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勇者としての旅立ち

リンデ村への道中。


街道は、恐ろしいくらい静かだった。


今の世界の常識なら、この街道で部隊が全滅していてもおかしくないのに。


戦闘の痕跡すらないとは、どう考えてもおかしい。


少なくとも、数日以内に人が大勢通った痕跡だけはあるから、部隊が命令を無視して逃げ出したということはなさそうだ。


ってことは、魔王軍が王都周辺から撤退した……?


いや、違う。


疑うなら、もっと最悪を考えるべきだろう。


つまり、これは、誘い込まれた形かもしれない。


リンデ村に誘い込むことで、部隊の全滅を目論んでいるのかも。


生唾を飲み込む。


血の匂いの充満する村へ、向かっているのかもしれないという恐怖。


できることなら、今すぐにでも逃げ出したい。


けど……。




どのみち僕は勇者としてはこのあたりが限界だろう。


なら、最後の仕事として、誰かの役に立ちたい。


無駄なあがきだとしても。


僕がなんとか犠牲になることで、部隊一つくらいなら。


そんなうぬぼれで、どうにか恐怖を押しつぶす。



リンデ村へとたどり着く。


途中、やはり魔物たちの妨害を受けることはなかった。


でも……。


やっぱり、人の気配がしない。


魔の濃いにおいが、瘴気が漂うだけだ。


すでに魔物が部隊を壊滅させた後だったのか。


人が消えるほどの時間は経っていないはずなんだけど。


ってことは、あの噂は……。


魔物が人を食うために、人さらいを繰り返しているというあの噂は本当だったのか……。


僕が一人絶望に打ちひしがれているところに、誰かが近づいてくる。



「やれやれ。一人でやいのやいのうるさいやつだ」

「……は?」


黒いローブを着たその人間は、小柄であるということ以外にさしたる特徴もなく。


少年のような、女性のような、それでいて落ち着きのある、不思議な声で僕にしゃべりかけてくる。


「勇者ってのは、みんなそうなのか。あーいや、それが勇者に選ばれる条件、だったか?」

「あの、君は一体……」

「おっと、失礼。初めまして、勇者クン。僕は、アテンド。今風に言えば、魔法使いってやつだ」

「まほうつかい……」


魔法使いと言われ、さしたる驚きも浮かんでこない。


なぜなら、この世界は、一般市民に至るまでほとんどの人間が魔法を使えるわけで。


私は魔法使いです、なんて自己紹介は、私は人間です、と言ってるのとそこまで違いが無い。


何を当たり前のことを、と思っていると、彼?彼女?はクスクスと笑い始める。


「……からかわれたのか?」

「いやいや、そうだなぁ。この世界、良い世界になったよねぇって」

「良い……世界?こ、これが?」

「ああ。君たち人間は、いとも簡単に魔法を使い、そして魔王も復活した。とてもいい世界だ」

「ど、どこが!!君は、こんなに人が殺されてる世界を、そんな……!!」


見てきた世界は、どこも悲惨でしかなかった。


それを、良い世界?


人が魔法を使うのが、魔王が復活するのが、良い世界だと?


「ははは、今度の勇者は随分短気だねぇ。さってと、じゃあ僕はこの辺で失礼するよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!どういうことなんだ、なんだこれは!」

「なんだって、何さ?」

「どうして僕に声をかけたんだ?僕が勇者だからなのか?」

「んー……まあ、君が勇者だから、ってのは合ってるけど」

「なら、何か……何か伝えたいことがあったんじゃないのか?」

「ふむ。君は、街角で出会った野良猫に、手を差し伸べるのにそんな七面倒な理由付けをするのかい?」

「……は?」

「特に、猫のほうから寄ってきた場合なんて、理由なんかなく撫で転がしてみようとするんじゃないかな?」

「そ、そんな理由で……」

「はっは、そうかそうか。なるほど、こりゃ、勇者の選び方を間違えたかな」

「ど、どういう……」

「まあ、せいぜい生き残ってくれ。その程度なら、今の君にもできるだろうからね」

「待ってくれ!!」

「じゃあね、勇者クン。せいぜいこの世界を、面白い世界にしてくれたまえ」

「君は……ッ!」


ローブに向かって手を伸ばす。


瞬間。


ローブが消え去った。



と、思うや否や。


目の前の風景の中に、突如として大量の人間が現れた。


同時に、土ぼこりの匂いが鼻を掠める。


濃かった瘴気が、さらに濃くなる。


これは……なんだ?


僕は状況が呑み込めなくて、ただ困惑とともにそこに棒立ちになっていた。


「おい、お前……えっ、お前、なんでここに……!?」


そこには、僕が探していた、宿屋のお兄さんがいた。


「オイ馬鹿、勇者がなんで……。お前の出る幕じゃねぇよ」

「それは……っていうか、君たちはいったいどこから……?」

「なんだおい、寝ぼけてるのか。いいから、逃げるなら逃げる、戦うなら戦ってくれ!」

「……わかった。戦況を教えてくれ」


手早く教えてもらった戦況は、最悪と言って差し支えなかった。


やはり予想通り、魔王軍はリンデ村にこの部隊を誘い込んだようで。


村に全軍が入り込んだところで、突如として村全体が魔物たちに包囲されてしまったようだった。


不幸中の幸いとして、村人はいくらか残っていたようで。


まあ、これは魔王軍の策略だろう。軍隊を再びここに向けさせるための。


そして、こうして包囲するための。


宿屋の彼女も言っていたが、二週間程度の訓練では、この程度の策略すらも打ち破れない状況だったのだろう。


急造の軍隊であるが故の急所を突かれたか。


ならば、僕がやるべきことはたった一つ。


「僕がなんとか突破口を作る」

「お、おいおい、勘弁しろって。お前の弱さは聞いてるんだよ。とてもじゃないけど、お前に魔王軍を突破するなんて」

「突破はできないけど、僕が囮になることならできる」

「そ、そりゃそうだろうけど……」

「西側で僕が戦う。みんなは東側からなんとか撤退してくれ」

「あのなぁ、お前!」

「敵をひきつけながら西に移動する。頑張って逃げてね!」

「あ、おい!……ああくそ!!」


僕が走り出すと同時に、彼も伝令に走ってくれるを確認する。


これで、何とか彼らを逃がすことはできるだろう。


もっとも、そのためには僕の頑張りが必要になるわけだけど。




南側から村を出る。


魔物たちは僕に気づいたようだ。


蠢く魔物たち。


のそりのそりと、僕に近づいてくる。


魔物としては小物や、大きくても人と同程度の大きさしかいないようだ。


それでも、僕は、自分の戦歴を思い出して、震えている。


まあ、それも仕方がないか。


だって、負け続けて生きてきたもんな。


でも、今回は。


今回だけは。


「うまく負ける事」が僕の仕事だ。


それなら、誰よりもうまくできる。


最も無能な、最も負け続けた勇者の名は、伊達じゃないさ。





大剣のきしむ音が聞こえる。


一体、また一体と魔物を切り続けることに、どうやらこの大剣も苦悩しているらしい。


頬を流れる血は、返り血だったか、先ほど頭を殴られたときに流した自分の血だったか。


何度も転んで、何度も立ち上がった僕には、それすら判別できなくなっている。


痛みが体中をむしばんている。


立っているのもやっとだけど、それでも少しずつ。


少しずつ、村の西側に向けて僕は進んでいる、だろう。


小型の魔物が数匹、僕に近づいてくる。


もう一度、深く息を吐き、大剣を構える。


僕は魔物たちに向かって、今一度突っ込んだ。





手足が、動かない。


いつもなら、この程度の怪我なんて、すぐに治ってると思うんだけど。


でもまあ、これはこれでいいか。みじめに負けて帰るのも、最後の戦いなら、いいものだろうさ。


ああ、人類のみんな、ごめんな。こんな無能が勇者じゃ……。


いやでも、僕が死んだら、きっと次の勇者が現れてくれるんだろう。


それを気長に待つことにしようか……。


「おやおや、もうあきらめるのか」


そこには先ほど僕に話しかけてきたローブをかぶった人間がいた。


「…………」

「あはは、しゃべる元気もない感じか。ほら」

「う、あ……?」


声を出す程度に元気が出てくる。これ、回復魔法か?


「魔法使いだからね。さて、どうしたもんか」

「どう、って?」

「君はどうして自分が勇者だと思ったんだい?」

「それは……首に龍の紋章が……」

「ああ、それか」

「まさか、僕は勇者じゃないのか?」

「いやいや、確実に君は勇者だよ。ならまあ質問を変えようか。どうして君は、負け続けてるんだい?」

「それは……僕が弱いから、だろう?」

「なら、どうして弱い?」

「どうして……弱いのか……?」

「勇者ともあろうものが、なんでそんなに弱いんだろうねぇ。そういうところに、疑問を持たなかったのかい?」

「…………」


突如として勇者に“された”ような僕だからこそ。


いや、もっと言えば、僕以外の勇者のことを知ろうとしなかった僕だからこそ。


僕は、僕のまま勇者になったんだと思っていた。


だから、魔物になんてそうそう勝てるものではないと思っていた。


一体二体ならまだしも、数百やらを相手に常勝できる。


そんな勇者のイメージからかけ離れてしまっているのは、僕が無能のまま勇者になったからだと思っていた。


でも……。


「違うのか?僕は、僕は勇者らしく戦うことができるのか?」

「君の思う勇者らしさは、それはどちらかといえば英雄らしさだろうよ」

「英雄……」

「軍の衝突が多いからね。そういう理想を掲げるのだろうけどさ。勇者ってのはさ、もっと個人的なものさ」

「個人的なもの?」

「そう。目の前の人を救いたいとか、目の前に魔王がいるから倒したいとか、その程度のものだ」

「……世界を救うなんて、考えないようにしろってことか?」

「まあ、結果として世界を救っちゃうのが勇者だってことさ。もっと好きにやりな」

「好きにやれって言われても……」


どうすりゃいいのさ。そう思う。


使命を全うしようとした、僕は間違っていたんだろうか。


って、そうだ、思いだした。彼は、彼女のもとに帰れただろうか。


「あの、この戦場はどうなったのかな」

「ふふ、ようやくその話か。イースルはアズラのもとに帰ったよ」

「いー……?ああ、お兄さんは、あの子のところに」

「まったく、君はどうしようもない勇者だなぁ。君に助けを求めた子と、救う相手の名前くらい覚えておいたほうがいいと思うよ」

「それは……」

「その分じゃ、僕の名前も覚えてないだろうね。まあいいさ。次からはもっと勇者として頑張るといい」

「……」


僕は何も答えられなかった。


確かに、名前を聞いたかもしれない。


けれど……。


僕は、その名前を憶えていなかったから。


目の前の人をとにかくたくさん救えばいいと思ってた。


けど、違ったんだ。


きっと今回初めて成功できたのは。


全てをあきらめてただけだ。


だから……。


「ありがとう、その……」

「アテンドだ」

「アテンド。君の名前は、覚えたよ」

「そうするといい。じゃあな、勇者クン」


そういうと、アテンドは消えていった。


ふっと、感覚が戻ってくる。


ああ、全身から痛みが引いていく。


体を強引に揺り起こす。僕の周りには、魔物の死骸が転がっていた。





街に戻ると、イースルとアズラが迎えてくれた。


他の何人かも、僕のことを遠巻きに観察してる。


でもそれは、この前までのような、侮蔑の目とは違う。戸惑いの目だった。


「ありがとう、勇者。君のおかげで、助かったよ」

「勇者さん、本当に……何と言っていいか……」


涙ぐむ二人を前に、心が弾むのがわかる。


ああ、この笑顔が見たかったんだ。僕はずーっと、この笑顔のために戦ってきたのかもしれない。


宿屋の親父さんも、戸惑いながら僕の手をぎゅっと握ってくれた。


きっと、感謝の意味を込めてだろう。


僕の眼がしらも、否応なしに熱くなってしまう。





そうして僕は、ようやく勇者としてのキャリアの一歩目を踏んだ。


後日、王様に呼び出されて、事の詳細を報告すると、王様と大臣は緊急の会議を開くといって僕を置いて出ていってしまった。


おそらくなにやら僕の利用方法でも思いついたのだろう。


それならそれで、構わないかと思っていると、その緊急の会議とやらに即座に呼び出される。




「辺境地区の捜査?」

「ああ。リンデ村から西に数時間、カサゴ丘を越えた先に複数の集落がある」

「そこに行って、何をすれば?」

「ただ様子を見てくれればそれでいい。もし、万が一、まだ人間が残っているなら、是非とも連れて帰ってきてもらいたいが」

「なるほど。情報がそもそもないってことですね」

「ああ。それと、これは陽動でもある」

「陽動……」

「これを期に、リンデ村への街道を整備する。そのためにも、勇者がリンデ村より先に向かったという情報が必要なのだ」

「ああ、なるほど」


僕がカサゴ丘を越えようとしていると聞けば、少なくとも魔王軍のいくらかは僕を目当てに動き始めるだろう。


そうすれば王都南部の魔物たちの総量は、多少減ってくれるかもしれない。


そんな“一縷の望み”にかけたのだ。


というか、そうか。


これを言えるんだなぁ、王様という人は。


言わなくてもいいだろうに、それを言い切れるのは、王様としての処世術か。


「わかりました、やりましょう」

「ああ、ありがとう。助かるよ」

「えっと、それじゃあ今すぐにでも?」

「ああいや……ユージェニー!」

「はい」


王様が名を叫ぶ。と、席に座っていた一人の女性が立ち上がった。


甲冑を着込み、いわゆる女騎士のような容貌。


金色に輝く髪は、短く整えられ、くぐもった世界で煌びやかに輝きながら甲高い音を出すような。


こんな人、まだ生き残っていたんだなぁ、なんて。


「彼女を連れていってほしい」

「……え?」

「よろしくお願いします、勇者様」

「え、あ……ん?」

「どうした、勇者」

「ああいや……」


僕の仕事は、いわゆる囮じゃないのだろうか。


そこに彼女を連れていくってのは、つまり彼女も囮になるわけで。


少なくとも負ける可能性の高い僕とともにいることは、彼女にとってはとても危険な状況になると思うんだけど。


「その……いいんですか?」

「ふむ。君の任務は何か」

「えっと、辺境に行って、街道整備の囮になる、ですよね?」

「ああ、そう理解したか。いや、違う。君の任務は、情報の収集だ。囮は、副次的な効果だよ」

「えーっと、ああなるほど、つまり、彼女は最悪の場合の保険ってことですか?」

「はっはっは、まったく君はどこまでも悲観的だな」


わ、笑われてしまった。


僕が辺境地区で野垂れ死んだとしても、彼女が代わりに情報を持って帰るってことだと思ったんだけど。


どうやらそれも的外れだったようで。


「ふむ……。負け癖はここまで来ているのだな。いいだろう、何も言わず、ユージェニーとともに辺境へ向かうといい」

「えっと……」

「我々は君を勇者として扱うが、それは何も君に問題のすべてを任せるということではないのだよ」

「……そう、ですか」


一人ですべてを背負う必要はない、ってことか。


だからこそ彼女、ユージェニーを共に連れて旅をすることで、僕の意識を変えようとしてる。


確かに、今まで僕には仲間なんていなかった。


全部僕に任されてたようなものだったし。


これは、王様としての、そして王都としての戦略なんだろう。


「わ、わかりました。じゃあその……よろしく、ユージェニー」

「はい、よろしくお願いしますね」


彼女は僕に向かってほほ笑んだ。




宿屋に戻ると、アズラが僕を迎えてくれる。


「あ、勇者様、お帰りなさい。今日はシチューよ」

「おっと、豪勢ですね。せっかくなのでいただいてから出かけることにしますね」

「……で、出かけるの?」

「ああ、うん。王様に命令をいただいて。ちょっと旅に行ってきます」

「そっか……。あの、お兄ちゃんから聞いたの。勇者様、その……やっぱりそんなに強くなかったって」

「あはは……。まあ、うん。それなりに、頑張ってるだけだからね」

「その、気を付けてよね。ちゃんと、帰ってこないと、ダメなんだから……」

「……うん。僕が帰ってくる頃には、もっといろんなものが食べられるようになってるといいですね」

「あ、うん!ふふ、お兄ちゃんも街道を取り戻すぞ!って意気揚々としてたのよ!」

「あはは、それはいいね。さて、さっそくシチュー食べていいかな?」

「ええ!」




普段よりも具の多いシチューをいただき、手早く身支度を整えて宿屋を後にする。


帰ってくる、か。死ぬ覚悟よりも難しいことかもしれないなぁ、なんて。


僕はユージェニーと待ち合わせている城門へと足を向ける。




「お待ちしていました、勇者様」

「ごめんごめん、さあ行こうか」

「清々しいお顔になりましたね」

「そ、そうかな?」

「ええ。さあ、行きましょう。そして、帰って来ましょうね」

「う、うん。ありがとう」


彼女とともに歩き始める。


ついこの前まで一人で旅をしていたし、一人で敵と戦っていた。


それが今や、精悍な女騎士との二人旅。


少しばかり心が躍るのも、仕方がないと思う。


それと、やっぱり僕はここに帰ってこなきゃいけないんだろうと。


それは情報を持ち帰るという任務もしかりだけど。


アズラやイースル、王様の顔ももう一度見たいし。


それに何より、この街道が整備されて、リンデ村との交易が再開されるのも楽しみだ。


少なくともそれを見るまでは死んじゃいられないなぁ、なんて思いが湧き出るのを心で感じつつ。


僕は今一度、勇者として旅に出る。

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