第一幕:宴
時は遡る。
まだ、俺が彼女の腕の中にいた頃。
甘い、太陽の香りに包まれる。
熱いだけでは、ダメだと言うように。
太陽はあたたかく、俺を照らしている。
『先輩が魅せたいもの、私に魅せて下さい』
煮えたぎる闘志。その根本にあるものはなんだ?
俺の心なのに。
それを指摘してくれるのは彼女だった。
彼女は、それを伝え終わると、黙って場を去っていった。
後ろ姿。それはとてつもなく大きい。
右手を彼女へ。
人差し指を彼女とへと向け
『望み通り、魅せてやる』
必ず届くと信じ、己だけにその言葉を刻む。
★
パァンッ!
「あかねファイトッ!!」
会場が揺れる。
選手の気迫が、意志が、情熱が
足という媒体を通じ、地面を振動させる。
〝決意〟は、空気を震わせた。
地と空と。
舞台の中心から、波紋は広がる。
芝が揺れ、中心の振動は、観客席をも揺らし始める。
何千もの意識が、選手達へと注がれる。
気迫、意志、情熱
選手、一人一人の心が、無数の心を掴んでいく。
まずは、8人の選手が等しく。
だがそれは、徐々に数を減らし、遂には一人へと向けられていく。
先頭を駆ける空色のユニフォーム。
1羽の鳥が圧倒的な速度で風に乗る。
高速の世界。彼女は笑っている。
顔は真剣そのもの。
でも、隠しきれない、高揚感。
全ての背中を置き去りに、どこまでも開けた〝先〟を見つめて走る。
そんな今への、多幸感。
会場のスポットライトは、彼女が独り占めする。
そう、ここは舞台だ。
彼女は舞う。
腕と足。その前後では決して魅せれない。
彼女は心で演じる。
彼女は全力で表したいのは、こぼれだす自身の想い。
そんな彼女は、誰からみても笑っているようにしか見えない。
だからこそ、彼女はまたその勢いを増す。
先を見つめる彼女。
そこにゴールはあるのだろうか?
少なくとも俺には見えない。
その背中越しの世界はあまりに遠く、小さい。
でも、そこに何かがあるのは分かる。
ゴールは終わりではない。
次のスタートをする為の必要な過程。
彼女は今日。また1つゴールを越える。
鳥の羽ばたきに、全観客が魅了される。
────最後の一歩
鳥がゴールラインを越えた。
一瞬、振動が止まる。
ある者は余韻に浸り、またある者は一時の終わりに嘆く。
だが、その静寂もほんの一時。
走り終わった彼女。
まずはトラックに一礼。
そして、観客に一礼。
満面の笑顔で、この場に創られた全ての観客への一礼。
静寂の水面に再び、最大級の熱気が暴れ出す。
本日の舞台の主役。
その彼女と眼があった。
あぁ、分かってる
『期待しています』
彼女の瞳はそう言っている。
静かに、俺は腰を上げる。
未だ、鳴り止まない振動。
その中、敢えて知らず存ぜず。
己の道を創り、舞台へと登る。
観客席を降り、ゆっくり、ゆっくりと、スタートラインへと歩いていく。
観客は、俺の存在には気づいていない。
気づいているのは、係員と、仲間と、7人の決勝をはしる戦友。
そして、彩光だけ。
観客はまだ第二幕の存在に気づいていない。
オン・ユア・マークス
彼女へ送る、俺のメッセージ
〝俺の背中を魅ろ!〟
パァンッ!
────第二幕 開幕




