追いついたよ
────二人が脱落
残り3人。
3人は横並びになっている。
俺はその真ん中。無理矢理入り込んだ隙間は小さく走りにくい。
肩が擦れ、肘がぶつかる。
相手の腕振りに、自分の腕が巻き込まれかける。
一瞬、腕を硬直させてそれを回避。
ふと、横腹への鈍痛。
腕か、はたまた高くあげられた足か。
あまりの近さに身体の接触が絶えない。
最終カーブの遠心力が、更に3人の距離を縮める。
絶対に負けたけたくない勝負がある。
絶対に負けられない勝負がある。
そんなの、ここにいる皆がそうだ。
皆がより速く、より強く、より高く。
それを望み、この場に走っている。
そんな決意だけでは足りない。
程度の差はあれ、そう望んだ者の大半は〝敗退〟の二文字の元に消えていく。
では更に何を望むのか?
消えた者達の思いを背負う?
そんな器用な真似は出来ないし、それはそんな者達を侮辱する行為だ。
己の想いは、己のみにしか分からない。
人が真に持つ感情。
それを突き詰めた先。
なんで負けられないの?
決勝に行きたいからだ。
なぜ決勝に行きたいの?
目標だからだ。過去の自分と、愛する人と約束したもの。
どうして約束した?
彼女が俺に高みを魅せてくれたから、俺が走り初めた頃の気持ちを思い出させてくれたから
一直線に走る彼女。
ただ純粋にゴールなんて関係ない、この一瞬。
その時に〝走っている〟
それを〝楽しい〟と感じる心
『その心を己に感じ、彼女に届ける』
────それが、俺の決意
俺の足は限界だ。
だから、これ以上、速度を上げる事は出来ない。
でも、俺の決意は決してその足を止めさせない。
カーブを曲がり切る。
一番外側の走者が消えた。
残り二人。
正真正銘のラスト勝負。
残された一本の道。
真っ直ぐに伸びる100メートル。
ゴールが見えた。
果てしなく遠く感じる。
どんなに走っても、そこにはたどり着かないと思わせられる。
そんな絶望的な距離感。
────それは、敵も同じだ
視界が狭まる。
酸素が足りていない。
酸素を求めて上がりそうになる顎。
絶対にあげれない。
そんな事をすれば空気抵抗があがる。
最善を尽くせ。
今まさに行える最大効率の走りを。
既に足の感覚はない。
決意の重みが、俺の歩みを教えている。
腕の感覚もない。
視界の端に度々見える腕がある、おそらく俺のだ。
とてつもなく重い。
身体が鉛のよう……、そんな表現では表せきれない。
例えるなら、はるか上の水面に手を伸ばし、もがく、水底のような。
口から、鼻から、多分空気が入ってきている。
無意識に吸収する僅かな酸素。
それが、全身を駆け巡る、その一瞬。
5感が復活する。
鼓膜を揺らす歓声。
選手へと向けられる、何百、何千の言霊。
その中で一際輝く、光の言霊。
「先輩ぃぃぃぃ!!!! ファイトォォォォォ!!!!!」
了解
頷く代わりに、〝ラスト〟の地面を蹴る。
両腕を後方へ伸ばし、思いっ切り、胸を張る。
〝終わりの白線〟を胸が超えた。
計測の時計が俺の記録でカウントを止める。
────追いついたよ




