待ってるって?
『待たなくていい』
これまでさんざん追いかけてきたのだ。
毎日毎日、その背中だけを見ながら。
君は知っていただろう?
俺が追いかけていることを
それで君は一度だって止まってくれたかい?
ああ、そう言えばよく振り返ってはくれたよな
んで、振り返る君の顔は決まってる
それなのに
『待ってます』
か。
────なんか顔がにやけちまったじゃないか
もうスタートラインに居るというのに。
これじゃあ緊張感ないって怒られちまう。
でも、なんかいいな
仲間が俺の名前を叫んでいる。
手を高く挙げ、その歓声に答える。
歓声の中には、また2つ。
『待っている』
の意思を伝えられるようである。
彼女と親友と
彼らが待つ舞台へと
見える全てが鮮やかだった。
スタートラインは、眩しいほどの白さで、俺の待機位置を知らせている。
右足を一歩下げ、左足のつま先をスタートラインに合わせる。
右手を左足のつま先に軽く触れさせる。
左手は高く後ろへ上げて待機。
若干ふらつく身体は、右手とつま先で重心を微調整して、静止させる。
シンと会場が静まりかえる。
スタート前の独特の緊張感。
うるさく鳴り響く心臓、流れる血液、呼吸。
その全ての音を意識外へと持っていく。
耳は〝開始〟を聴く為だけに機能する。
また、一瞬 空気が変わった。
これは競技者のみが感じる、希少な感覚。
経験が教えてくれる。
────くるっ!
パァン
時計の針が動き始める




