。

 彼の顔と声。

 ようやく、ようやくだ。

 「大丈夫か?」

 他に言いたいことはたくさんあったような気がするが、それしか出てこなかったボキャ貧な私を、両手足を縛られて転がされていたスイが、信じられないという目で見上げていた。


 「どうして……?」

 その後に続いたはずの言葉はいくつか候補が挙げられるが、実際のところは永遠に分からない。彼はそれきりだったのだから。

 「どうしてって……そうだな」

 そして私もそれで大体意味を悟った。

 同時に正直なところ=君を助けたい一心でここまで来たという事実を伝えるのは恐ろしく恥ずかしいような気がしてきた。


 「探していた相手がここに来たらしいのでね」

 まあ、嘘ではない。

 その証拠に、彼には見えていないようだが、その目の前の地面には足跡が光っているのだから。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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