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第3話 新しい仕事に就きました

あらすじ

パーティ(党)を追放されたイワン・ベトロフは住居さえも失ったが、隣室のアーニャの家に居候し、何とか仕事を見つけることが出来た。

 

 私は雇用調整局から市の請願審査局で働くように通達を受け、2週間ほど研修を受けた。そしてついに請願の処理を担当することになった。


 請願審査局は、市民から市へと送られてくる請願を、その内容の妥当性、請願者の政治的・思想的状況、他の市の職務の遂行状況との関係、などの点から精査するのが職務だ。審査の結果、妥当な請願である、と認められた場合には市の中央行政委員会で審議に掛けられる。


 私は冒険者組合で書類仕事をしていた時、連邦内部でよく使われている規則はほとんど覚えていた。私は1つずつ内容を精査し、その妥当性と、内務警察から取り寄せた調査結果とを照合させていく。


 割り当てられた50件ほどの請願は2時間で片付いた。


 私は仕事が終わったら、直属の上司である課長に報告しろと言われていた。課長の机に向かうと、彼もまた請願書に向き合っている。


「課長、終わりました」


 私が声を掛けると、課長は書類から顔を上げた。


「ベトロフ君、もう終わったのかね? 初仕事だからチェックするよ、持ってきてくれ」


 そう言うと、彼はまた書類に目を落とす。


「はい!」


 俺は自分の机に戻り、大量の請願書を苦労して持ち上げると、課長の机の上にドサリと置いた。


「ベトロフ君……これはなにかね?」


 課長は目を丸くしてこちらを見ている。何かやってしまっただろうか。


「請願書です」


「…………未処理のものは持ってこないでよかったんだよ」


「いえ、全部処理しました。何らかの問題が有った請願には、却下理由のメモを貼ってあります」


 彼は机上に置かれた大量の書類と俺の顔を交互に何度か見て、信じられないような顔をした。


「……チェックするから、しばらく休憩していてくれ」


「はい!」



「ベトロフ君、同志ベトロフ、来てくれ!!」


 休憩に入ってから1時間ほど経ってから、課長に呼ばれる。


「はい、課長」


 課長は椅子に座りながら、私の手を握ると、ブンブンと振り回す。


「君の仕事ぶりは完璧だ! 驚いたよ」


「ありがとうございます! 光栄です!」


「君は元冒険者だったと聞いている。彼らは言ってはなんだが、腕っ節はあるが、書類仕事はさっぱりだと聞いている。それなのに、なんて手際の良さだ! 最初は党を追放された元冒険者と聞いて不安だったが、君を受けて入れてよかったよ!」


「いえ、これくらい何てことありませんよ。前の職場では、もっと多くの書類を処理していました」


 実際、冒険者組合で書類仕事を押し付けられていたときには、今の比ではないくらいに多く、しかも面倒な書類に向き合っていた。今の方が、ある程度様式が決められており、他部署からの情報も簡単に入手できるので楽だ。


「とにかく、君は普通の職員の1週間のノルマをたったの2時間で片付けてしまった! 素晴らしい! 君を推薦した御方にも、働き振りを伝えておくよ!」


「推薦?」


 推薦は、主として高位の党員によって行なわれる。しかし、イワンにはそんな知り合いはいなかった。それにパーティ(党)を追放され、冒険者として失職してから、今の職を手に入れるまで2週間ほど、その間に誰かが推薦状を提出してくれたとは考えづらい。


 課長に推薦のことを聞こうと口を開きかけた時、彼は椅子から立ち上がった。


「では、私は会議があるから失礼する。この調子で頑張ってくれ!」


「あ、はい!」




 選挙がすべて信任投票である連邦では、市民が何らかの要望を行政に伝えるには、役所へ請願するか、党や連邦で高位の役職に立つ人物に手紙を送るしか方法はない。人口250万の大都会であるパブロヴィチグラード市では、市への請願は毎日数百件に及んでいた。


 1つ1つの請願はまったく別種の内容を扱っており、対応する規則や、関連する部署についても違いがある。熟練の職員でも、1日に15件捌ければ良い位だった。新たな職員を養成するにも時間が掛かる。請願処理局の人員はまったく不足していた。


 そんな中、新人としてやって来たイワンの実力はずば抜けていた。一般的な職員の軽く10倍以上の処理能力だ。イワンがやってきて以来、新たな職員の養成に時間を掛けられるようになり、請願処理局は慢性的な人員不足から解放されることとなった。





 一方その頃、ベトロフを追い出した冒険者組合第233支部では……。


「クソ! なんでこんなに書類が多いんだ!?」


「おらぁ、字なんてまともに書けないのに……」


「俺は魔獣を叩き潰すために冒険者になったんだぞ!」


 冒険者の男たちが不平を叫びながら書類仕事に奔走していた。


 人口250万のパブロヴィチグラード市を管轄する第233支部には、膨大な数の依頼がやってくる。それらを処理するために、多くの冒険者が依頼の達成のために活動していた。


 だが、多くの冒険者を維持し、また多くの依頼を処理するためには、官僚主義・文書主義社会の連邦では、多数の書類を書く必要がある。その膨大な書類の処理を出来る冒険者はこの支部にはほとんどいない。


 なぜそれで職務が回っていたかというと、ある冒険者が大量の書類を適切に処理し続けていたからだった。そして、彼がいなくなったことで冒険者たちの職務は麻痺するようになっていた。


「支部長、これじゃ依頼をこなす暇もありません。どうにかしてください!」


 書記室では支部長の側近であるアントノフがマリンコスキー支部書記(革命前はギルドマスター)に対して悲鳴のような声を上げていた。


「しかし、新たな人員を派遣してもらうにしても、なんでこんなに状況が悪化したのかを説明できなくてな……」


 そんなアントノフに対して、マリンコスキーは渋い顔をしている。


 マリンコスキーは支部をかなり専制的に支配してきた。しかしそれは上位の組織、つまり第233支部を監督下に置く冒険者組合北西管区統括支部や、冒険者組合中央書記局から援助を受けず、逆にノルマは確実に達成する、という前提があって初めて成り立っていた。人員を派遣してもらうとなると、まず間違いなく監査を受けることになる。


 もしベトロフ1人で書類仕事をずっと行なっていて、彼がいなくなったことで支部の事務作業の全てが滞った、と知られてしまったら、自身の責任を問われてしまう。彼を不当にパーティ(党)から追放したことも明らかになりかねない。それ以外にも、マリンコスキーが上位の組織に隠しておきたいことは幾つもあった。


 そこに、同じく側近のゲリュトノフが支部長室に駆け込んできた。


「支部長! 市の第一書記から、最近の依頼達成率の低下について、説明を求める手紙が来ています!」


 市の冒険者ギルドの希望が麻痺したことで、魔獣の出現や雑務の滞りなどが深刻化していた。それらの苦情は地区の党組織から上へ上へと伝えられ、とうとうパブロヴィチグラード市の最高権力者である第一書記の元まで届いたのだ。


「第一書記から!? クソっ、どうすればいいんだ!?」


 マリンコスキーは書類が積み上げられた執務机の上で頭を抱えた。事務を処理できる人間が支部にはいない。しかし、新しい人間をすぐに用意することもできない。しかし、支部の機能が麻痺したままでは苦情は増えるばかりだ。既にかなり上の方まで苦情が届いている。


 このままでは、まずいことになる。そう分かってはいても、マリンコスキーにできることは無かった。


次話は明日(1月30日)の夜に投稿予定です。

次で最終話になります。


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また、作者の別作品も良かったら読んでいってください!

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