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第二話 再会




「本当にすまないね、クリスマスイブの日に」


 本棚を整理しながら、店長が言う。


「別に予定とかないんで」


 壁にかかった時計の秒針が進んでいくのを見ながら、立花がレジの前に立っている。バイトが終わるまではまだ時間があった。


 欠伸を噛み殺して、周りを見渡す。


 店内には数人しかおらず、暖かい空気を吐き出すエアコンの音だけが響いていた。少なくとも、一時間前から人は来ていない。


 自動ドアの向こう側は既に暗くなっている。


 赤や緑の光に照らされた男女が通り過ぎる。まるで存在しないかのように書店には見向きもしなかった。多分、もう来店する客はいないだろう。


「今日はなかなか人が来ないね」


 自動ドアの方を見て、店長が苦笑いを浮かべる。


「そうですね」


 気の無い返事をした後、店長がある本を持っているのに気づく。


「これ、知ってる?」


「志賀智樹の最新作『すばる』ですよね」


「現役高校生が書いたんだって、すごくない? まだ若いのにねー」


「……天才ってやつなんでしょうね」


 店長に聞こえないように、立花がぼそっと呟く。


「私も学生の時は小説を書いてたんだよ」


 懐かしそうに上を見ながら、店長が笑う。


 宝物でも見つけたかのような無邪気な笑顔に、立花が相変わらず子供みたいな人だなと思う。


「立花くんは書いたりした?」


「……書いてないですね」


 立花が苦笑すると、店長が意外そうに驚く。


「立花くんって、結構小説読んでるから、書いてると思ってたよ」


「やめてくださいよ。俺、文才とかないですし」


「何かを始めるのに、才能とかは関係ないと思うよ。僕は」


 店長の言葉に、立花が何か言い返そうとする。


 だが、その前に店長が時計を見上げる。時計の針が八時を指そうとしていた。


「もう上がってもいいよ、立花くん」


「でも、今日は九時までですけど」


「客はもう来ないだろうから、後は僕だけでも大丈夫だから」


 店長はそう言うと、持っている小説をレジに通して、立花に差し出す。


「これ、クリスマスプレゼント」


「クリスマスは明日ですけど」


「いいのいいの。来てもらったお礼だから」


 店長の目が受け取るまで返さないと言っている。


 立花が苦笑しながら、店長から小説を受け取る。


「それじゃ、ありがたく」


「今日は本当にありがとうね。明日もよろしく」


 店長に頭を下げて、レジから出て奥へと向かって、スタッフルームの扉を開けた。




 私服に着替えた後、裏口の扉を開けて外に出る。


 一気に周囲の気温が下がり、身体が震える。


 見上げると、ビルとビルの間から曇り空が見える。このままだと雪が降るかもしれないと思い、急いで家へと向かう。


 途中で雪が降り始めると、足早に歩いていく。


 自宅のアパート近くにある公園が見え始めると、雪が徐々に積もってきて、家まで走って行こうとした矢先ーー



「龍くん!」



 聞き覚えがある女性の声と認識する前に、立花は公園の方へ振り返る。


 後ろに一つまとめた黒髪の女性が、弾け飛びそうなキャリーケースを引きずっていた。


 呆然とする龍之介の前に止まると、女性が一気に白い息を吐き出す。


「……柊木か?」


 混乱する頭でなんとか絞り出すと、女性ーー柊木がえへへとあの頃と変わらない照れ笑いを浮かべる。


 キャリーケースを雪の中に置いて、立花を爪先から頭の先までじろじろと見る。


「ちょっと、身長伸びた?」


 まるで一週間ぶりに会ったような遠慮のない態度に、立花は思わず吹き出す。


「ちょっと、なんで笑ってるのよ」


「いや、ちょっとな」


 緊張してた自分が馬鹿らしくなり、あの頃と同じように意識して話す。


「全然変わってないな、お前は」


「そんなことないよ。かなりの美人になってるでしょ」


 柊木が腰に手を当てて僅かに膨らんだ胸を張る。


「前より太った?」


「太ってない! コートでちょっと大きく見えるだけよ!」


 柊木がリンゴのように真っ赤にして怒鳴る。


「でも、なんで、こんなところに」


「歩きながら話そ。ここは寒いでしょ」


 柊木がキャリーケースを引きずって足早に歩いていく。動くたびに、振動で中が飛び出そうになる。


 立花が後を追って、隣に並ぶ。


「重たいだろ、それ持つよ」


「いいって、別に」


「いいから、ほれ」


 柊木から強引にキャリーケースを奪って、立花が片手で持ち上げる。


 柊木が感嘆の声を出して、拍手する。


「さすが男の子。力持ちだね」


「これくらいは当たり前だろ」


「でも、中学の時にバレーのコートの柱を設置するときは、一人で持てなかったじゃん」


「……そんなのあったか?」


 立花が尋ねると、柊木が何度も頷く。


「間違いないよ。その時、片方の柱を持っているのが龍くんだったから」


「余計なことばっかり覚えやがって」


 ニヤリと笑みを浮かべる柊木に、立花が苦々しく吐き捨てる。


「中学の卒業前に引っ越したから……四年くらいだよね」


 雲を見上げながら、柊木が思い出したように言う。


「……そうだな。何も言わずにお前が引っ越したからよく覚えてるよ」


 立花が、足が滑らないようにゆっくりと歩く。


 柊木がばつが悪そうに頬をかく。


「みんなにも言ってなかったの。しんみりしたのって、苦手だから」


「別に俺は気にしてねえけどな」


 二人の間を気まずい雰囲気が流れる。楽しげな雰囲気を壊してしまい、立花が後悔する。


 もうすっかり忘れたと思っていたのに、自分はまだまだ子供だなと思う。


 等間隔で置かれた街灯を幾つか通り過ぎてから、立花が大きく白い息を吐く。


「なんで、お前はこんなところにいるんだよ。こんな大きな荷物持って」


「まあ、ちょっと色々あってね」


 柊木が大きく手を叩いて、立花の方へ顔を向ける。


「龍くんはこの近くに住んでるの?」


「ああ。もう少し先のアパートにーー」


 嫌な予感を感じた立花の言葉が途切れる。頭の中で警鐘が鳴り響く。


「まさかと思うが、家に入る気じゃないだろうな」


「そのつもりだけど、なんで?」


「断る。お前だけは絶対嫌だ!」


 立花の拒絶に、柊木が小動物のように頬を膨らませる。


「中学の大親友が行きたいって言ってるのに、なんで断るのよ」


「大親友じゃねえし」


 立花が本日何度目かの溜息を吐く。


「一度だけ家に入れた時に、俺が飲み物とりに行った時に、勝手に部屋をあさった前科があるだろ」


「あったっけ?」


「都合よく忘れてんじゃねえよ」


 首をかしげる柊木に、立花が怒鳴る。


「お願い。ちょっとだけでいいし、何も触らないから」


 両手を合わせてお願いする柊木。


「それなら、ご飯作ってあげるから」


「なんで、上から目線なんだよ」


 だが、まだ晩御飯を食べてない立花にとっては、少し考えさせられる条件だった。


 柊木を家に入れるか考え込んでいると、タイミングが悪く、お腹の音が鳴る。


「ほら、体は正直みたいだけど」


「……ちょっとだけだからな」


「わーい、ありがと龍くん」


 喜ぶ柊木を尻目に、立花がアパートへと向かっていく。


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