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虚勢と希望

「……ここに、置いておくからね」


ドアの外から声が聞こえる。毎朝の日課。宿屋の娘さんが、僕の分の朝ごはんを持ってきてくれる。


ベッドの中から飛び起きて、適当に身なりを整える。


寝間着のままなのは申し訳ないけど、いつものこと。


僕はドアを開けて、朝ごはんを受け取りに行く。


ドアを開けると、彼女の姿。置いておくと言ったのに、わざわざ待ってくれるところが、いじらしい。


「ありがとう。それと、おはよう」

「はいはい、おはよう。昨日、また外に出たんでしょ」

「その……少しお腹が減っちゃって」

「勝手にすればって言いたいけど、あまり街の人の神経逆撫でしないでよね。その……分かるでしょ」

「そうだね……反省するよ」

「じゃあ私、他の部屋の分もあるから」

「うん、ありがとう」

「それはもう聞いた。……」

「……ん?ど、どうかした?」

「ううん、その……。なんでもない」


いつもなら今のタイミングで立ち去る彼女が、立ち去らない。


何かあったのかと、気になってしまうのは、僕の心がまだ誰かを救うことを求めているからだろうか。


それとも、まだ誰かを救えるなんて勘違いをしているからなのだろうか。


「何か、僕で役に立てることがあったら……」

「いいの。……なんでもないから」

「でも……」

「なんでもないったらなんでもないの!」

「……そっか」

「あ……その……ご、ごめんなさい。行かないと」

「うん」


そうして彼女は少し戸惑った様子で僕の部屋から離れて行く。


何か、話したいことがあったのか。


大方、宿屋の主人に、あんなの追い出せばいいとか言われたんだろう。


悲しい話だけど、こんな反応はまだマシな方だ。


もっともっと辛辣な反応をされることの方が多い。


僕がこの宿屋から逃げ出さないのは、彼女の優しさによるところが大きい。


そういう意味でも、この部屋は僕の唯一の救いなのかもしれない。




宿屋の窓から外を見る。


そこでは、王国軍が隊列をなして行進しているのが見えた。


それを見守る街の人の表情は浮かばない。


それもそうか。ほぼ死地に向かうようなものだ。


あの行列の中に、見守る人の家族がどれほどいるか。


いや、むしろほぼ全員が、この街に住む誰かの家族なのだろう。


街の人の一人が、チラとこちらをみる。


僕に気づいた瞬間、怒りと悲しみの感情がその目に宿るのが分かる。


勇者なら勇者らしくこの窮地を救ってくれよ。


そう訴えているような目だ。


僕はその目が怖くなって、窓をそっと閉めた。




王都は、三方を険しい山に囲まれた、天然の要塞だ。


南に位置する拓けた平原は、かつて王国の食糧生産を一手に担えるほどの肥沃な場所だった。


が、そこも魔軍の侵攻により、世界で最も安全な道と言われた王都との連結路すら、今では魔物が蔓延り、人の往来など軍隊の護衛なしでは不可能になってしまったほどである。


王都は度重なる肥沃地帯の奪還を試みているが、現状それは成功していない。


あの辺りにあったはずの村は、今どうなってしまっただろうか。




翌日の朝。


人の気配を感じて目を覚ますと、そこには宿屋の娘さん。


こんな事、今までなかった。彼女は彼女なりに、宿屋の従業員としての矜持を持って働いていたはずだ。


少なくとも、部屋の主人が寝ている時に入り込んでくるような子ではなかった。


「お、おはよう。どうしたの、急に」

「…………」


彼女は僕が目覚めた事を気にかけるでもなく、ただ俯いて沈黙を貫いている。


なんだろうか。やはりこの宿屋ともお別れの時期なのだろうか。


「あの、大丈夫?」

「……うん」


短い言葉。こんな時、この子の心が読めたらと心の底から思う。


明らかに普通じゃない。途轍も無いプレッシャーに、押し潰されそうになってるのが見て取れる。


「えっと……き、昨日も言ったけど、僕にできる事なら……」

「っ……」


彼女は、意を決したように顔を上げた。その目に大きな涙を湛えて。


何度か言葉に詰まりながらも、遂に自分の気持ちを口にし始めた。


「私の、お兄ちゃんが……今、リンデ村に行ってるの……。つい二週間前だった。王国の人が来て、お兄ちゃんにも兵士になるようにって。でも……でも…………」


またも俯く彼女。


絞り出すように出した声は、震えながらも床に反射し、僕の耳へと届く。


「リンデ村に行った兵士さん……みんな、帰ってこなかったわ……。このままじゃ、お兄ちゃんも……」

「…………」

「ねえ、貴方、勇者なんでしょ?みんなが噂してる。無能な勇者だって。何度も負けてここに来たって。でも、それでも……私、もう貴方くらいしか頼れる人がいない……。このままじゃお兄ちゃんが……し、死んじゃう、から……っ」


僕は、何も言えなくなっていた。


こんな光景を見たのは、いや、見せられたのは、一度や二度じゃ無い。


みんながみんな、一縷の望みとして、本当に最後の希望として、僕に縋ってくる。


今度こそはどうにかしてくれと、涙ながらに訴えてくる。


それぐらいしか出来ることがないって、そう訴えて。


僕がいくら負けているのかを知っても尚。


人は、そこに希望があれば、それがどんなに信憑性のないものだと分かっていても。


縋ってしまう生き物なのだろう。




そして、そんな声が、僕には何倍も大きく聞こえてしまうのだ。


助けてほしいという声が、どうしようもなく痛切に。切実に。実直に。


これは僕が勇者だからなのか。


これが勇者の背負うべき責務なのか。



僕は、ベッドの横に立てかけてある大剣を手に取り、彼女に向き直る。


「行ってくる。お兄さんは、きっと僕が助けるよ」


空虚な言葉。僕自身とても助けられるなんて思ってない。


それでも僕を縋って来た人に、やる前から絶望を見せつけるわけにもいかないから。


精一杯の虚勢を張って、僕は逃げるように宿屋を飛び出した。

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