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男装令嬢の求婚  作者: じぃ
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「お茶を入れ直してくれる?」

アンジェリカはメイドに指示を出すと、リオンに席につくように視線を向けた。



「夜会について何か問題でも?」

「ちょっと!どうして隣に座るのよ。さっきの向かいの席で良いじゃない!」

当然のように隣に座るリオンにびっくりして、慌てて椅子を離す。



「アンジェ、それはちょっとお行儀悪いよ」

「い、今は私たちだけだからいいのよ!」

ぷぃっと顔を背ける。

古参のメイド達は2人のやり取りに慣れているため、にこやかにお茶とお菓子を用意して壁際へ下がった。



アンジェリカはそれを確認すると、盗聴防止の魔法陣が刻まれた魔石を取り出した。

コトリとテーブルに置き、指先で魔力を流すと白い光で魔法陣が立体となって現れる。

アンジェリカが魔力を流し続けるので魔法陣はどんどん大きくなっていく。

自分とリオンがすっぽりと覆われたのを確認すると魔力を流すのを止めた。



「こんなもの使わなくても人払いすればいいのにどうしたの?」

「だって未婚の女性と、一応男性とされている人間が密室で2人きりというのはまずいでしょ?」



何かあってはいけないのだ。

何も無くても密室に2人きりだったと噂を立てられることもよろしくない。



「まぁでも婚約してるんだし…別にいいと思うんだけど」



ふふっと嬉しそうに笑うリオンを見て、アンジェリカは声を荒らげた。



「それが問題なのよ!!」

「問題!?何が!?」

心底驚いた顔をするリオンにアンジェリカはまくし立てる。



「リオ!貴方は本当にこれでいいの!?夜会で婚約発表をされたら本当に女の子のリオに戻れなくなるわ」



今はまだ先程の令嬢達と執務室で顔を合わす者しかリオがリオンとなった事を知らない。

城内ではリオがリオンとなったらしいと噂が飛び交っているがまだ噂の段階なのだ。

アンジェリカの王族としての力と、ジェブリ家の力をもってすれば、その噂をもみ消すこともできる。



「いいに決まってるよ。俺はそのためにリオンになったんだから」

リオンは今更何を言うのさと薄い唇をへの字に曲げてみせた。



「私のためにリオンになってくれたのでしょう?気持ちはありがたいけれど、私はそんなことを望んでいないわ。リオにはリオの幸せな道を歩んで欲しいもの」

小さな手をぎゅうと握りしめて、アンジェリカはリオンを見つめる。

潤んだ大きな瞳をみて、リオンは小さく優しく息を吐いた。



「あのね、アンジェ。俺はね、辛い顔をしているアンジェを見るのが嫌なんだ」

「執務に支障がでていたのは謝るわ。本当にごめんなさい。だけど、それは私の問題で…」

「違うよ。アンジェの問題だけじゃない。俺の問題でもあるんだ。だって俺は…」

そこでふっと言葉を切った。




「私はね、アンジェ」

一人称をリオのものへと戻し、そっと微笑みかける。

「アンジェのことが好きなの」

「知ってるわ。私もリオの事が大好きだもの」

リオに戻ったリオンに安堵し、アンジェリカも微笑む。



ありがとうと言ってからリオンは続けた。

「私は、笑っているアンジェが大好きなの。アンジェの笑顔をずっとずっと見守りたいと思ってるの」

「そんなの友人として傍にいてくれれば良いじゃない!」

「うん。それでいいと思ってた。でもそれじゃ駄目だったんだよ」



婚約の話が出る度に、アンジェリカは暗い顔をしていた。

夜会で必要最低限の男性と踊るのだって手が震えるのを必死で押さえ込んでいるのに、婚約の話なのだ。

苦手な男性と一生を添い遂げるなんてアンジェリカには苦痛でしかない。

舞い込む婚約の打診を国王が断り続けてはいるが、国の政治に関わることだ。

いつまで断り続けられるかわからない。



「このままだと、いつか結婚させられるってびくびくしてたでしょ?」

「ええ。だってお父様は断って下さってるのに、お話は増える一方なのだもの」

「あんなやつれた顔をして無理やり笑うアンジェを見ていられなかったんだ」



国王が断り続けても、次から次へとやってくる縁談。

男性と添い遂げなければならないという恐怖。

アンジェリカは食事も取れなくなっていた。



「その時に、ふと思ったんだよね。あ、だったら私が結婚すればいいじゃないかって」

「だから!その発想に至る意味がわからないわ」

先日と同じトーンでアンジェリカはつっこんだ。



「さっきも言ったでしょ?私はアンジェが大好きだって。アンジェが目標に向かって努力する姿が好きなの」



国の政治に関わる者として、アンジェリカは必死に努力をしてきた。

外交、帝王学、語学、社交学、内政のための知識に、姫である振る舞い方…。

侯爵家であるリオンも高い教養と振る舞いを求められるが、アンジェリカはそれ以上だ。



「頑張って努力して、それをきちんと成し遂げて、それから褒めてってこっちに向かってくる笑顔が大好きで、その笑顔を見る度に私はドキドキしていたの」



これはただの友人としての好きではない。

そう気づいたのは少女から淑女と呼ばれるようになる境目くらいの事。



「そばにいられるなら良いと思っていたけれど、笑顔じゃない、幸せじゃないアンジェを見るのは嫌だって思ったんだ。それによく頑張ったねって褒める役目を誰かに取られるのも」

本当にあの頃のアンジェを見るのは辛かったんだよと、リオンは眉根を寄せて菫色の瞳を曇らせた。



「……」

紅茶が冷めるのも構わず、アンジェリカは黙って聞いていた。


「それと、私もアンジェほどじゃないけれど男性が苦手で、お父様が縁談は一切受け付けないと宣言したのは知っているでしょう?」

「え、ええ」

それが出来るのは侯爵家だからだ。

いや、侯爵家だからといっても簡単に出来るのものではないが、ジェブリ侯爵家は笑顔できっぱりと宣言した。



「お父様も宣言はしてくれていたのだけど…」

国王も娘は嫁に出さない、婿を取る気もないと宣言を出した。

しかし、国外の王侯貴族はそんなことを気にする様子もなく次々と縁談を持ってくる。

グリノワ王国はそこまで大きくない国なので大国には頭が上がらない。

目の前で釣書を突き返すことは出来ないので、検討だけは致しますと受け取るしかないのだ。



「アンジェは可愛いから諸外国の王侯貴族に目を付けられてるしね。国力の差を利用して縁談を無理矢理進められるのも時間の問題かもって心配してたんだ」

釣書の数が増える度にアンジェリカがやつれていく。

リオンは憤りを感じていた。



女である自分にはアンジェが救えない。

こんなに大好きなのに、笑顔を守りたいのに何も出来ないなんて。



「簡単なことだったんだよ!アンジェが私と婚約して結婚すれば縁談は問題なく断れるし、私もずっとずっとアンジェの側で笑顔を守っていられる。アンジェを愛でられる」

「…ええっと、女性が男性になるなんて簡単な事ではないわ…」

でも名案でしょう?とキラキラな笑顔を向けられてアンジェリカは口元をひきつらせた。



「それに私がいかず後家として家に残るより遥かに家のためにもなるし、全てが丸く収まる!」

幸い背も高いし、声も低いし、剣術も習ってきたし、後は振る舞いだけ身につければ問題なかったしと付け加える。



そして、アンジェリカのテーブルの上の手を握り、極上の笑顔で微笑んだ。



「ねぇアンジェ、婚約を聞かされたあの日以来、ずっと私を避けていたよね?」

「そ、そんな事ないわよ…」

アンジェリカは視線をリオンの顔から下方に彷徨わせる。



「……!」



その先にあったのは男性用の三つ揃い。

平べったいが厚みのある胸板。

コルセットによって締め付けられた細い腰ではなく、クビレの無いしっかりとした腰。

スカートの下で揃えて置かれていた足は、スラックスを履いてしっかりと開かれており、靴先も外側を向いている。



「ちゃんとこっちを見て?」



しぶしぶ顔を上げると、整った眉の下の吊り気味な菫色の瞳の奥がきゅっと締まる。



「この婚約はアンジェのためだけじゃなくて、私のためでもあるんだよ」



短くなった群青の髪。

すっきりとした顔のライン。



「この格好は私がやりたいと思ってしてることだから…」





____サァッ



窓から風が入り込み、二人の髪を乱した。

リオンは顔にかかったアンジェリカの前髪をどけてやり、自分の髪もかき上げる。



「アンジェが気にすることじゃない」



再び添えられた手の指は激しくなった剣の稽古の為かゴツゴツしている。

薄い唇から紡がれるのは甘やかなテノールの声。

それがやけに耳朶に響く。





「ねぇアンジェ、だから安心して俺と踊って?」





そこにいるのは令嬢リオではなく、青年貴族のリオン・ジェブリだった。



「あぁ、もぅぅぅ…!!!」




男性が苦手なはずなのに、思わずドキドキしてしまった自分にびっくりして、アンジェリカはぷいっとそっぽを向いた。


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