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大きな太陽 残す贈り物

【準決勝 3組2着+2】


  2着か……



  一応確認するプログラム。

  そこに書かれた決勝進出への条件。


  3組2着+2とは、1組辺り8人によるレースを3組分行い、組の中で2着までは無条件に決勝進出。

  更に、3組全員の内、3位以下の中でタイムの速い人から二人が決勝へと進出。

 と、言った意味である。


  走順は既に開示されており、俺は3組目6レーンで走ることになっている。




  レース開始まで残り30分。


  そして、女子800メートル準決勝、開始時刻。


  トラックには既に1組目の8人の選手が上がり、スタート地点に待機している。


  その内の4レーン。


  その区画だけは他とは違う雰囲気に包まれていた。

  いや、と言うよりは、その雰囲気のおかげで、そこに〝区画〟という概念が創造されていると言うのが正しい。


  絶対強者


  場数をこなした者のみが纏う、個の気配。


  それを感じてか、競技場内の音もどこか静かだ。


  無数の視線が彼女へと向けられている。


  俺には到底予測不可能な重圧。


  でも、彼女の顔は笑っている。


  どこまでも無邪気に。

  ただただ今から走る、その動作への興奮と喜びで。



  オン・ユア・マークス



 

  お願いします



  静かに。

  でもその凛とした声は、競技場内に響いた。


  夜明け。そこに射す朝日のように。

  静かに、力強く。


  ……既に笑みは消えていた。


  無邪気な視線は目の前の〝道〟を見つめている。


  その先にあるのはゴール。

  ただ一人だけが辿り着くその場所。


  彼女の瞳に揺らぎはない。

  彼女は確信しているのだ。


  無意識の内に。



  パァンッ!



  また、始まりの音が鳴る。


  飛び出す影。

  誰も寄せ付けず、トップに躍り出る小さな太陽。


  圧倒的な存在感。

  走る前も、走る時も。


  常いかなる時も、全ての注目は彼女に独占される。


 そして更に────



  ラスト一周の鐘がなった。


  それでも彼女のペースは変わらず、トップを独走する。


  2位との差は徐々に開いていく。



  おかしい



  でも、俺はその走りに違和感を覚えた。



  第一コーナーを曲がり、残り300メートル。


  そこで彼女のスピードは少し上がる。



  やはり、おかしい



  これは……────彼女の走りじゃない!



  彼女の走りは所謂〝逃げ切り〟

  抜群の体内時計と、持ち前の粘り強さ。

  それを最大限に生かす戦法。


  しかし、今の走りは、普段の彼女より加速が遅い。



  でも


  見覚えがある走りだ



  残り250メートル。


  まるで見えない誰かを照準するように、彼女の影が横にぶれた。

  それは、前方にいる人間を抜く時の場所取りに酷似していた。



  ああ、見覚えがある。


  いや、〝感じ覚えがある〟



 ラスト200メートル。


  一瞬前の影を置き去りに、小さな太陽はぐんと加速した。


  気のせいか、その姿はより大きく見える。


  腕の振りと、ストライド。

  その両方が格段に伸びているのだ。



  関節の動きまでよく分かる。

  フォームまでそっくりだ。



  大きな太陽は、確信したゴールを越えた。



 「ありがとうございました」



  一礼し、赤いゴムトラックをあとにする彼女。


  目が合った。


  そして、俺の方へと歩いてくる。



  まだ呆然としている頭の中。

  そこで行われているのは、最後のシュミレーション。




『待ってますよ』




  そう言って、彼女は召集場所から出ていった。



  彼女が残した贈り物、脳で再生される彼女の戦い。


  美しく駆けるそれは。



  ────俺の走りだった



  あれは俺の得意な戦法。

 


  やってくれる



  最後のシュミレーションは、勝利のイメージで固まった。



  さぁ行こう



  スパイクのピンが、深く。

  ゴムを刺した。


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