勝つことのないレース
パァンッ!
思い起こそうとする。
でも俺は、一瞬前の過去さえ思い出すことはできなかった。
音が鳴ったのか?
その答えを教えてくれるのは、7人の戦友。
それと、確かに今を走る自分自身。
最高のスタート。
多分、そうなのだろう。
俺の世界はひらけている。
一つの背中も見えない。
戦友を置き去りに、だが、その認識さえも一瞬後には過去として消えていく。
〝後に興味はない〟
先に先に。
代名詞といえる、残り200メートルのダッシュは頭にない。
俺は魅せなくてはいけない。
俺の背中を。
あの雪の日
雪と共に舞う彼女
あの桜の日
花吹雪をまとった彼女
あの河川敷で
あの競技場で
いつ間にか、俺の先を行く彼女。
俺は彼女の頭に手を伸ばす。
二度三度、頭を軽く叩く。
はっと、気づいたように彼女の瞳が俺を捉える。
それでも気にしない。
今度は手のひらを彼女の髪にそって優しくなでる。
たちまち、桜色に染まるほっぺ。
伏せ目がちながらも、しっかりと彼女は俺を見つめてくる。
そうか、彩光も俺を見ていたんだな
なぜかふと、そう思った。
〝俺〟は彼女の手を取り、彼女はその手をしっかりと握り返す。
あぁ、これは過去ではない。
俺が望み、叶わずに終わった現実の続き。
〝俺〟が小さな手を思いっきりひっぱる
それに負ける彼女ではない。
手に伝わる力を利用して、大きく一歩を踏む。
一歩が飛行するように俺に並ぶ。
紡いでいるのだ。
今
〝俺〟は今度は前を向いて、一歩、二歩、三歩。
彼女も一歩、二歩、三歩。同じく前を、先を、未来を見て走る。
どうしようもない無力感
そんなもの関係ない
そう、きっぱり言い切られたように
★
彼女は純を見ていなかったわけではない。
いや、逆に見なかったことなど一度もなかった。
あの冬の日
彼の上に落ちたその時、いや、もっと前。
始めて彼の走りを見たあの時から。
私はあの瞳に夢中だ。
幼く、走りを心から好きと
そう、全身全霊で語りかける
走りのパターンでも、ウィークポイントでもない。
それを感じさせたのは、何より彼の瞳だった。
私は知っている。
彼は私に背中を魅せたいのだと。
でも、そんなのは嫌だ。
私だってアスリートだ。
先頭を走るのは私でありたい。
でも、私は気づいてしまった。
スタートとゴールの無限の可能性について。
多分私たちは出会った時からレースをしている。
無自覚に、無意識に、それこそ無数に。
先輩が意識できたのは、私が勝ったレースだけ。
だから先輩はどうしても私に背中を見せようとする。
────違うのにな
なぜか、いたずらっぽく、そう呟いてしまう。
私だって、意識の中では、彼の背中、それと瞳しか見れていない。
先輩が分かりやすすぎるから、私が無意識の勝ちレースを、意識、そして自覚してしまっただけ。
自分だけ。
これからも続く無数のレース、多分私たちはこれからも、自分の勝ちレースを見ることはないと思う。
これからもずっと、私は彼の、彼は私の背中を。
それを見ていく。
だから私たちはその無数のレースの中で互いに互いを越えていく。
前を走る背中に見切れるゴールを、そして先を、未来を見つめて
全敗のレース。決して勝つことのない永遠のレース。
★
……あぁ、……ゴールだ
一つの終わりを知らせる白線。
それを遮るものは何もない。
もどかしいほどにゆっくりと、〝線〟は大きくなっていく。
身体の限界なんて、とっくに通り越している。
それでもまだ動けるのは、いや動かしているのは、決意。
それと希望、願い。
『…………みて、……くれたかい? 俺……────』
太陽に照らされる月が、どうしようもなく明るく夜空に光を灯すように
一人のランナーは、一番近い白線を越えた。
『────君の前を走るから』
────私の台詞です
今日まで当作品をお読みいただきありがとうございました。
短い青春の、誰もが憧れる学園生活。
私はそんな数多く語られる青春のうち
『部活・恋愛』という、あえて在り来りの分野で描かせていただきました。
私なりの伝えたい想いを込めた作品。
もし、少しでも共感すること、また、同じくこの青春に憧れた方はどうか、そのお気持ちを感想欄に残せていただけたら、幸いです。
重ね重ねでございますが、当作品を読了していただき、誠にありがとうございました




