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冒険者たち2

 「そうか……」

 「だから、僕のような落ちこぼれを派遣して形の上だけは捜索中という事にしています……国を発つ時、教官からそう言われました」


 落ちこぼれ。聞き間違いではない。

 「そんなに卑下するものでもないだろう?今日の薬は君が作った物じゃないのか?」

 魔術にはそこまで詳しくはないが、それでもあの魔術薬が上質なものであることは一目でわかる。一瞬で傷をいやし、少なくともすぐに立ち上がって歩けるぐらいには痛みすら残していないのだ。


 「ありがとうございます。……ファスの魔術は魔術薬学から始まったと言われています。そのため基本中の基本過ぎて、高等術官には相応しくない魔術だとされているのです」

 僕はあれ以外得意なものがありませんし。そう付け加えられる。


 なんとなく、その話が本当だとしたら派閥云々もあり得るかもしれないという気になってくる。


 「それで……僕はこの一か月近く兄を探し続けているのですが、何の手掛かりもなく……。本国にその旨を伝えても一切連絡がなくて……」

 「成程な」

 捜索資金ももう余裕がないのだろう。元より形だけの捜索だ。


 「それなら一度帰国してはどうだ?」

 「そのことも確認したのですが、やはり何の返事もなく……」

 そこで再び自嘲の、或いは虚勢か捨て鉢の笑みが浮かぶ。

 「僕は落ちこぼれで、後ろ盾になってくれる人もいません。その上兄が問題を起こしたとなれば、一緒に厄介払いされても仕方ないです」


 「ふぅん……」

 コップの中の泡の膜に目線を落とす。

 その姿を彼がどう思ったのかは分からない。だが、何とかして自分がそれほどひどい状態ではないと思わせたいと考えたことは、その声の様子からなんとなく察した。


 「でも、まあいいです。実を言うと僕、半分ぐらい自分で志願したんです。どうせ術官院にももう居場所はないし、両親からも期待はされていませんし」

 いったいその話のどこまでが本当なのかは分からない。

 だが、まさしく言葉通りの意味ではないという事は――そして彼が嘘の下手なタイプであることは――カウンターの木目に落ちていく視線と、最後まで維持できなかった声のトーンで伝わってくる。


 そしてその事は、彼自身自覚があるところのようでもあった。


 「資金繰りのために明日にでも冒険者ギルドに行って、冒険者になろうと思います」

 たった今のリベンジか。努めて明るい声でそう宣した少年は、ぎこちなく笑って見せた。


 「……まあ、確かに君の腕なら魔術師としてどこかのパーティーに入り込むことは出来るだろうな」

 だがそれで採算がとれるのか、そこをクリアしたとして、本当にそれで探し出せるのか。

 ――そして、そこまでして探す必要などあるのか。


 じっと彼を見る。

 きっとそのことは彼自身が一番良く分かっているだろう。そしてきっとわかりたくないのだろう。不合理な骨折りをさせられているという事を。もしかしたら、その仕事を不合理な骨折りと考えている自分自身を。


 「……まあ、上手くいくといいな」

 当たり障りのない言葉だけを投げかけておく。

 それで切り上げ、この話からは逃げてしまおう。


 嫌な発見:自分で聞きだしておいて、相手が自分ではどうしてやることもできない苦境に立たされていると知ってしまうと、聞いたことを後悔してしまう。


 人間とはつくづく生きづらいものだ。


 「はい……ありがとうございます」

 その言葉から耳を塞ぐ代わりにコップの中身を一気に煽る。

 ――流れ込む炭酸の刺激が脳に達したのか、ある考えが沸き上がった。


 「なあ君、ものは相談だけど――」

 もう一度彼の方へ向き直る。

 同時に今日アーデン商会で儲けた金額を頭の中に浮かべる――個々の宿代と様々な消耗品費を勘定に入れることも忘れない。


 「はい?」

 「私に雇われない?」

 言葉にして発しながら、その音で自分の発言を再確認する。

 「えっ……?」

 「私も高等術官というものについて全く知らないという訳ではない」

 これは事実だ。

 一体なぜ仕込んでいたのかは分からないが、あの女神はこの体に色々教え込んでいる。


 高等術官は術官院直属の養成施設で彼のような見習いを鍛え上げるが、その施設の入試は総合力が求められる。

 いくつかある魔術の分野で合格点をたたき出すことが求められ、一科目でも足りなければ足切りされる。


 「君は見習いとはいえ高等術官だ。という事は――」

 という事はつまり、その試験を突破するだけの実力は備わっているという事だ。


 「という事は、そこらの魔術師よりもよほど頼りになるという事だ」

 得意ではないとは言っていたが、それでもだ。

 他の受験者が90点をとれるテストで70点しか取れなかったとして、90点の世界にいれば確かに不得意に感じるだろうが、その外では50点がやっとの者が大勢いるとすれば?


 「で、でも……っ!」

 私がおかしな判断をしている――そう思ったのか、慌てて少年が止めに入る。

 「でも僕はその……荒事は……」

 「安心してくれ。君の背中に隠れようとは思っていないさ」

 言ってから失言だったかもしれないと思いなおしたが、まあ今は仕方ない。


 「実は私も人を探していてね、そのためにあちこち移動することになるだろうから、その時に君の魔術があると頼もしいと思ったんだ。どうだろう?」

 頼もしい――その一言が彼の自尊心をくすぐったようだった。

 その顔立ちや体つきを見れば中々そうは思わないかもしれないが、彼だって男だ。頼られるのは嬉しいのだろう。


 「私としてはサポート役が欲しいし、君は雇われの身となって報酬を得る。まあ、その額については応相談として……。それに、各地に同行してくれれば君の捜索にも役立つと思う。君にも悪い話じゃないだろう?」

 さらにもう一押し。


 「それに冒険者である以上、仕事となればそういうのを避けて通れないと思うが?」

 「そう……ですよね……」

 肯定の言葉ではない。

 だが、その言い方はすでに心が決まっている時のそれだ。


 「うん……わかりました」

 それを表すように、少年は小さく息をつき覚悟を決めたようだった。

 「よろしくお願いいたします」

 交渉成立。


 「ああ、こちらこそよろしくな。メリルだ」

 「スイといいます」

 小さく細い手と握手を交わす。明日の予定はこれで決まりだ。

 その直後難しい話はこれで終わりとばかりに少年=スイの腹がくぅと音を立てた。


 「あっ」

 「プッ、ハハハッ!」

 思わず吹き出して、それから女将を呼ぶ。

 交渉成立祝いにはこれくらいいいだろう。


 「彼にこれと同じものを」

 指し示したクロッカは、まだホカホカと湯気を立てていた。

(つづく)

今日は少し短め

続きは明日に

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