勇者の敗北と人類の挫折
飛び交う野次の中、街を歩く。
かつて「着飾りし者」とまで呼ばれた我々人類だが、今僕に野次を飛ばしている人間の纏うそれは、とても褒められたものではない。
ズタ布、とでも呼ぶにふさわしい、服とは口が裂けても言えないような。
もっと言ってしまえば、ここが王都城下町であり、決して貧困街と定義づけられる場所ではないような場所であり。
簡潔に表現をするならば、つまり人類は、着飾りし者たちは、ここまで困窮しているわけで。
そして、残念なことに。
これは、僕にとっても残念に思うという意味も含まれているわけだけど。
この世界がこうなっている原因の半分は、僕にある。
だからこうして、石を投げつけられたりしてしまうのも、仕方のないことなんだ。
僕が無能な勇者であるがために、世界は、人類は、滅亡の危機に立たされてしまっているのだから。
少しばかしの食糧を手に、王様から紹介された宿屋へ戻る。
宿屋でも食事は出してくれる。出してくれるが、まあこのご時世なので、量が少ない。
勇者になってから、なぜか代謝も増えたらしく、宿屋のスタンダードな食事だけでは体が満足しなくなっていた。
だからこそ、本当は街のみなさんに僕の姿なんてさらしたくないんだけど、仕方なく外へ出ざるを得ない。
宿屋の主人が迷惑そうに僕のほうを見る。疎ましいものを見る目だ。
会釈をして、そそくさと自分の部屋へ戻る。
この部屋だけが、僕の安息の地かもしれない。
勇者になって半年。
それはつまり、魔王の復活から半年。
突如として勇者として覚醒してしまった僕は、特に筋力が上がるわけでもなく。
また、剣術技能が上がるわけでもなく。
ただ少しだけ体力が増えた程度の変化をもってして、勇者にされてしまった。
無論、こんな僕でも勇者は勇者なわけで。
人々は僕に期待を寄せて、そして……。
無能な勇者が、摩軍境界線での防衛戦に投入された。
これが、人類にとって不幸でなくてなんなのか。
剣術の素人が、大剣を手に取り、敵に突っ込んでは敗退する。
それでも人々は希望が捨てきれず、僕に何度もすがってくる。
そして驚異的な代謝を手に入れている僕は、常人の数倍の速度で傷を癒し、また戦線に投入される。
この繰り返し。
一縷の望みにかけた人々が、見るも無残な傷を負って帰ってくる勇者を目撃する、それを繰り返すという絶望。
さらに悪いのが、敵である魔軍が勇者を倒したと勢いづくことであり。
もっと言ってしまえば、僕が一縷の望みである人類、という惨状であり。
言い換えれば、僕以外、魔軍に対して有効打を持ちえない人類軍がそこには存在するわけで。
果たして、人類は領土の五分の四を失う結果になってしまった。
そして、それが、その責務が、今僕の両肩にかかっている。
勇者として戦線に投入され続けること半年。
つまり、魔王復活から一年。
王国は僕を「無能な勇者」と判断したのだろう。
王都とわずかな領土を防衛することを目的とした、小規模精鋭部隊を用意し。
さらに、勇者を王都城下町へと匿うことで、人類軍の最後の士気を保ち。
なんとか魔軍に対して抵抗をしている構図。
ただし、僕に対する命令は下りず。
僕は、ただ何もしない勇者として、今この街で暮らしている。
部屋の洗面台。その前に備え付けられた鏡を見る。
右首から肩へかけて浮き出た、竜の痣。
これが、勇者の証だということらしい。けど。
こんなもの、どうして僕に出てしまったのか。
どうして僕は、勇者なんかになってしまったのか。
守るべき人類を、そのほとんどを守りきれずに、どうして僕の首にはまだこんな痣が残っているのか。
まるで呪いでもかけられたかのように錯覚する僕の胸には、虚しさと哀しさが渦巻いている。
これは、無能な勇者の物語。
敗北に敗北を重ね、それでもなお勇者として生き続けることを定められた。
救えない世界を救おうとする、一人の男の物語。